お前は保険と言われて婚約解消したら、女嫌いの王弟殿下に懐かれてしまった

cyaru

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第22話  発症した女

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「痛いっ痛いってば!」

ファルマはこの頃、顔面に痛みを感じる事が多くなった。
最初の異変はピアスをした時だ。ピアス穴にちゃんとつけたのにピアスが落ちる。
装着したピアスの重みに耳たぶが耐えられなくて切れ目が入った。

お泊りをした時だったので、昨夜から一緒に過ごしていた男に医療院に連れて行ってもらうと耳たぶを縫われてしまった。しかし今度はその縫った糸で耳たぶが切れる。

「何よ!このやぶ医者!」

治療をしてもらえば貰うほど悪化するため、治療を止めて帰宅したのだがその日を境に顔に痛みを感じる事が多くなった。

食事をしている訳でもなく、ただ男に向かって微笑んだだけなのに歯が抜けた。
口の中に指を入れてみると、全ての歯がぐらぐらしている。
そして更なる問題が起きる。

歯の様子を指で触っただけなのに唇も歯ぐきも触れた所から皮膚が切れて出血するのだ。

食べ物を噛むどころか食べ物を入れると口の中が崩壊するように痛い。
水を飲んでも針を飲んでいるのかと思うくらい口の中が痛くてなにも口に入れる事が出来なくなった。

口から食べ物を取ることが出来なくなり脱水症状を起こしたファルマは医療院に連れ込まれた。
そこで診断をされたのは「腐敗病」だった。

病名を聞くなり医療院に連れて来てくれた男は「自分は関係ない」と逃げてしまった。

「経口摂取は無理です。このまま死を待つか…高額になりますが隣国で試験的に導入されている静脈からの栄養や水分補給をしますか?」

「死にたくない…お金は払うから治して」

必死で訴えるファルマだったが、歯が全て抜けていて医師には「ふがふが」としか聞こえない。

腐敗病は女性が発症すると10日生きていた記録はない。
食べ物が一切食べられないので餓死する前に脱水で亡くなるからである。

医師の勧めた静脈からの栄養摂取は1食につき100万は必要になる。

「なんでよ…こんな事の為に金を貯めたんじゃないわ」

億を超える金は男達に貢がせた品を換金したり、貰った現金をそのまま貯めて置いたものだが1日2回にしたとしても10日で2000万、1か月で、6000万。あっという間に無くなってしまう。

それでもまだ死にたくないとファルマは医療院に10日ほど入院をする事になった。


嵩んで行く治療費に入院費がファルマを苦しめた。

「なんなのこの金額。ボッタクリもいいところだわ。金持ってると思って足元見て!!あれはアタシの!!アタシのお金なの!こんな事に使えないわ」

ファルマは貯まっていく金だけを愛していた。

神の御許に行けないと思ったファルマは「地獄の沙汰も金次第」と聞いて死んだあと、審判を受ける時に貯めた金を差し出せば天国に行けると本気で信じていた。

「死んだら金なんか使えないよ」と言った仲間もいたが信じなかった。

「稼げるのは若いうちだけよ」と自嘲気味に笑う仲間とは気が合った。

――金を出す男なら腐るほどいるわ――

1晩1000万とも言われたファルマだったが、仕方なく3回分の栄養を腕から入れてもらった。すると不思議な事に自力で歩けるまでに回復した。

「また来るわ・・・毎回その腕からの栄養を暫くいただくわ」

そう伝えたが、医師には言葉ではやはり通じず、筆談で次回の約束を取り付けたがファルマが医療院の中を歩くと全員が振り返る。

――何見てんの!今度は見るだけでも料金取ってやるんだから――

鏡を見ていないファルマは気が付かなかった。ウィッグを外しているファルマの頭皮に髪は数本。額も頬も皮が爛れたように垂れさがっていて医療院に来る前のファルマの容姿はもうどこにもなかったことに。

御伽噺に出てくる悪い老魔女のようになったファルマはそれまでの稼ぎ場に出向いたが、脂下がった顔でファルマに言い寄って来た男達はファルマを見るなり一目散に逃げていく。

部屋に戻り、そのまま疲れて寝てしまったファルマは翌朝、腹が空いた事で目が覚めた。

「チッ!なんでアタシがアタシのご飯代を出さなきゃいけないのよ。そうだ、あの男なら・・・ふふっ。鼻の下を伸ばして尻尾もアソコもブンブン振りながらやって来るわ。今日1日の食事代くらいなら持ってるだろうし」

思いだしたのはエミリオだった。
エミリオのバッグには200万は入っていた。パットン伯爵家から籍を抜かれたことも知らないファルマはエミリオとよく落ち合った噴水のある公園に向かおうとしたのだが、玄関の扉を開けると真っ白い服を着た男達に腕を掴まれ、幌のついた荷馬車の中に放り込まれた。

「何してんの!出しなさいよ!」ファルマは叫ぶがその声は「フガフガ」としか聞こえず誰も助けてはくれない。白い服を着た男達はファルマの部屋に「消毒粉」を撒き始めた。

その様子を周辺に住む住人は恐ろしいものを見るかのように遠巻きに見る。
医療院の中の隔離棟で従事する男達は近所の住人にもファルマが共同で使っていたと思われる不浄や洗濯場を聞きだし、立入禁止のロープを張るとそこにも消毒粉を撒く。

冬でもない、雪でもないのに辺り一面は真っ白になり、感染が怖いと荷物を纏めて逃げ出す者まで現れた。



★~★

ファルマは前回誰が使ったかも判らない水洗いしただけの入れ歯を口に嵌められた。何のためかと言えば会話をするためだった。だがサイズが合わず喋る度に頬の内側を噛んでしまい、口の中が焼け付くように痛む。

「腐敗病?アタシが?あの医者が言ってたのは本当だったって事!?」
「えぇ…発症は最近でしょうから・・・感染うつされたのは4,5年前って所かな」
「その間に関係を持った男がいれば覚えているだけでいい。名前を言え」

男達に尋問をされてファルマは戸惑った。
腐敗病が恐ろしい病気である事は知っている。それで苦しんで死んでいった娼婦も知っていた。

だが、4、5年も前となると稼ぎ始めた時だったので1日に少ない日で4、5人。多い日で10人近くと遊んでいて心当たりがあると言えば全員だったし、名前なんか覚えてもいない。
なんなら幾ら毟り取ったかももう過去の事で台帳に記載している訳でもなく、覚える必要もなかった。

「知らないわよ!いちいち男の名前なんか覚えてる訳ないでしょう!」
「そうか。なら仕方がない。ここは無料じゃないんだ。と、言っても放っておいても1週間前後でベッドは空くから寝具付きで寝たいか、石の上で転がりたいか選ばせてやる。前者は有料、後者は無料だ」

――ここでも金を取る気!?――

「前者よ。特別室を用意して。金ならパットン伯爵家のエミリオが払ってくれるわ」
「ぷっ!!パットンって」
「何が・・・痛っ‥‥おかしいのよ!」
「いやぁ連絡するのは良いんだけどパットン家は今月中には廃家も決まってる家だ。代金があるといいな」
「なんですって!?」

ファルマは信じられなかった。借金で首が回らなくなって結果的に廃家になった貴族は知っているが、相当に長い間かなりの贅沢をしていたり、違法な事をして違約金やらで逃げられなくなった結果の事。

エミリオのあのバッグの中身からして目の前の男達が嘘を言ってファルマの貯めた金を引き出そうとしているのではと疑心暗鬼になったのである。

「もしかして愚息が王宮でやらかした原因ってお前?こんな女に‥パットン家も気の毒だなぁ」
「どうだっていいわ。早くエミリオを連れてきて!」
「懲りない女はホント…懲りないな。ま、見つかれば連れて来てやるよ。それまでは無料の――」
「出すわ!見つかるまでは金を出すわ。その代わりエミリオにその金も請求して。立て替えるだけなんだから!」

笑いを全く堪えない男達に連れられてファルマは1泊500パナの粗末な寝台のある部屋に通された。

「ちょっと!!医療院に言って腕からの栄養!!頼んでよ!」

叫ぶファルマに「忘れてた」ともう一度部屋の扉が開いた。

「すまないね。入れ歯も備品なんだよ」

入れ歯が入ると締まった口元も無くなればまた皺だらけ。
部屋に鏡がない事はファルマにとって救いだったのか。それとも‥‥。
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