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本編
4・従者ジップルあらわる
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青空が広がる日。仕切り直しの茶会が催された。
「こ…この前は…ご…‥」
「何よ。ハッキリ仰ったらどう?」
「お前が悪いんだけど!俺は心が広いから!許してやる!」
「信じられないわ‥」
「なっ、仲直りっ!してやるっ」
「結構よ!」
あちゃー。使用人も含めその場にいた大人は全員が額を指で強く押した。
パスティーナはヒクっと口元が動いたが、差し出し掛けた手を引っ込めてプイっと横を向いてしまった。
ティグリスの手は差し出されたままで行き場がない。
「おい!僕が仲直りの握手をしてやろうとしてるんだぞ!」
「(ぷいっ)」
「こっち向けよ!ブスっ!今日はいつもより酷いから向けないのか?!」
「ティグリス様ッ!!」
侯爵夫人渾身の拳骨が落とされるとティグリスは目から涙をポロポロ溢した。
今日は失敗は出来ないのだ。王妃エカテリニからも「この婚約の重要性」を説かれ、侯爵夫人は胸をドン!と叩いて進行役を引き受けたのだ。
今日はティグリスが暴れたり、暴言を吐くようなら扇で一撃しても良いと許しを得ている。
流石に扇は可哀想なので拳骨にしたのだが、失敗だった。
――指の骨が折れちゃったかもぉ?――
べそをかくティグリスを見たパスティーナ。
「泣き虫ね」
「泣いてねぇよ!」
「泣いてるわ!滝のようにドバドバ涙が出てるじゃない!泣き虫っ」
「泣いてねぇっていってるだろっ!!泣き虫はそっちだろうが!」
「あれは貴方が髪を引っ張ったからでしょう?!」
「じゃぁまた引っ張ってやるっ!お前も泣けばいいんだ!」
今度は使用人が間に入ってティグリスの手を抑えた。
背に隠れるようにしてパスティーナが「べぇぇだ!」と舌を出すのが見える。
ティグリスも負けずに「いぃぃだ!」っと顔を顰めるが、不穏な空気に目を開けると鬼の形相になった侯爵夫人と目が合った。
「ティグリス殿下、ゆっくりお話の時間が必要なようですわね」
ティグリスは全身から汗が噴き出しダラダラと流れる。
不意にパスティーナがパッと表情を緩めた。
「あ、ニキフォロス様とソフィア様だわ!おば様、ご挨拶しても良いかしら?」
「そ、そうね。行ってらっしゃいな」
「はい!ありがとうございます」
様子を見ようとやってきたニキフォロスとその婚約者ソフィアの姿にパスティーナが綻ぶような笑顔を向ける。ティグリスはその笑顔がニキフォロスに向けられたのだと思うと何故だか悔しく、歪んだ顔を見られたくなくて俯いた。足元には涙がポトポトと地を濡らした。
ティグリスの従者ジップルは手に小さな箱を持っていたがそっと部屋に戻すため歩き出した。
ティグリスが手ずから冷たい水で洗って乾かしたパスティーナのリボンが入った箱。いらないと言われた時の為に小遣いで買った別のリボンも入っていた。
粗暴で言葉使いも荒いティグリスの従者は頻繁に入れ替わる。
エカテリニの指示で派遣されてくるのだが、宮の事をするのはいいが、カリスとティグリスの側付となるのは誰も彼も遠慮したいと名乗り出ないのである。
昔から子供が好きで子守りで小遣い稼ぎをしていたジップルに我儘な子供はお手の物である。ジップルは初めてティグリスの側付きになりたいと申し出た従者だった。
また険悪な空気となり、茶会は終わったと言うより流れたと言ってよいだろう。
「殿下…」
「判ってるんだってば。でも…つい言っちゃうんだ」
「では、次は喋らなくていい観劇などに致しましょうか」
「劇なんか見ても判らない」
従者ジップルは市井で現在公演があるリストを思い浮かべた。
うんうんと頷く。内容的にまだ10歳に満たない二人に見せるには刺激が強い演目ばかりだ。
「殿下、花を贈りましょう。素直な気持ちをカードに書けばいいのです」
「カード?…でも…俺は字が下手だから」
「字の上手い、下手ではありませんよ。気持ちです。気・持・ち」
「何の花を贈ればいいか判らない。あ、庭にカーネーションが咲いてたな」
「ダメです。咲いているのは黄色。軽蔑という花言葉が御座います」
「そういえば、水仙も咲いてた」
「ダメです。毒もありますし、花言葉はうぬぼれ。で御座います」
「じゃぁ…クロッカスも端の方にあったから、それで」
「ますますダメです。後悔している…そんな意味のある花を贈ってどうするのです」
「時期がずれてたらスノードロップもあったのにな」
「贈らせませんよ!?」
「どうしてだ」
「あなたの死を望むなんて意味のある花を女性に!婚約者に贈るなんてあり得ません」
バフっとクッションに顔を埋めるティグリス。
しかし従者ジップルはめげない。
「こんなこともあろうかと!!準備に余念は御座いませんよ。さぁ殿下!」
「んぁ?」
「ご覧くださいませ。ヒヤシンスで御座いますよっ」
「ヒヤシンス?」
「えぇ。土に植えずにこうやって球根を置いて水を枯らさなければちゃんと花が咲くんです。殿下の為に私が育てました!先ずはこの紫のヒヤシンスで【ごめんね】次に黄色いヒヤシンスで【君となら幸せ】こちらは殿下の髪色の金にも似ておりますね!そしてとどめに青いヒヤシンス、こちらは殿下の瞳の色の青!意味は【変わらない愛】で御座いますよ!」
「ヒヤシンスの水耕栽培ばっかりになるだろう?水の世話が大変だよ。それに愛してねぇし」
「大丈夫。わたくし共も殿下のケアで大変で御座います(キリッ)」
それよりも花につけるカードを問題にしたほうが良い。
ティグリスの書く文字は本当に解読に時間がかかるのだ。
そう思いながらメイドはホットミルクに蜂蜜をたっぷり入れてティグリスに差し出したのだった。
「こ…この前は…ご…‥」
「何よ。ハッキリ仰ったらどう?」
「お前が悪いんだけど!俺は心が広いから!許してやる!」
「信じられないわ‥」
「なっ、仲直りっ!してやるっ」
「結構よ!」
あちゃー。使用人も含めその場にいた大人は全員が額を指で強く押した。
パスティーナはヒクっと口元が動いたが、差し出し掛けた手を引っ込めてプイっと横を向いてしまった。
ティグリスの手は差し出されたままで行き場がない。
「おい!僕が仲直りの握手をしてやろうとしてるんだぞ!」
「(ぷいっ)」
「こっち向けよ!ブスっ!今日はいつもより酷いから向けないのか?!」
「ティグリス様ッ!!」
侯爵夫人渾身の拳骨が落とされるとティグリスは目から涙をポロポロ溢した。
今日は失敗は出来ないのだ。王妃エカテリニからも「この婚約の重要性」を説かれ、侯爵夫人は胸をドン!と叩いて進行役を引き受けたのだ。
今日はティグリスが暴れたり、暴言を吐くようなら扇で一撃しても良いと許しを得ている。
流石に扇は可哀想なので拳骨にしたのだが、失敗だった。
――指の骨が折れちゃったかもぉ?――
べそをかくティグリスを見たパスティーナ。
「泣き虫ね」
「泣いてねぇよ!」
「泣いてるわ!滝のようにドバドバ涙が出てるじゃない!泣き虫っ」
「泣いてねぇっていってるだろっ!!泣き虫はそっちだろうが!」
「あれは貴方が髪を引っ張ったからでしょう?!」
「じゃぁまた引っ張ってやるっ!お前も泣けばいいんだ!」
今度は使用人が間に入ってティグリスの手を抑えた。
背に隠れるようにしてパスティーナが「べぇぇだ!」と舌を出すのが見える。
ティグリスも負けずに「いぃぃだ!」っと顔を顰めるが、不穏な空気に目を開けると鬼の形相になった侯爵夫人と目が合った。
「ティグリス殿下、ゆっくりお話の時間が必要なようですわね」
ティグリスは全身から汗が噴き出しダラダラと流れる。
不意にパスティーナがパッと表情を緩めた。
「あ、ニキフォロス様とソフィア様だわ!おば様、ご挨拶しても良いかしら?」
「そ、そうね。行ってらっしゃいな」
「はい!ありがとうございます」
様子を見ようとやってきたニキフォロスとその婚約者ソフィアの姿にパスティーナが綻ぶような笑顔を向ける。ティグリスはその笑顔がニキフォロスに向けられたのだと思うと何故だか悔しく、歪んだ顔を見られたくなくて俯いた。足元には涙がポトポトと地を濡らした。
ティグリスの従者ジップルは手に小さな箱を持っていたがそっと部屋に戻すため歩き出した。
ティグリスが手ずから冷たい水で洗って乾かしたパスティーナのリボンが入った箱。いらないと言われた時の為に小遣いで買った別のリボンも入っていた。
粗暴で言葉使いも荒いティグリスの従者は頻繁に入れ替わる。
エカテリニの指示で派遣されてくるのだが、宮の事をするのはいいが、カリスとティグリスの側付となるのは誰も彼も遠慮したいと名乗り出ないのである。
昔から子供が好きで子守りで小遣い稼ぎをしていたジップルに我儘な子供はお手の物である。ジップルは初めてティグリスの側付きになりたいと申し出た従者だった。
また険悪な空気となり、茶会は終わったと言うより流れたと言ってよいだろう。
「殿下…」
「判ってるんだってば。でも…つい言っちゃうんだ」
「では、次は喋らなくていい観劇などに致しましょうか」
「劇なんか見ても判らない」
従者ジップルは市井で現在公演があるリストを思い浮かべた。
うんうんと頷く。内容的にまだ10歳に満たない二人に見せるには刺激が強い演目ばかりだ。
「殿下、花を贈りましょう。素直な気持ちをカードに書けばいいのです」
「カード?…でも…俺は字が下手だから」
「字の上手い、下手ではありませんよ。気持ちです。気・持・ち」
「何の花を贈ればいいか判らない。あ、庭にカーネーションが咲いてたな」
「ダメです。咲いているのは黄色。軽蔑という花言葉が御座います」
「そういえば、水仙も咲いてた」
「ダメです。毒もありますし、花言葉はうぬぼれ。で御座います」
「じゃぁ…クロッカスも端の方にあったから、それで」
「ますますダメです。後悔している…そんな意味のある花を贈ってどうするのです」
「時期がずれてたらスノードロップもあったのにな」
「贈らせませんよ!?」
「どうしてだ」
「あなたの死を望むなんて意味のある花を女性に!婚約者に贈るなんてあり得ません」
バフっとクッションに顔を埋めるティグリス。
しかし従者ジップルはめげない。
「こんなこともあろうかと!!準備に余念は御座いませんよ。さぁ殿下!」
「んぁ?」
「ご覧くださいませ。ヒヤシンスで御座いますよっ」
「ヒヤシンス?」
「えぇ。土に植えずにこうやって球根を置いて水を枯らさなければちゃんと花が咲くんです。殿下の為に私が育てました!先ずはこの紫のヒヤシンスで【ごめんね】次に黄色いヒヤシンスで【君となら幸せ】こちらは殿下の髪色の金にも似ておりますね!そしてとどめに青いヒヤシンス、こちらは殿下の瞳の色の青!意味は【変わらない愛】で御座いますよ!」
「ヒヤシンスの水耕栽培ばっかりになるだろう?水の世話が大変だよ。それに愛してねぇし」
「大丈夫。わたくし共も殿下のケアで大変で御座います(キリッ)」
それよりも花につけるカードを問題にしたほうが良い。
ティグリスの書く文字は本当に解読に時間がかかるのだ。
そう思いながらメイドはホットミルクに蜂蜜をたっぷり入れてティグリスに差し出したのだった。
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