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第19話  重症である事に気が付く

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ザカライアの屋敷での生活はまるで夢のような生活だった。

初日こそ「今ここにあるものを使う」状態だったが、翌朝朝食が終わるとどやどやと商会の御用聞きが訪れて午後には沢山の荷物が運び込まれた。

「どうしよう」

ザカライアは今更ながらにとんでもない事をしてしまったと後悔する。クラリッサも落ち着きを取り戻せば取り戻すほどもう元には戻れない生活になった事を後悔した。

「悔やんでも仕方ないわ。なにか出来る事をしなくっちゃ」

そうは言ってもクラリッサも貧乏ながらでも伯爵令嬢。通いだったが侍女やメイドもいた。特に手に職があるわけでもなく、何か秀でた才能があるわけでもない。
こじんまりとした経営だからパットン伯爵家に嫁いでも家が切り盛り出来るだろう程度の学があっただけ。

する事もないクラリッサは本宅である子爵家に行き、「何かする事ありませんか?」馬鹿正直に問うた。

「そうだなぁ…特にはないんだけど書類整理でも手伝ってくれるかな」
「書類整理ですね!いいですよ。何処からやりましょう」
「隣の部屋が書庫だからそれぞれのファイルに違う年度の物が混じっていないかを確認してくれるかな」
「はい!では直ぐに!」

子爵家当主はザカライアから見れば義兄になるが、ニコニコとして気さくな人。
あの夜会には子爵家なので出席はしていないが、噂が流れる前にザカライアから話は聞いている。

ザカライアが養子に来た時、11歳で「王子様が義弟・・・大丈夫かな?」と思ったものだが、極度の女性恐怖症である以外は可愛い弟だった。

母音しか発する事の出来なかったザカライアに「にいたん」と呼ばれた日は嬉しかった。

ザカライアはクラリッサと1つ屋根の下で暮らす事にはなったが、気持ちが昂ったままだった夜会の時とは違い、日常に戻るとクラリッサに対してどこか一線を引いてしまっていた。

だからこそ、ぎくしゃくとする前に可愛い弟に釘を刺した。

「木登りしたは良いが、降りられないと泣いたお前がなぁ」
「兄上・・・言わないでください」
「いいんじゃないか?モルス家のご令嬢なら悪い話は聞いた事が無い」
「あった事があるのか?」
「直接はないがイライザの妹の友達だから向こうの家に行った時は話だけはよく聞くよ」

子爵の妻はイライザ。その妹はクラリッサの友人でもある。世間とは広いようで狭いモノである。

「女性は苦手だと思うが、咄嗟でも庇ったのは本能で求めたのかも知れないぞ。責任だとかではなくちゃんと向き合う事だ。そんなのは性別関係なく言われて心地よいモノじゃないからな。いいな?」

「うん…そうするよ」


★~★

ザカライアの屋敷で居候になり2週間目。

「あのぅ…ちょっとよろしいでしょうか?」
「(びくっ!) あ、いいよ…どうぞ」

夕食の少し前。クラリッサはザカライアの部屋を訪れた。

子爵から「持ち帰ってもイイよ。同じ敷地だから持ち帰りって言葉も変だけど。あはは」とファイルの持ち出しは許可を貰ったのだが、書類を纏める上で判らない事があった。

その書類はザカライアが作成したもの。サインもあったので本人に聞くのが早いと訪れたのだ。

「3年前の報告書なんですけど…足しても100%にならないので、どうしてかな?と」
「3年前?あぁここはね」

近寄って来ると質素とは言えロングスカート。「女性だ」と思うと気持ちが冷える。意識をしてしまうと「近づくな」と言いそうになってしまう。
ザカライアはシャットアウトするようにクラリッサが広げて指をさす項目にだけ目を走らせた。

「あぁここは・・・種って全部が発芽する訳じゃないんだ。子爵家は野菜の種苗を出荷しているんだが小さなポットに植え替える前に種は畝で発芽させるんだ。でも間隔を置いて植えないと違う種類の種が混じっている時もあってね。葉の形が違うと取り除いたりもするし…間隔を開けているからこそ発芽しなかった数も把握できるんだ」

「では、93%の残り7%が発芽しない、違う種の種だった・・・でも最後はトータルすると96%なので数字が合わないんです」

「発芽はしたけど、その先に至らない。そう言う場合もあるんだ。違う種であっても胡瓜とウリとか‥そういう違いで発芽後に分けて出荷する事もあるよ」

「なるほど。だから出荷量は仕入れた種の96%なんですね」

「そうだ。判ったかな」

「えぇ。ですが…」

クラリッサがファイルを手に少し距離を取った事でホッとしたザカライアだったが、クラリッサは「ですが」とファイルのページを捲り始めた。

「何かあるのかな?」
「その4%なんですけど…その後がないですよね」
「その後?!」
「えぇ。どうして発芽しないのか。その種に原因があるのか。種の出荷元に問えばお互いWINWINですよね」


バサバサと立ったままでページを捲るクラリッサ。
その問い合わせはしたはずと言えばいいのにザカライアは何故か言葉が出なかった。ザカライアはいつの間にか隣に立ってファイルを覗き込んでいた。

「殿下・・・」
「何だ?」
「近いです。ページを捲るのに邪魔です」
「え‥‥」

邪魔と言われた事にも驚いたが、自分がそんな距離までクラリッサに近づいていた事も驚きだった。

「あ!あった!こんなところに!もう・・・探さないといけないなんて。目次とかあると便利ですよね」
「う、うん…そうだな」
「こういう時はここに表がありますよ~っとか補足がありますよ~って一言書くと便利かも!」
「そ、そうだな…」
「と、言いながらもかなり見やすいです。殿下はこんな煩雑になりそうな書類なのに纏めるのお上手ですよね。ほら!ここなんか文章とグラフが並んでいるので、なるほど!ってわかりやすかったです」
「ありがと・・・嬉しいナ・・・(はぁはぁ・・・胸が苦しい)」


ザカライアは「こんなところに!」とファイルを指差して見つけた事を嬉しそうに伝えてくるクラリッサに胸が「トクン♡」と高鳴った。

その後もファイルを手に楽しそうに話しかけるクラリッサの声に合わせて動悸が激しくなる。

「‥‥します?」
「(ドキドキドキドキ)」
「‥‥します?」
「(ドキドキドキドキ)」
「殿下っ!」
「(ハッ!)・・・どうした?」
「だから、執事さんがお茶どうですか?って休憩します?」
「そうだな…ちょっと休もうか」
「では、ソファテーブルの上、片付けますね」

微笑を返したクラリッサはくるりと背を向けてテーブルの上に散乱していた書類をひとまとめにし始める。

「これ何処に置きます?」

ハイっと差し出された書類を持ったクラリッサから受け取る時、手が触れてしまった。

「わっ!!」

瞬時に手を引いてクラリッサの持っていた書類が床に散らばった。

「もぉ~お茶なのに埃が舞っちゃうじゃないですか!」

――だめだ。重症だ――

プクっと頬を膨らませて怒ったふりをするクラリッサを抱きしめたい衝動に駆られる。
ザカライアは脳内でシロツメクサの種の数を数え煩悩を誤魔化した。
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