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序章

5・2人の妻

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成婚の儀は予定通りに執り行われたが予定をしていた内容と異なったのは、その後成婚パレードは取りやめとなり、先王の退位が発表された事である。

異例中の異例。退位の言葉は民に向けられたが、即位をしたのは誰なのかとは発表されなかった。ただエカテリニのヴェールを止めていたのは王冠。それに気が付いたものは静かに胸に手を当て忠誠を尽くすと臣下の礼を取った。


真っ白な花嫁衣裳のエカテリニをカリスは多くの貴族にも用意された末席で見つめた。
その視線に気が付いたエカテリニは小さく微笑を返した。

多くの者の間を縫うように交差した視線。
一瞬目が合ったカリスは氷水を浴びせられたように全身が冷え、息を飲んだ。
今更になって後悔に襲われるカリスは自分の腕で自分を抱き、俯いて讃美歌を聞いた。



初夜、破瓜の証に恥じらうエカテリニを見たアレコスは言い知れない征服感に酔いしれた。
エカテリニと繋がれば自身を離したくないとばかりに絡まってくる。カリスしか知らなかったアレコスには初めての感覚だった。

寝台では大胆なカリスに対し、恥じらうエカテリニ。
ドレスを着ている時と、生まれたままの姿の時では真逆の2人。
アレコスはエカテリニのぎこちない姿に酔いしれ、せっせと子作りに励んだ。

「子が出来るまでは」とカリスから離された事もあったかも知れないが、結婚休暇とも言うべきただ2人だけで過ごす時間に見せるエカテリニにアレコスはカリスとの事は間違いだったと思えるようにもなった。

昼は茶を飲んだり庭園を手を繋いで散策をする。
夜は貪るようにエカテリニを掻き抱く。
蜜月とも言える期間はたった4カ月で終わりを迎えた。


綻ぶような笑顔でエカテリニはアレコスに告げた。

「殿下、御子を授かりましたの」
「本当か?!こんなに早く…ありがとう。エナ」

報告にアレコスはまだ膨らみのないエカテリニの腹に手を当てて涙ぐんだ。
「僕達の子供がここに…」エカテリニの腹を撫でるアレコスの手をエカテリニはそっと握った。

静かに握られた手のひらがエカテリニの腹から離されていく。

「お務めは果たされました。今夜からは彼女の元にお通い遊ばされますよう」

「何を言うんだ?大事な体となったエナを放ってカリスの元に行けと言うのか?」

「そういうお約束で御座いました。懐妊の発表は数か月遅れるでしょうけども、ご安心くださいませ。公務も政務も無理のない範囲で出来るよう先王様を始め、皆様からご配慮いただいております」


先ほどまで向けられていた温かな微笑は何処にもない。
最後の言葉は事務的に抑揚のない声でアレコスに向けられており、アレコスの手を腹から離すのに使った手をハンカチで拭き、まるで汚いものかのように指先で抓んだハンカチを侍女に手渡す。

「待ってくれ。せめて子が生まれるまでは一緒に」
「わたくしに嘘を吐かせるおつもりですの?」
「そんなつもりはない。ただ、私達の子供だろう?」
「そうですわね。お種は頂きました。ですが約束は約束。違えるわけには参りません」

茫然とするアレコスに目を向ける事もなくエカテリニは立ち上がった。





アレコスはカリスとも結婚式を挙げた。
ただ、こちらは側妃との結婚式であり日取りとしてはエカテリニとの結婚式の3カ月後。まだエカテリニの懐妊が判明していないため、別々の場所で署名だけという寂しいものだった。

エカテリニとの間に子が出来た事を伝えるべきか悩んだ挙句、アレコスはカリスには当面伝えない事を選択した。懐妊がか判ったからこそ側妃の宮にやってきて、開口一番にそれを告げるのは酷だと思ったからである。

「待たせてしまってすまない。不便はないか?」
「いいえ。ちっとも。毎日のように商人が来てくれるので買い物をしたり、先日は劇団が来て私の為だけに演じてくださったのです。夢のような生活です」

「楽しかったかい?」
「はい、でも殿下がいなかったので…つまらなかったです」

口を尖らせて、甘えるカリスにアレコスは久しぶりに【頼られる感覚】を感じた。
エカテリニも成婚の儀から甘えてはくれたが、どこか遠慮がち。それもまた可愛くも感じたのだがカリスは寂しかったのか、これまでよりもさらに甘えてくると来る。
「自分がいないとダメなのだ」とより強く感じた。

だが、何か不調和音いや違和感を感じる。

適度な距離感を持ちつつも共にいたエカテリニとの時間に慣れたせいもあるのだろうか。アレコスは首を傾げた。


「でね?(クチャクチャ)聞いて。指輪がね?小指しか(くちゃくちゃ)通らなかったの。しかも左手よ?無理に入れたら抜けなくなって大変だったの」

口の中で咀嚼をしながら言葉を発するものだからポロポロと食べ物が口から零れる。

――汚いな…――

アレコスの好みに合うように焼かれた肉にフォークは入れ、切り分けたものの食べる気が失せてしまった。


「すまない、下げてくれないか」
「畏まりました」
「えっ?食べないの?柔らかくて美味しいよ?食べないなら頂戴」

アレコスにはカリスの子供のように両手の手のひらを相手に向けて強請る仕草は見慣れていたはずだった。しかしそれが物乞いをしているように見えて、何か胸の奥がゾワゾワと蠢いた。
従者が言葉を選んでカリスの申し出は受けられない旨を伝えた。

「それでは新しい物をお持ちしますので」
「何を言ってるの?焼く時間もあるし、食材が勿体ないわ。あ、私のお皿にまだ残ってるからね?待って。直ぐに食べちゃうから」

カチャカチャと聞こえる耳障りな音。カトラリーが皿に当たっているのだ。
急いで食べねばならないと焦るあまり皿から飛び出した肉をカリスはそのままフォークで刺すと口に放り込んで、噛み切ろうとするのか、口からはみ出した肉を指で引っ張る。

カリスとはこれまで何度も食事をした。
なのに…アレコスは【今までどうやって食べていたんだろう】と、これまでと大差ない食事風景なのに感じる嫌悪感を消す事が出来ない。

給仕から下げる筈だったアレコスの皿を引っ手繰るように目の前に置くカリス。

「うわぁ~美味しいっ!一緒だから余計に美味しいのねっ」
「あ、あぁだと嬉しいよ」

デザートは吐き気を抑えるのが大変だった。
フルーツの種を手を皿にしてペッと吐き出しながら微笑むカリス。
その種を得意そうに指で抓んで差し出してくる。

――どうして、これが可愛いと思ったんだろうか――

「ねぇ!明日、一緒に庭に埋めましょう?美味しいフルーツが実るわ」

――あぁそうか。こういう夢見がちなところを――

「もう!聞いてるの?さっきから空返事ばかりよ?」
「すまない、考え事をしていたんだ」
「もしかして私の事?そんなの考えなくても聞いてくれたらいいのに」
「今度からはそうするよ。で?なんだい?」
「うふふ。サプライズがあるの。楽しみにしてて」

――事前に伝えたそれはサプライズと言うんだろうか――


殆ど何も口にしない食事が終わった後は言い知れない虚脱感がアレコスを襲った。
しかし、やっと自分の元に来てくれたとカリスは側から離れようとしなかった。

――無意識に比べてしまったから違和感を感じたんだろう――

寝室に隣接したクローゼットからドレスを引っ張り出し、体に当てて「見て!」と燥ぐカリスを見ているとアレコスの気持ちも段々と落ち着いて来た。

体を重ねるのは初めてではないが、「夫」と「妻」となってからは初めてである。
離れていた期間を埋めるかのようにお互いを求めあい、食事も寝台で取る。2人が部屋から出てきたのは2週間後の事だった。
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