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第36話(S)  地獄の悪魔に魂の大安売り

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「旦那様、1週間休みをください」

「いいよ~1週間と言わず1か月でも1年でも」

「え?私ってまさか不要な執事ですか?」

「クロースがいると仕事は捗るし、ミスは無いし‥言うことないんだけどさ」

「ホリー様ですか?」

「だってさ~。私とだとなんていうか…笑顔が作ってるんだよな~。なのにさ~クロースと話をする時は笑うだろ?いや、その笑顔も好きだけど!なんていうか…」

「自分のものにしたいって事ですか…はぁ…狭量ですよねぇ。旦那様」

「き、きょ、狭量っ?!失礼な執事だな。もういい!休みをやるから1週間休め」

「ありがとうございます」


ジンジャーはホリーと「仲良し見せつけ作戦中」なのでクロースにも明かすことが出来ない。

ジンジャーとしては全く演技ではなく素なのだが、ホリーが全力演技なのが辛いところ。一緒の寝台で寝ているし、手を出そうと思えばいつだって出せるのだが、それは鬼畜のすることだと抑制をしている。

それにここ最近、リメイク事業で数少ない女性使用人ともキャッキャと楽し気な声をだして作業をするホリーをこっそり見るだけで癒される。

グッと拳を握り、「お食事マナーも私がいれば問題ナッシィィーング!」とクロースを1週間排除したことでホリーの手を取り、足を取りムフフ♡

浮足立つジンジャー。

そんなジンジャーの事などもう頭の隅っこにもないクロースはケイトリンを待たせている宿に急いだ。


靴は買ったが、ワンピースがあんな宿で応急に見繕ってもらったものなので、この際色々と買ってしまおうと考える。

しかし、浮足立っているようでケイトリンの立ち位置を考えるとラモハラ伯爵家が探さずにそのままとも考えられず、動き回るのも良い手とは言えない。

少し値が張るが、ブレッドマン侯爵家の息のかかった仕立て屋に行き‥と買い物の予定を立てたクロースはケイトリンの部屋の扉を開けた。


「ケイト姉ちゃん。待った?」

「待ったっていうか…部屋から出ないから待ったも何もないんだけど」

「服!服買いに行こう。いい店知ってるんだ」

「サン君、無駄使いしちゃだめよ。宿のお金だって…」

「金の事は心配しなくていいんだって。それにそんなワンピースだろ?申し訳なくってさ」

「いいのよ。これだって上等な服。ねぇお願い。私のためにもうお金を使わないで」


クロースにしてみればこの27年で唯一愛した女性がケイトリン。一度は諦めた思いだがケイトリンをこんなやせ細った体にし、虐待ともいえる所業をしてきたラモハラ家やおそらく知っていたであろうに何もしなかったフェキ伯爵家に委ねる気持ちは全くない。

人妻であっても、もう手放すものかとクロースは覚悟を決めていた。

主であるジンジャーにも叱責を受けるだろうし、職も失うかも知れない。

だとしてももうケイトリンをあんな非道な鬼畜の元に返すくらいなら不貞野郎と言われてもケイトリンとどこかに逃げてもいいとすら考えていた。

幸いにも酒もたばこもせず、ケイトリン以外にクロースは心も動かされる事はなかったので金はある。
一時を凌ぐには十分で、その後は自分とケイトリンの事を誰も知らない土地にいって倹しく暮らしたっていいのだ。隣にケイトリンがいてくれるならなんだって出来そうな気がした。


「こんな立派な店…無理よ」

「大丈夫だってば」


遠慮するケイトリンにテーラーメイドの服を仕立てて貰い、当面の着替えに既製品も何着か買う。店の女将の勧めでケイトリンの下着なども揃えた。

その後は顔なじみの不動産を扱う商会に行き、2人で住むのに手ごろな部屋や一軒家を見繕うもクロースの考えていた以上に金が必要であることが分かった。

1週間をずっと一緒に過ごす。2人にとって夢のような時間だった。

しかし、ケイトリンにもクロースが何を考えているのかは判る。
当面の避難を手助けしてくれる、そんなものではない。

確かに有難いのだが、ケイトリンは自分が匿われることでクロースが失うであろうものの大きさを考え「ラモハラ家に帰る」と言い出してしまった。


「ダメだ。絶対にダメだ」

「サン君。これ以上サン君の世話になる事は出来ないわ」

「ケイト姉ちゃん…いや‥ケイトリン。僕は…ずっと貴女の事が好きだった。その気持ちは今も変わらない」

「サン君!何言ってるの!聞かなかった事にするから二度とそんな事言っちゃダメ!」

「いいや!言う!僕は…ケイトリン、貴女を愛してる。これから先も変わらない。何を失ってもいい。ケイトリン、貴女が僕の隣にいてくれるなら僕は地獄の悪魔に魂を売ってもいい。愛してるんだ。どこにも行かせない!ケイトリンがいる場所は僕の隣だ!」

「そんな大安売りしないで!!無理よ!今だって私はラモハラ家のコーネリアスの妻なの!何があっても変えられないの。実家だって…認めてくれない。サン君の気持ちは嬉しいわ。こんな私のために…宿も服も‥有難いと思ってるの。でも不貞行為にしかならないわ。私のためにサン君が何かを失うなんてあってはいけないの!」

「いいんだよ!ケイトリンが側にいてくれるなら他には何にも要らないんだ!僕には…僕にはケイトリン以外のものなんてゴミでしかない!」

「サン君…」

「嫌だ…どこかに行ってしまうのなら僕…死ぬよ」

「サン君!そんな事言っちゃダメ。死ぬだなんて‥何言ってるの」

「本気だよ。明日…仕事を終えてここにケイトリンがいなかったら僕は自死する。本気だ。ケイトリンが側にいてくれないなら形が見えない魂だけになって僕が傍に居る」

ケイトリンも流石にこれは不味いと感じた。
クロースは本気で、昔から有言実行をする子供だった。

虐めっ子に虐められて泣いていたけれど「やり返す」と言い父親の剣を持ち出して虐めっ子に立ち向かった事もあったのだ。その時はクロースの両親がケイトリンに「とめてくれ」と頼んできた。

クロースはケイトリンの言葉には素直な子だったからである。

「判った。どこにも行かない。だからそんな恐ろしい事を言うのはやめて。ね?」

「本当に何処にも行かない?約束してくれる?」

「行かない。行く時はサン君に言うし、一緒に行くわ」

「うん。約束だよ」


――これでいいのかな――

ケイトリンは、また答えを出すことが出来なかった。
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