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本編
2・2人の王子、見合いをする
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迎えた顔合わせの日。
ティグリスが朝からご機嫌だったのは、今朝がた早起きをして庭に行き、木に登って巣を見ると最後の1つがちょうど割れた瞬間だった。小さなクチバシで殻を内側から破り毛のないヒナが出てきた。
「わぁぁ!!可愛いなぁ」
っと思わず触って見たくなって手を伸ばしたのだが、バランスを崩し股に挟んでいた枝から落ちてしまった。
「痛ったい!くっそぉぉ!無茶苦茶痛いっ!」
しかし、日頃が野生児でもあるティグリス。
少々の切り傷と擦り傷だけである事を確認していると遠くで従者の声が聞こえる。
見つかれば巣が壊されるかも知れない。
ティグリスは何食わぬ顔で従者の方に歩いて行った。
対してニキフォロスはいつもと何ら変わらない朝だった。
6時半には侍女が来る前に起きていなければならないし、運んで来た桶に入った湯で顔を洗ってもらう。着替えをさせてもらった後は、母親のエカテリニとの朝食。
神への祈りを捧げた後は、無言でとにかく食べなければならない。
目の前の皿には1つ1つの量は多くないが兎に角数がある食材が並べられる。
食事の時間は決まっているし、残す事は厳禁。
マナーよく、順番を間違えず、食べきらねばならないのである。
食事が終わるとニキフォロスが心の中で【今日の訓示】と呼んでいるエカテリニの講談が始まる。毎日これが1時間半続くのである。
「本日は異母弟と共に婚約者となるご令嬢と顔合わせがあります。ニックはカシム公爵家のご令嬢でソフィアさんよ。間違わないようにね。カシム公爵家は非常に力のある家です。先代公爵はそれまで完熟させてから収穫をするため途中で傷んでしまい売り物にならない果実を完熟前に収穫させ、独自の保管方法でより甘い果実を遠くの地に運んで――ニック、聞いているの?」
「母上、そろそろ支度をせねばならない時間ではないでしょうか」
「あら?そうね。今日はいつもとは時間の配分が違うから。コホン。良いですね?くれぐれも粗相のないように。我が国はまだ一枚岩ではありません。カシム公爵の機嫌を損ねるような事はせず、習った通りにご令嬢をエスコートして、上げ足を取られないような話題を選んで会話よ?迂闊な返事はしないように。父親のようになりたくなければ石橋は叩き壊して架け直すくらいの慎重さが必要ですよ」
「母上、わかりました。では着替えてきます」
「よろしい。いいわね。ニック。貴方は何でもできる賢い子なの。努力を怠らない頑張り屋さんだと言う事も、母は知っていますよ。しっかりおやりなさいね」
ニキフォロスはエカテリニに気づかれぬよう溜息を吐いた。
「さぁ、ご挨拶をなさいな」
顔合わせの進行を買って出た侯爵夫人の声にニキフォロスはソフィアの前に出て、軽く頭を下げた。
「ニキフォロスです。今日は良くお越しくださいました」
「わ、わ、わ、…うぅっ…」
「どうしたんだい?」
「あのっ!ソフィアですっ。えぇっと…第一王子ニキフォロス殿下をごはいめ?はいめ?えぇっと…」
何度も練習をしてきたのだろうが、本番でしくじってしまった事にソフィアの目にはみるみる涙が溢れてくる。言い直しをすればするほど間違ってしまうのだ。
「こっちに座って。挨拶は今度からは簡素化してくれると助かるよ」
「かんちょ?い、いいえっ!簡素化、簡素化でございまちゅね?あっ!!」
ニキフォロスは心の中で【この子、大丈夫かな?】と思いつつ席に案内をしていたのだが、何やら物騒な声が聞こえてきた。
目をやるとやはりティグリスである。
ビシィ!っと婚約者だと紹介されたパスティーナを指差すと、大きな声を出した。
「こんなブス!俺じゃないと貰ってやれないんだからな!!」
侯爵夫人は青ざめた。パスティーナの両親も笑顔が引き攣る。
睨みつけるティグリスにパスティーナも負けてはいなかった。
「あなたみたいなチビのキンキンで我慢する私のほうが迷惑してるわよ!」
「なんだと?!こんな色のない髪!可愛くもないからリボンで誤魔化しやがって!」
「見た目しか取り柄がない貴方に言われたくないわ!」
「このぉぉ!!」
売り言葉に買い言葉。事もあろうかティグリスはパスティーナに掴みかかって倒してしまった。取っ組み合いになって庭園を転がる2人は泥だらけ。
「おやめなさい!女の子になんてことを!!誰か殿下を止めて!」
「パティ、手を離しなさい!」
大人たちの言葉など必死でやり合う2人には聞こえてはいない。
「痛って!さっき目を突いただろ!」
「細くって何処に目があるかなんてわかんないわよ!」
「俺の目は細くない!!よく見やがれ!」
ティグリスはパスティーナの結った髪についていたリボンをむんずと掴む。
「痛いっ!髪を引っ張らないでよっ!!」
ブチブチっと髪が千切れる音、そして痛みでティグリスから手を離したパスティーナは泣き出してしまった。ティグリスはハッとした。
大人たちは驚き過ぎて何も言えなくなり、パスティーナは引き千切られた髪があった部分を抑えて蹲っている。
「こいつが悪いんだ!なんだこんな物ッ!!」
手にしたリボンを池に放り投げてその場から逃げてしまったのである。
一瞬で居心地が最悪になってしまった茶会。
ニキフォロスは苦笑いでソフィアとお茶をするのだが内容が全く頭に入ってこない。
ティグリスが走って行った方向は、見せてやると言っていた鳥の巣がある方向。
ニキフォロスはソフィアの相手をするより、ティグリスを追いかけて見たくて堪らなかったのだ。
数刻経ち、使用人達がテーブルなどを片付けているのを見てティグリスは木から降りた。
とぼとぼと歩いてると池にあのリボンが沈んでいるのが見えた。
拾い上げてみると、それはティグリスの瞳の色でもある青い色だった。
――痛かったかな…痛かったよな。ちゃんと謝って返さなきゃ――
リボンについていた髪の毛は光に当たってキラキラ輝く銀色だった。ティグリスはびしょ濡れのリボンをポケットに捩じ込むと片付けが進む茶会の場に戻った。
「まぁ!ティグリス殿下‥‥お漏らし、いえ粗相をなさいましたの?」
侯爵夫人の声に全員の視線がティグリスの下腹部より少し下に集まる。
サッと手で覆い、太ももを合わせるが隠しきれるものではない。
「違う!これはっ!!」
ポケットにびしょ濡れのリボンを入れたからだと言いかけたが、止めた。
ちゃんと洗って乾かして、自分から返そう。ティグリスはそう決めたのだ。
ティグリスが朝からご機嫌だったのは、今朝がた早起きをして庭に行き、木に登って巣を見ると最後の1つがちょうど割れた瞬間だった。小さなクチバシで殻を内側から破り毛のないヒナが出てきた。
「わぁぁ!!可愛いなぁ」
っと思わず触って見たくなって手を伸ばしたのだが、バランスを崩し股に挟んでいた枝から落ちてしまった。
「痛ったい!くっそぉぉ!無茶苦茶痛いっ!」
しかし、日頃が野生児でもあるティグリス。
少々の切り傷と擦り傷だけである事を確認していると遠くで従者の声が聞こえる。
見つかれば巣が壊されるかも知れない。
ティグリスは何食わぬ顔で従者の方に歩いて行った。
対してニキフォロスはいつもと何ら変わらない朝だった。
6時半には侍女が来る前に起きていなければならないし、運んで来た桶に入った湯で顔を洗ってもらう。着替えをさせてもらった後は、母親のエカテリニとの朝食。
神への祈りを捧げた後は、無言でとにかく食べなければならない。
目の前の皿には1つ1つの量は多くないが兎に角数がある食材が並べられる。
食事の時間は決まっているし、残す事は厳禁。
マナーよく、順番を間違えず、食べきらねばならないのである。
食事が終わるとニキフォロスが心の中で【今日の訓示】と呼んでいるエカテリニの講談が始まる。毎日これが1時間半続くのである。
「本日は異母弟と共に婚約者となるご令嬢と顔合わせがあります。ニックはカシム公爵家のご令嬢でソフィアさんよ。間違わないようにね。カシム公爵家は非常に力のある家です。先代公爵はそれまで完熟させてから収穫をするため途中で傷んでしまい売り物にならない果実を完熟前に収穫させ、独自の保管方法でより甘い果実を遠くの地に運んで――ニック、聞いているの?」
「母上、そろそろ支度をせねばならない時間ではないでしょうか」
「あら?そうね。今日はいつもとは時間の配分が違うから。コホン。良いですね?くれぐれも粗相のないように。我が国はまだ一枚岩ではありません。カシム公爵の機嫌を損ねるような事はせず、習った通りにご令嬢をエスコートして、上げ足を取られないような話題を選んで会話よ?迂闊な返事はしないように。父親のようになりたくなければ石橋は叩き壊して架け直すくらいの慎重さが必要ですよ」
「母上、わかりました。では着替えてきます」
「よろしい。いいわね。ニック。貴方は何でもできる賢い子なの。努力を怠らない頑張り屋さんだと言う事も、母は知っていますよ。しっかりおやりなさいね」
ニキフォロスはエカテリニに気づかれぬよう溜息を吐いた。
「さぁ、ご挨拶をなさいな」
顔合わせの進行を買って出た侯爵夫人の声にニキフォロスはソフィアの前に出て、軽く頭を下げた。
「ニキフォロスです。今日は良くお越しくださいました」
「わ、わ、わ、…うぅっ…」
「どうしたんだい?」
「あのっ!ソフィアですっ。えぇっと…第一王子ニキフォロス殿下をごはいめ?はいめ?えぇっと…」
何度も練習をしてきたのだろうが、本番でしくじってしまった事にソフィアの目にはみるみる涙が溢れてくる。言い直しをすればするほど間違ってしまうのだ。
「こっちに座って。挨拶は今度からは簡素化してくれると助かるよ」
「かんちょ?い、いいえっ!簡素化、簡素化でございまちゅね?あっ!!」
ニキフォロスは心の中で【この子、大丈夫かな?】と思いつつ席に案内をしていたのだが、何やら物騒な声が聞こえてきた。
目をやるとやはりティグリスである。
ビシィ!っと婚約者だと紹介されたパスティーナを指差すと、大きな声を出した。
「こんなブス!俺じゃないと貰ってやれないんだからな!!」
侯爵夫人は青ざめた。パスティーナの両親も笑顔が引き攣る。
睨みつけるティグリスにパスティーナも負けてはいなかった。
「あなたみたいなチビのキンキンで我慢する私のほうが迷惑してるわよ!」
「なんだと?!こんな色のない髪!可愛くもないからリボンで誤魔化しやがって!」
「見た目しか取り柄がない貴方に言われたくないわ!」
「このぉぉ!!」
売り言葉に買い言葉。事もあろうかティグリスはパスティーナに掴みかかって倒してしまった。取っ組み合いになって庭園を転がる2人は泥だらけ。
「おやめなさい!女の子になんてことを!!誰か殿下を止めて!」
「パティ、手を離しなさい!」
大人たちの言葉など必死でやり合う2人には聞こえてはいない。
「痛って!さっき目を突いただろ!」
「細くって何処に目があるかなんてわかんないわよ!」
「俺の目は細くない!!よく見やがれ!」
ティグリスはパスティーナの結った髪についていたリボンをむんずと掴む。
「痛いっ!髪を引っ張らないでよっ!!」
ブチブチっと髪が千切れる音、そして痛みでティグリスから手を離したパスティーナは泣き出してしまった。ティグリスはハッとした。
大人たちは驚き過ぎて何も言えなくなり、パスティーナは引き千切られた髪があった部分を抑えて蹲っている。
「こいつが悪いんだ!なんだこんな物ッ!!」
手にしたリボンを池に放り投げてその場から逃げてしまったのである。
一瞬で居心地が最悪になってしまった茶会。
ニキフォロスは苦笑いでソフィアとお茶をするのだが内容が全く頭に入ってこない。
ティグリスが走って行った方向は、見せてやると言っていた鳥の巣がある方向。
ニキフォロスはソフィアの相手をするより、ティグリスを追いかけて見たくて堪らなかったのだ。
数刻経ち、使用人達がテーブルなどを片付けているのを見てティグリスは木から降りた。
とぼとぼと歩いてると池にあのリボンが沈んでいるのが見えた。
拾い上げてみると、それはティグリスの瞳の色でもある青い色だった。
――痛かったかな…痛かったよな。ちゃんと謝って返さなきゃ――
リボンについていた髪の毛は光に当たってキラキラ輝く銀色だった。ティグリスはびしょ濡れのリボンをポケットに捩じ込むと片付けが進む茶会の場に戻った。
「まぁ!ティグリス殿下‥‥お漏らし、いえ粗相をなさいましたの?」
侯爵夫人の声に全員の視線がティグリスの下腹部より少し下に集まる。
サッと手で覆い、太ももを合わせるが隠しきれるものではない。
「違う!これはっ!!」
ポケットにびしょ濡れのリボンを入れたからだと言いかけたが、止めた。
ちゃんと洗って乾かして、自分から返そう。ティグリスはそう決めたのだ。
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