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序章
1・愚かな王太子
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建国以来1500年続くプロシオス王国。
その歴史の中では賢王と民に慕われる者もいれば、愚王、好色王と呼ばれ国を傾かせた王もいる。それでも国が健在をしているのは嫁いできた王妃の影の力があったからだとも言われている。
ネスティス侯爵家エカテリニは両親と共に両陛下の前に呼ばれた。
国王も王妃も顔色は悪く、従者に手を貸してもらわねば座っている姿勢を保つ事さえままならない。
20歳となったエカテリニは第一王子アレコスとお互い2歳で婚約を結び18年の月日が流れていた。王子妃教育、王太子妃教育、そして王妃教育と15歳までに修了していたエカテリニに国王は帝王学も学ばせた。
国王も王妃もこの時ばかりは己に先見の明があったと胸を撫でおろした。
成婚の儀を2年後に控え、立太子したばかりの王太子アレコスの聞くに堪えない、見るに見かねる醜聞。
エカテリニという婚約者がいるにも関わらず、ビボル男爵家の令嬢カリスに傾倒しているのだ。事もあろうかエカテリニの父であるネスティス侯爵の実兄ルスラー公爵家で行なわれた夜会でエカテリニをエスコートせずカリスと共に出席をした。
そして会場内でネスティス侯爵を見つけると「婚約解消」を切り出したのだ。
ただの婚約ではなく、エカテリニとアレコスの婚約は公にはされていないが多くの貴族には周知の事実。「傾いた王家」への財政支援が目的で、ネスティス侯爵家は王家との婚約で2つの港、3つの領地を失っていた。
余りにも自分勝手で不誠実な行動に廃嫡、放逐をすればいいと声高らかに叫ぶ貴族もいるが、そう簡単に出来るものではない。廃嫡や放逐をした事を広く知らしめても「王族」であった事、「国王の血を引く」事実が無くなるわけではない。
名目上は平民となっても、その体には間違いなく1500年以上続く王家の血が流れている。そんな者を解き放てば過激な事で注目を浴び、あわよくば権力を握ろうとする者の思うつぼである。
長く続く王国の歴史で国民は「王家」を崇めている者は多い。
肖像画をリビングに飾り、敬意を表す市井の民も少なくない。
王家の人間が間違いを犯す筈がない、不義理を働くはずがないと信じているのだ。
そこに過日の「婚約解消」を理由にアレコスを廃嫡し放逐すればどうなるか。
スキャンダルはスキャンダルとして受け入れられるであろうが、相手が問題だった。
「全く、面倒な女に引っ掛かったものだ」
国王は吐き捨てるように言い放つ。
政略で血を繋いでいく王家や貴族と一般の国民は考え方がまるで違う。
(貧しい男爵家の令嬢カリス)
貧しくても愛があるではないか。
(そこに手を差し伸べたのが王太子アレコスなのに)
どうして認めないのだ。
(身分差があるばかりに愛し合う2人は引き離される)
貧乏人は王妃にはなれないのか。
身分差のある恋愛は二番煎じ、三番煎じであっても人気の歌劇の演目となる。
市井に広まってしまえば収拾がつかなくなるのは必至だった。
いつもなら抑え込めるのだが、この時は違った。
数年前、周辺国で流行り始めた疫病はあっという間に大陸中に広がり多くの者が命を失った。今も起き上がれず床に伏す者も多い。
疫病には波があり、沈静化したと思えば数週間後にはまた患者の数が爆発的に増える。
食料や医療品の備蓄は底を突きかけ、失策ではないかという声もチラホラと出始めている。
ここでお家騒動を公にするのは得策とは言えなかった。
何より王家はこの疫病でアレコス以外の継承者を失ってしまった。
アレコス以外の王子や王女は手が足らないと聞けば医療品や食料を持って駆け付け、王族などという肩書を伏せて患者の治療や看病をかって出た。
そんな中、アレコスは役目をエカテリニに押し付け、カリスとの逢瀬に励んだ。
王都の郊外に住まいのある男爵家に通う事で患者との接触がなかったのが無事だった原因だとは皮肉なものだ。
民を慮った者が命を落とし、自堕落に欲望に落ちた者が生き残る。
命を落としたものの中には、王女と婚約関係があったばかりに王女と共に現地に赴いた貴族の子息もいた。その子息が家に疫病を持ち帰る事で当主を失った家もある。
王子や王女が命を賭し、落としてまで自分たちの事を考えてくれているのだと民衆は更に王家を崇拝し始めた。
疫病は沈静化にようやく向かいだしてはいるが、食料も医療品も足らない現状。
暴動が起きないのは、王家に対する民衆の信愛と信頼なのである。
民衆は王家を心の支えとしてしまった。
「弟妹の功績を…恥を知れ」
国王と王妃はアレコスを叱責したが、自らも医療院に赴いて水を運び、湯を沸かすための竈に薪をくべ、病人の看護をする事でり患してしまった。
医療に携わる者もり患し、数が圧倒的に足らなかった。動ける者がやらねば病人は水すら口に出来ない。目の前で3,4歳の子供が水の入った桶を必死で運ぶ姿に、国王だから、王妃だからという理由をもって視察だけで済ませる事は出来なかったのである。
民衆の心の支えとなる王家を絶やす事は出来ず、どんなに不出来でもアレコスしかいない状況に病に倒れた国王と王妃は全権を嫁いでくるエカテリニに託す事に決めた。
「両陛下の御心。しかと」
「頼まれてくれるか。すまないな。エナ」
「エナ。貴女が娘になってくれる事、心から感謝を」
その場に駆け付けた貴族院の議長も揃い、見届ける中エカテリニへの全権譲渡が行われた。
アレコスはその時もカリスの屋敷で仲睦まじく愛を深めていた。
その歴史の中では賢王と民に慕われる者もいれば、愚王、好色王と呼ばれ国を傾かせた王もいる。それでも国が健在をしているのは嫁いできた王妃の影の力があったからだとも言われている。
ネスティス侯爵家エカテリニは両親と共に両陛下の前に呼ばれた。
国王も王妃も顔色は悪く、従者に手を貸してもらわねば座っている姿勢を保つ事さえままならない。
20歳となったエカテリニは第一王子アレコスとお互い2歳で婚約を結び18年の月日が流れていた。王子妃教育、王太子妃教育、そして王妃教育と15歳までに修了していたエカテリニに国王は帝王学も学ばせた。
国王も王妃もこの時ばかりは己に先見の明があったと胸を撫でおろした。
成婚の儀を2年後に控え、立太子したばかりの王太子アレコスの聞くに堪えない、見るに見かねる醜聞。
エカテリニという婚約者がいるにも関わらず、ビボル男爵家の令嬢カリスに傾倒しているのだ。事もあろうかエカテリニの父であるネスティス侯爵の実兄ルスラー公爵家で行なわれた夜会でエカテリニをエスコートせずカリスと共に出席をした。
そして会場内でネスティス侯爵を見つけると「婚約解消」を切り出したのだ。
ただの婚約ではなく、エカテリニとアレコスの婚約は公にはされていないが多くの貴族には周知の事実。「傾いた王家」への財政支援が目的で、ネスティス侯爵家は王家との婚約で2つの港、3つの領地を失っていた。
余りにも自分勝手で不誠実な行動に廃嫡、放逐をすればいいと声高らかに叫ぶ貴族もいるが、そう簡単に出来るものではない。廃嫡や放逐をした事を広く知らしめても「王族」であった事、「国王の血を引く」事実が無くなるわけではない。
名目上は平民となっても、その体には間違いなく1500年以上続く王家の血が流れている。そんな者を解き放てば過激な事で注目を浴び、あわよくば権力を握ろうとする者の思うつぼである。
長く続く王国の歴史で国民は「王家」を崇めている者は多い。
肖像画をリビングに飾り、敬意を表す市井の民も少なくない。
王家の人間が間違いを犯す筈がない、不義理を働くはずがないと信じているのだ。
そこに過日の「婚約解消」を理由にアレコスを廃嫡し放逐すればどうなるか。
スキャンダルはスキャンダルとして受け入れられるであろうが、相手が問題だった。
「全く、面倒な女に引っ掛かったものだ」
国王は吐き捨てるように言い放つ。
政略で血を繋いでいく王家や貴族と一般の国民は考え方がまるで違う。
(貧しい男爵家の令嬢カリス)
貧しくても愛があるではないか。
(そこに手を差し伸べたのが王太子アレコスなのに)
どうして認めないのだ。
(身分差があるばかりに愛し合う2人は引き離される)
貧乏人は王妃にはなれないのか。
身分差のある恋愛は二番煎じ、三番煎じであっても人気の歌劇の演目となる。
市井に広まってしまえば収拾がつかなくなるのは必至だった。
いつもなら抑え込めるのだが、この時は違った。
数年前、周辺国で流行り始めた疫病はあっという間に大陸中に広がり多くの者が命を失った。今も起き上がれず床に伏す者も多い。
疫病には波があり、沈静化したと思えば数週間後にはまた患者の数が爆発的に増える。
食料や医療品の備蓄は底を突きかけ、失策ではないかという声もチラホラと出始めている。
ここでお家騒動を公にするのは得策とは言えなかった。
何より王家はこの疫病でアレコス以外の継承者を失ってしまった。
アレコス以外の王子や王女は手が足らないと聞けば医療品や食料を持って駆け付け、王族などという肩書を伏せて患者の治療や看病をかって出た。
そんな中、アレコスは役目をエカテリニに押し付け、カリスとの逢瀬に励んだ。
王都の郊外に住まいのある男爵家に通う事で患者との接触がなかったのが無事だった原因だとは皮肉なものだ。
民を慮った者が命を落とし、自堕落に欲望に落ちた者が生き残る。
命を落としたものの中には、王女と婚約関係があったばかりに王女と共に現地に赴いた貴族の子息もいた。その子息が家に疫病を持ち帰る事で当主を失った家もある。
王子や王女が命を賭し、落としてまで自分たちの事を考えてくれているのだと民衆は更に王家を崇拝し始めた。
疫病は沈静化にようやく向かいだしてはいるが、食料も医療品も足らない現状。
暴動が起きないのは、王家に対する民衆の信愛と信頼なのである。
民衆は王家を心の支えとしてしまった。
「弟妹の功績を…恥を知れ」
国王と王妃はアレコスを叱責したが、自らも医療院に赴いて水を運び、湯を沸かすための竈に薪をくべ、病人の看護をする事でり患してしまった。
医療に携わる者もり患し、数が圧倒的に足らなかった。動ける者がやらねば病人は水すら口に出来ない。目の前で3,4歳の子供が水の入った桶を必死で運ぶ姿に、国王だから、王妃だからという理由をもって視察だけで済ませる事は出来なかったのである。
民衆の心の支えとなる王家を絶やす事は出来ず、どんなに不出来でもアレコスしかいない状況に病に倒れた国王と王妃は全権を嫁いでくるエカテリニに託す事に決めた。
「両陛下の御心。しかと」
「頼まれてくれるか。すまないな。エナ」
「エナ。貴女が娘になってくれる事、心から感謝を」
その場に駆け付けた貴族院の議長も揃い、見届ける中エカテリニへの全権譲渡が行われた。
アレコスはその時もカリスの屋敷で仲睦まじく愛を深めていた。
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