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王太子の婚約者に選ばれる

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〇●過去~10年前~●〇

シルヴェーヌはクディエ公爵家の二女で2年前までは王太子セレスタンの婚約者だった。

セレスタン12歳、シルヴェーヌ11歳で結ばれた婚約。
それすら強引に王家からほぼ王命のような形で結ばれた婚約で、喘息が酷く空気の良い領地に住まいを移していたシルヴェーヌは王都に呼び戻された。

「なんて事だ。迷惑もいいところだろう」


クディエ公爵家ランヴェルは苛立っていた。王家と繋がりが出来てしまうなど面倒以外何ものでもない。婚約者となれば課税率が優遇されるわけでもなく、公爵という立場が上がるわけでもない。

多少の経費として王宮からは支度金が用意はされるが、持ち出しになる額から比べれば雀の涙ほどだ。長女のルシアーニャは派閥を同じくするノルコス公爵家に嫁がせて難を逃れたと思っていた。
王女をあてがわれるのも面倒故に嫡男や次男にもそうそうに婚約者をあてがい、婚姻可能な年齢18歳になって直ぐに結婚をさせて独立をさせた。嫡男だけは住まいは別だが爵位譲渡でこちらに引っ越せば良いだけだった。


「シルヴェーヌが残っていたのを忘れていたな」
「はぁ~。本当に穀潰しな娘ですわ。あなたが悪いんですのよ」
「仕方ないだろう!他に方法がなかったんだ」
「わたくしは知りませんからね。貴方がちゃんと!始末をつけてくださいませ」


公爵夫人リベイラは頭から湯気でも出ているのではないかと思うくらいに憤慨してサロンを出て行った。残されたランヴェルは爪を噛んだ。
ゴリリと音がして嚙み切った爪を見る。ガタガタになった爪の先を見てまた溜息を吐き項垂れた。




〇●〇●〇

シルヴェーヌはランヴェルの実弟の忘れ形見だった。

無理をして山を掘削した事で崩落が起きた。シルヴェーヌの父は何度もその工事に反対をしたのだが危険を冒してでも採掘できる石炭は魅力的だった。
ランヴェルは結婚し、子供が生まれたばかりの弟夫妻をその地に赴任させた。

「兄上、これ以上の掘削は危険だ!坑夫こうふさえ危険で嫌がっているんだ」
「それを何とかするのがお前の仕事だ。今月は予定の半分じゃないか。何とかしろ。坑夫こうふなんか平民のゴミクズ共なんだ。替えは幾らでもいるだろう。あと給金をやり過ぎだ。半分、いや三分の一まで削れ」
「何を言ってるんだ!今でさえ他の領からすれば給金はかなり少ない。これで人を集めるのでさえどれだけ苦労をしてると思っているんだ」

バンッ!! ランヴェルがテーブルを叩き大きな音をさせた。

「農夫を坑夫こうふにすれば済む話だろう。頭を使え」
「そんな事をすれば誰が田畑を耕すというんだ。今でさえ税収で苦しんでいるのに」
「領主を潤してこそ領民の鏡だ。ちゃんと鏡を磨いてから俺の所に【良い報告】をしろ。困ってます、苦しいんです、そんな戯言ざれごとに耳を傾けているから仕事も片手間になるんだ。ほれ、これが計画書だ。わざわざ考えてやったんだ。感謝しろ」

放り投げた掘削の計画書で弟の頭をはたき、部屋から追い出した。
掘削の量は上ったがランヴェルの計画書通りに掘り進めた結果、大規模な崩落が起きた。
犠牲となったのは坑夫こうふや弟だけではなく、救出にとやって来た騎士団や付近の領からの救護隊、そして彼らを後方で支援する坑夫こうふの妻や弟の妻も、連動して起こった崩落、二次災害で命を落とした。

ランヴェルは実弟の無謀な計画が崩落を引き起こしたと王宮には報告したが、乳飲み子だったシルヴェーヌを引き取る事で【お涙頂戴】とばかりに幕引きを図った。
子には罪もないと国王は残されたシルヴェーヌを引き取るというランヴェルの策略に嵌まりクディエ公爵家の養女とするのであればと条件を付けてクディエ公爵家の連座を止めた。



しかし、王都の空気はシルヴェーヌには合わなかった。
誰も彼もが【家の中】だけが清潔ならそれでいいと考えていたため、非常に不衛生で道にも庭にも汚物や残飯が放り棄てられ、悪臭と蠅などの虫が飛び交っていた。

家の中も臭いを誤魔化すために至るところに香水が振りまかれ、拭き掃除をする雑巾ですら香油を垂らした水で拭かれていく。シルヴェーヌは昼夜を問わず咳をしていつも泣いていた。

「うあぁぁん…うあぁぁ…ギョホッギョボッ…ヴアァァン」

1歳になったばかりのシルヴェーヌはおむつの交換ですら日に数回。
朝食のスープの味付け前の煮汁だけが与えられて、不快である事と空腹、そして喘息でいつも泣いて咳をしていた。

「あぁっ!もう五月蠅いッ!五月蠅いっ!!」

赤子の鳴き声が耳障りだと公爵夫人リベイラは夫のランヴェルにシルヴェーヌを何とかしろと毎日詰め寄った。しかしシルヴェーヌは放免された切り札でもあったため、殺めてしまう事は出来ずランヴェルは領地に数人の使用人と共にシルヴェーヌを「療養」させるためと送り出した。


クディエ公爵家にとってはお荷物以外何ものでもなかったシルヴェーヌへの仕送りは僅かで、一緒に領地に送られた使用人は1カ月後には逃げ出してしまった。
毎月使用人の給金も含めて100万ケラが送金されてきたが、侍女見習いでも給金は月に15万ケラ。食費をどんなに抑えたとしても8人いる使用人にまともに支払う事も出来なかったのだ。

残ったのは年老いた執事と乳母代わりに領地で雇い入れた女性が数人。
力仕事は女性達の夫が仕事の合間に手を貸してくれて、庭で幾つかの野菜を育て、公爵家の令嬢でありながら食べ物すら恵んでもらえたからこそ、なんとかシルヴェーヌは生きていけたのである。

父と母が、そして多くの人たちが亡くなった閉山した山のふもとでシルヴェーヌは11歳まで暮らした。




〇●〇●〇

クディエ公爵家当主ランヴェルと夫人のリベイラは頭を抱えた。

王太子セレスタンの婚約者となれば、今までは月に100万ケラの支出で良かったものが10倍、いや100倍近くかかってしまう事に頭が痛くなった。

子供と言えど、公爵令嬢で王太子の婚約者となればドレス1着で数百万ケラ。それに宝飾品や小物を入れればあっという間に1000万ケラが飛んでいくだろう。

それだけではない。貴族の子女は4、5歳になれば家庭教師を雇って教育をさせるがシルヴェーヌには何もしていない。面倒を見ると言った手前シルヴェーヌが【読み書き、算術出来ません】とは言えなかったのだ。

ある程度は年老いた執事が教えられたとしても、淑女としてのマナーや所作、ダンスも男性である執事が教えてくれたと判断するのは聊か無理がある。

だが、お披露目の日も指定をされてしまえば逃げる事は出来ない。
その日からシルヴェーヌに対しての厳しい教育と躾が始まったのだった。
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