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第31話(S) 忘れていた感情
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「旦那様、この届け物。私が届けてきます」
「あぁ。頼む。だが最近クロースばかりが届けに言ってるんじゃないのか?」
「そうでしょうか?」
ブレッドマン侯爵家は事業のほかに王家からの調べものなどもあるので、市井にあるいくつかの商会とは提携して王家から依頼される「調べもの」の報告書を受け取ったり指示書を手渡したりする。
当主のジンジャーはここ最近その役目をクロースばかりしているので他の者にと思ったが、確かにクロースが行けば執事でもあるので相手に用件が伝わりやすく便利と言えば便利。
愛しいホリー専用に執務室にソファセットも置いたし、そこで菓子をぽりぽりとリスのように食べるホリーを見ていられるので助かると言えば助かる。
「偶にはゆっくりしてこい。あぁそうだ。大通りのカフェにプリンという生菓子も売り出されているそうだ。ついでに買ってきてくれ」
そう言って財布から札を数枚抜いてジンジャーはクロースに手渡した。
ぼそっと小さな声で「彼女がいるなら茶でも飲んで来い」と付け足すのも忘れない。
「旦那様、そういう目的で行くのではありません」
ジンジャーに返す返事には少しの嘘を交えたクロースは胸にチクリと痛みを感じた。
女性とお茶を飲むために行くのではないが、届け物だけのために行くのでもない。
偶然の再会をした日からクロースはもう一度ケイトリンに会いたい、話がしたいと思い街に出る回数を増やした。
しかし、時間が合わないのか偶然会った日と同じ時間に街に行ってもケイトリンはいない。
――時間を少し遅らせてみよう――
余りに遅れてしまうと届け物を受け取る先の商会の営業が終わってしまう。
封筒を渡せばいいだけではなく、クロースが説明をせねばならない箇所もあるので説明の時間を30分から20分、15分と短縮できるように書類を纏め、すれ違いになる時間を削ったクロースは街に出た。
手早く仕事を終えて、商会の外でに出る。
周囲をキョロキョロと見まわすがケイトリンの姿はない。
――買い物かごを持ってたから買い出しの時間はもう少し後なのかも――
おおよそで買い出しに行く時間は同じだろうと思っていたが、あの日はなんらかの事情でいつもより早かったか、遅かったかしたのかも知れないと考え、クロースは待ってみようと思った。
再会の日から17日目。
クロースは遂にケイトリンを見つけた。
「ケイト姉ちゃん!!」
声を掛けながら、呼ばれたことで立ち止まったケイトリンにクロースは駆け寄った。
「サン君…今日はどうしたの?ご用?」
優しい微笑みをクロースに向けるケイトリン。
クロースは胸が痛んだ。
やはり顔色が悪い。
前回は会えた嬉しさもあってよく見ていなかったが、時季外れの手袋にはシミがある。古いシミ、新しいシミとあるが、おそらく血。
髪の毛は艶のある髪だったのにぱさぱさで何日も洗っていないのが良く判る。
体臭が酷くないのは綺麗好きだったので、毎日濡れた布で清拭を欠かしていないからだろう。
話したいことよりも聞きたいことの方が山ほどある。
クロースは静かに長く息を吸ってケイトリンに話しかけた。
「ケイト姉ちゃん。ちょっとでいいんだ。時間ある?」
「ごめんなさい…買い出しの途中で…そんなに時間はないの」
「じゃ歩きながらでいいよ。どこに行くんだ?」
「何処って…それは…」
ケイトリンはまたクロースの問いに答えられない自分を感じた。
もう捨ててしまった感情の1つ。「羞恥」
クロースに「どこへ行く」と問われて青果店に売り物にならない野菜を貰いに行くとは言えなかった。
確かにフェキ伯爵家も貧乏で「ほとんど捨てになるけど、傷んでるところ切り落とせばいい」とおまけで野菜を貰う事はあったし、そんな野菜を厨房から取ってきて分け合って「おやつ」と食べた事もあった。
でも今はおまけではない。廃棄する傷んだ野菜を頼み込んで貰ってくるのだ。
――まるで物乞い…サン君には見られたくないわ――
だが、ケイトリンが羞恥を感じた理由はもう1つあった。
――サン君。立派になったのね――
目の前に立ち、話しかけてくれるクロースの身なりは整っていた。
皴もない白いシャツに、どこかで執事か家令をしているのか上等な仕立ての服を着ている。
かたや自分は使用人のお下がりのお仕着せ。色落ちもしているし布は麻、独特のごわごわ感がある。汚れもどれが何時ついたのかわからないくらい模様になっていて恥ずかしかった。
「ケイト姉ちゃん」
答えられずにいるケイトリンの名をクロースがもう一度呼んだ。
「ご、ごめんなさい。また今度でいい?急ぐの」
ケイトリンはクロースの前から逃げるようにして立ち去った。
「あぁ。頼む。だが最近クロースばかりが届けに言ってるんじゃないのか?」
「そうでしょうか?」
ブレッドマン侯爵家は事業のほかに王家からの調べものなどもあるので、市井にあるいくつかの商会とは提携して王家から依頼される「調べもの」の報告書を受け取ったり指示書を手渡したりする。
当主のジンジャーはここ最近その役目をクロースばかりしているので他の者にと思ったが、確かにクロースが行けば執事でもあるので相手に用件が伝わりやすく便利と言えば便利。
愛しいホリー専用に執務室にソファセットも置いたし、そこで菓子をぽりぽりとリスのように食べるホリーを見ていられるので助かると言えば助かる。
「偶にはゆっくりしてこい。あぁそうだ。大通りのカフェにプリンという生菓子も売り出されているそうだ。ついでに買ってきてくれ」
そう言って財布から札を数枚抜いてジンジャーはクロースに手渡した。
ぼそっと小さな声で「彼女がいるなら茶でも飲んで来い」と付け足すのも忘れない。
「旦那様、そういう目的で行くのではありません」
ジンジャーに返す返事には少しの嘘を交えたクロースは胸にチクリと痛みを感じた。
女性とお茶を飲むために行くのではないが、届け物だけのために行くのでもない。
偶然の再会をした日からクロースはもう一度ケイトリンに会いたい、話がしたいと思い街に出る回数を増やした。
しかし、時間が合わないのか偶然会った日と同じ時間に街に行ってもケイトリンはいない。
――時間を少し遅らせてみよう――
余りに遅れてしまうと届け物を受け取る先の商会の営業が終わってしまう。
封筒を渡せばいいだけではなく、クロースが説明をせねばならない箇所もあるので説明の時間を30分から20分、15分と短縮できるように書類を纏め、すれ違いになる時間を削ったクロースは街に出た。
手早く仕事を終えて、商会の外でに出る。
周囲をキョロキョロと見まわすがケイトリンの姿はない。
――買い物かごを持ってたから買い出しの時間はもう少し後なのかも――
おおよそで買い出しに行く時間は同じだろうと思っていたが、あの日はなんらかの事情でいつもより早かったか、遅かったかしたのかも知れないと考え、クロースは待ってみようと思った。
再会の日から17日目。
クロースは遂にケイトリンを見つけた。
「ケイト姉ちゃん!!」
声を掛けながら、呼ばれたことで立ち止まったケイトリンにクロースは駆け寄った。
「サン君…今日はどうしたの?ご用?」
優しい微笑みをクロースに向けるケイトリン。
クロースは胸が痛んだ。
やはり顔色が悪い。
前回は会えた嬉しさもあってよく見ていなかったが、時季外れの手袋にはシミがある。古いシミ、新しいシミとあるが、おそらく血。
髪の毛は艶のある髪だったのにぱさぱさで何日も洗っていないのが良く判る。
体臭が酷くないのは綺麗好きだったので、毎日濡れた布で清拭を欠かしていないからだろう。
話したいことよりも聞きたいことの方が山ほどある。
クロースは静かに長く息を吸ってケイトリンに話しかけた。
「ケイト姉ちゃん。ちょっとでいいんだ。時間ある?」
「ごめんなさい…買い出しの途中で…そんなに時間はないの」
「じゃ歩きながらでいいよ。どこに行くんだ?」
「何処って…それは…」
ケイトリンはまたクロースの問いに答えられない自分を感じた。
もう捨ててしまった感情の1つ。「羞恥」
クロースに「どこへ行く」と問われて青果店に売り物にならない野菜を貰いに行くとは言えなかった。
確かにフェキ伯爵家も貧乏で「ほとんど捨てになるけど、傷んでるところ切り落とせばいい」とおまけで野菜を貰う事はあったし、そんな野菜を厨房から取ってきて分け合って「おやつ」と食べた事もあった。
でも今はおまけではない。廃棄する傷んだ野菜を頼み込んで貰ってくるのだ。
――まるで物乞い…サン君には見られたくないわ――
だが、ケイトリンが羞恥を感じた理由はもう1つあった。
――サン君。立派になったのね――
目の前に立ち、話しかけてくれるクロースの身なりは整っていた。
皴もない白いシャツに、どこかで執事か家令をしているのか上等な仕立ての服を着ている。
かたや自分は使用人のお下がりのお仕着せ。色落ちもしているし布は麻、独特のごわごわ感がある。汚れもどれが何時ついたのかわからないくらい模様になっていて恥ずかしかった。
「ケイト姉ちゃん」
答えられずにいるケイトリンの名をクロースがもう一度呼んだ。
「ご、ごめんなさい。また今度でいい?急ぐの」
ケイトリンはクロースの前から逃げるようにして立ち去った。
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