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本編

10・憤るジップル

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11歳となったある日。

ティグリスは自分で庭園に幾つか置いた鳥の巣ではなく「誰かの為」に初めて鳥の巣を作った。

『わたくしにも鳥は観察出来ますでしょうか?』
『出来るんじゃね?作ってやろうか?』
『卵を?』
『たっ卵なんて俺が作れるわけねぇだろ!巣だよ!巣!』
『いいんですの?』
『構わねぇよ。その代わり小さいやつな!』
『やった!可愛いのをお願いしますわ』

パスティーナの『やった!』の声とその表情にティグリスは胸がツキンと痛くなった。いつもは売り言葉に買い言葉のような言い合いになる事も多く、王宮内でも「犬猿の仲」と噂される事もある。
目が合えば「何見てんだ」「そっちこそ!」と破落戸のようにケンカをしてしまう。

だから素直に、そして11歳という年齢の少女そのままの笑顔で喜んだパスティーナを見たティグリスは「そんな表情も出来るんだ」と感じると同時に嬉しくなったのだ。

出来上がった巣を枝に取り付ける時にもパスティーナは侍女の制止を振り切ってティグリスと共に木に登って、汗だくになりながら麻縄で巣を枝に固定した。

『出来ましたわぁ!これでいいんですの?』

満面の笑みでティグリスに声を掛けるパスティーナを俯いていたティグリスが顔を上げて瞳に映した時、青々と茂った若葉の間から降り注ぐ太陽の光を纏ったパスティーナが眩しく見えた。

――なんだ?この気持ち。なんでドキドキするんだ?――

その気持ちが何なのか。
その時は判らなかったが、数日後パスティーナが王宮の講義を休んだ。カリスの宮に戻る途中、伯爵家に寄ったティグリスは目を赤く腫らしたパスティーナに面会した。

『どうしたんだ?腐った物でも食べたのか?下痢は辛いよな』
『違います‥‥ごめんなさい』
『何?何?何でいきなり謝る?俺、何かしたか?』
『卵が…うぅぅっ』

思いだしたのか、パスティーナがブワっと目に涙を溢れさせて泣き出してしまった。慌てたティグリスだが、パスティーナに代わって侍女が説明する言葉に納得をする。

『昨日の朝方。庭が騒がしいので何事かと思いましたら、お嬢様の鳥の巣が大きな鳥に襲われておりまして、急ぎ駆け付けたのですが巣が落ちてしまい卵が割れてしまったのです』

――あぁ、よくあるよなぁ――

ティグリスも経験がある。卵を狙うのは鳥だけではない。蛇にも狙われる。伯爵家の庭はよく手入れをされているので上空を舞うトンビにもカラスにも狙いをつけられやすい。

『折角…作ってくださった…のにっ…わたくしの不注意…ひっく…』


気にするなと慰めようとしたティグリスだったが、壊れた鳥の巣もパスティーナが修復を試みたと侍女が出してきた。非常に不格好だったが何とかしようとしたのだろう。パスティーナの指先は整備されているために見つけられない小枝の代わりに無理に大きめの枝を折ろうとしたであろう擦り傷が沢山ついていた。

『泣くなよ。また作ってやるから』
『これは…直せませんの?折角作って頂いた…ぐすっ』
『直してやるよ。だから泣くなって』
『ホントに?!』

嬉しそうに声を出すパスティーナとティグリスは目が合った。
パスティーナの髪が揺れてふわりと香る甘い匂いにティグリスの胸は更に拍動を高めた。

巣を直す約束をしたティグリスは宮に戻るとまた「誰かのために」巣を直した。





☆~☆

母親であり側妃のカリスは毎晩ティグリスの帰りを待つ。
元々が散財好きなカリスは限られた予算でしか生活が出来ない事は判っているものの、贅沢を辞める事は出来なかったため宮の運営は火の車状態だった。

アレコスから貰った宝飾品などには一切手を付けず、予算が配分された日から数日は夜通し商人や「友人」と酒を飲みながら騒ぐ。1週間と金はもたずに宮には誰も来なくなる。

名ばかりの国王となったアレコスは数年の間はカリスの宮には帰ってきていた。しかしそれも長くは続かない。とうに愛も覚めた関係となり、時折処理的に寝所を共にするだけの両親に「何をしているか」理解が出来るようになったティグリスは嫌悪を抱いていた。

そんなアレコスも次第に週に1,2度が2、3度になり、今では週に戻ってくるのが月に1、2度になった。王宮の執務室に併設されている仮眠室で寝泊まりをしていたのである。
建前は「五月蠅くて眠れない」だったが、カリスを避けているのが本音だ。


だからだろうか。カリスは11歳となったティグリスの寝台に明け方潜りこんでくるようになった。幼さはあるものの、出会った頃のアレコスは16、17歳。当時を思わせる容貌のティグリスにカリスは執着をし始めたのである。

朝方、体を撫でまわす嫌な感触に目覚めたティグリスは飛び起きた。

『何してんだよ!』
『いいじゃない。色気づいちゃって。王宮で何を教わってるんだか』

そこには淫靡な笑いを浮かべる母親のカリスがいた。
あられもない恰好にティグリスは寝台から出ると着替え始める。
カリスはそれを咎めた。

『予行練習よ。何も最後までってわけじゃないわ。いずれるんだし』
『何を考えてるんだ!気持ち悪いんだよ!』
『そんな事をいうのは今だけよ?黙ってれば誰にも判らないわ。それにね?私だって寂しいのよ?』
『冗談じゃない!出てけ!出て行けよ!』
『無駄飯食らいの分際で偉そうな口をきくんじゃないわよ!婚約者、嫁いで来たらどうなるか。よ~く考える事ね』

宮には安全な場所はない。ティグリスの部屋には内鍵はなかった。
その日からティグリスは空いている使用人の部屋で眠るようになる。
住み込みの使用人の部屋なら内鍵があるからである。


『殿下、使用人の部屋で!ちゃんと自分の部屋にお戻りください』
『無理』

従者ジップルは呆れたようにティグリスに部屋に戻るように言うが、理由を聞いて愕然とした。ジップルにも妻はいる。勿論子供もいる。
妻にはそう言う感情を持つことはあっても、子供にはない。
子供の事は確かに愛しているが、妻に対して愛情とは違う愛情である。

憤った従者ジップルは先ず国王であるアレコスに苦言を呈した。

『それが何だと言うんだ。あの女の子供だ。そんなものだろう』
『何を仰るのです?陛下である前に父親であり夫でしょう!?』

『あぁそうだ。だから妃として迎えた責任でこの宮に住まわせて食わせているじゃないか。全く…ティグリスが生まれた事で良くなるかと思えば、こんな詰まらない報告を受ける事になるとはな!』

『詰まらない報告?重要な事です!』

『取るに足らん。次期国王はニキフォロスだ。あんな女の血が入った子供の話など聞きたくもない。時間の無駄だ。私がどれだけ不利益を被っているか。従者ならそのくらいは頭に入れておけ』

カリスを側妃に迎えて以来、娼館に行くにも金がない。貴族の通う紳士サロンにもお忍びで息抜きにすら行くことも出来ない。ただ馬車馬のように働かされてエカテリニの機嫌を損ねないように気を使い、疲弊しているとアレコスはジップルに当たり散らした。

『全てはご自分の蒔いた種ではありませんか!』

『貴様ァ!誰に向かって物を言ってる?』

『アレコス国王陛下、貴方ですっ!――うあっ!』

激昂したアレコスは花瓶を手に取りジップルを殴り飛ばした。
鉄製の花瓶から花と水が床に散っていく中、ジップルはその中に倒れ込んだ。

名ばかりとは言え相手は国王。ジップルは殴り返す事は出来ず制止に入った兵士に宥められるアレコスを折れた歯を吐き出し、睨みつけた。

ジップルは投獄をされたが、その日のうちに騒ぎを聞きつけたエカテリニによって釈放をされた。ただアレコスも戻ってくるカリスの宮にはもう戻る事は出来ない。
ティグリスに何も伝えられないまま、ジップルは王宮の元居た部署に戻されてしまった。



♡~♡
次は8時10分公開です (*^-^*)
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