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本編

7・お互いの胸のうち

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ニキフォロスと同じくソフィアも両親からいつも完璧を求められていた。
8歳で3か国語は既にマスターしていて、その国から来ている王宮の従者とはごく普通に会話できるレベル。教科によっては講師以上の知識もあり、御用学者を唸らせる事もあるソフィア。

「でも、お父様もお母様も出来て当たり前って言うの」
「ソフィア様は頑張り過ぎなんです。わたくしなんかダンスは全然で」
「そんなことありません。パティ様は暴れる馬にも並走して飛び乗ったり、目隠しをして騎乗から矢を放ったりできるではありませんか」

「馬は好きなの。でも…そうですかぁ」
「いずれはニキフォロス様と共に国を統べるのだからと…屋敷に戻っても毎日講師が来ていて、朝は4時から講義があるんです。何より…ニキフォロス様は何ていうか。笑ってはくださるんですが作り笑いのような」

「あぁ、それはわたくしも思います。目が笑っていないんです。口調などは柔らかいのですが…こんな事を言うと不敬だ!と言われそうですけど、ニキフォロス様は嘘っぽい?と思う事も御座います」

「パティ様もそう思われましたか。でもニキフォロス様は何でもお出来になるので補佐をするわたくしは――」

「お待ちになって?補佐?どういう意味ですの?」

「補佐です。ニキフォロス様の苦手な所をわたくしが補佐。そうしてやっと隣に立つ資格が与えられると」


パスティーナは手ぶりも加えて首を大きく横に振りながらソフィアの言葉を否定した。

「ないない!そんな事、絶対に無理です。誰も立てません!」
「そうですよね。ニキフォロス様より出来る事などありませんもの」
「違います。ソフィア様、わたくしから見てソフィア様はニキフォロス様と遜色ありません。ですが…ニキフォロス様も苦手なんだろうなと思う事はありますが、それを補うとなれば…大変な事になります」

「あるんですの?ニキフォロス様に苦手な事が?」

「御座います。気が付かなかったのですか?ソフィア様がいるからニキフォロス様が難なく見えるのだろうと感じている事が御座いましたよ?」

パスティーナの言葉にソフィアは首を傾げた。座学も競い合って同点か僅差。お互い乗馬については苦手でもあるがレベルとしては同じ。ダンスも足を踏まずに踊れるのも同じ。
しかし、それらは王宮の講義のあと、公爵家でも講義をして寝る時間を削り、血豆が潰れようと熱を出していようと「甘え」だと休む事を許されなかった中でようやく肩を並べられるもの。

ソフィアはこれ以上は無理と悲鳴をあげていたのだ。
それを大人たちは何一つ理解しようとしなかった。

だが、パスティーナはソフィアの方が秀でている事があると言う。

「なんですの?教えてくださいませ」

「言葉の力です。ソフィア様はどちらにするか、何故こちらを選んだのか、何故こちらは選ばなかったのかというのをハッキリ仰います。ですがニキフォロス様はその選択になるとソフィア様に譲るんです」

「そう言えば‥‥そうです」

「何と言ってよいのか。きっとニキフォロス様は決断を求められる時に御自分の意見は言わない。誰かの言葉に賛同して【そう言おうと思っていた】と相乗りする?ううん‥‥手柄を横取りする。そんな気がしますの」

「だけど、それは口にする事は出来ませんわ。ご機嫌を損ねてしまいますもの。それにニキフォロス様は少し違うと思いますの。横取りと言うより…決断力がない?モジモジしている間に決まってしまうという気がいたします」

「ん?それもそうですわね」


ソフィアとパスティーナは屋根の上で心地よい風に吹かれて話し合う。

「わたくしもです!あの講師の方は嫌味を言うために来てるんじゃないかって!」
「ソフィーもそう思う?あれはない!ってわたくしも思うわ」
「パティ。王妃殿下もそれこちらに言う?みたいなところは御座いません?」

「ある!あるわ!なんでわたくし達が【補佐】なのか判りませんわ。お互いを補い合えばいいと思いません?ニキフォロス様がいつも一番のような物言いに何時か言ってやろう!って思ってますのよ」

「国王陛下がただ書類を紐閉じするだけの執務ですのに、わたくし達にそれ以上を求めるのか理解できませんわ」

「ソフィーも?わたくしも思ってましたの!王妃殿下は何でも出来るかも知れませんが、ウジウジなニキフォロス様もですけども何より!ティグリス様なんか極みですわよ?極み!あんなのの面倒を見てくれってわたくし達は子守りか!って」

「ティグリス様は遊びまわっていると聞きますし、不公平ですわ。確かにやらないとお父様たちに叱られますけど、あっちは良くてコッチはダメが多すぎるのです。ニキフォロス様の面倒もティグリス様が見ればいいのよ!」

「そうだ!アイツいえ、ティグリス様を引き込みましょう。異母兄の面倒を見させてやればいいんですわ」

パスティーナはニヤリと笑うと「よし!」と腕を引いて気合を入れるポーズを取った。ソフィアは、どこか楽し気な横顔に何か琴線に触れるような事を言ったかと言動を振り返った。

――あ、全部だったわ――

火を点けたのは自分だったのに気が付いたが、遅かった。

「パティ…悪いお顔になっておりますわよ?」


ソフィアはパスティーナに誰にも言えなかった「不敬な不満」を吐き出せた事で笑い始めた。両親に思う事はあるけれど、肩にあった大きな荷物の重さが減ったような気がした。

少し足を滑らせたけれど、ソフィアは屋根から降りるとパスティーナと抱き合う。
パスティーナはようやく降りて来てくれたと涙を流す夫人と呆れている公爵に言った。

「おじ様、おば様、ソフィア様を我が家に今からご招待したいのですがよろしいでしょうか?」

「それは構わないが…講義はどうするのだ?」

「1日、2日でソフィア様の習得された知識がどうなるもので御座いません。ですが同じ教育を受ける者としてソフィア様と分かち合いたいことが御座いますの」


カシム公爵は渋い顔をしながらも「今日だけ」という約束でパスティーナにソフィアを託した。仲良く並んできゃっきゃと話をしながら前を歩く2人の背を見て「ふむ?」と首を傾げる。

――婚約者の立ち位置を入れ替えるのも面白そうだが――

そう考えては見るが、チュリオス伯爵は一筋縄ではいかない男。
何より、王妃となる者が「伯爵家」の出自では貴族を纏めるのも一苦労しそうである。
高位貴族であれば何も言わない、いや言えないが伯爵家となれば「ならばうちの娘も」と言い出す者が必ず現れるものである。

「チュリオス伯爵家の立ち位置を考えればそんな事を言わない…いや、待てよ?」

――不穏分子のあぶり出しは出来るんじゃないか?――


子供たちの意思とは裏腹に、政略を絡める大人の思惑が絡み合う。
背にしたカシム公爵がほくそ笑むのは2人の少女には見えていない。

気が付かないソフィアは伯爵家の馬車に乗り込むと両親に笑顔で手を振った。
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