上 下
14 / 24

第14話  目標まであと何ミリ

しおりを挟む
クラリッサが案内をされたのは王宮の中でも国賓などを招く貴賓室。

「こちらです」と先導する従者について歩くだけだが違いが判る。足元が浮くのだ。ふわふわと自身の体重すら忘れてしまうような浮遊感を感じる毛足の長い絨毯。天井は格子状になっているがその格子が額縁に見える宗教画が描かれているし、壁は木目調なのに年輪の模様が湖の湖岸を描くように連なっている。

すんすんと鼻をヒクつかせれば「とってもいい香り」がする。

あれは何歳の頃だったのか。つまらないアドバイスをくれた父方の祖父母ではなく母方の祖父母が住まう領地に行った際に湯が沸き出る岩場があり、ヒノキという板材で作った湯船のある湯殿で嗅いだ木の香りに似ている気がする。

「こちらで少々お待ちください。お飲み物は・・・紅茶で宜しいでしょうか?」
「飲み物?!そんなサービスもあるんですか?!」
「なんでしたら甘い菓子もご用意致しますよ」

――ごくり・・・お菓子もOKだなんて・・・明日死ぬのかしら――

そんな事を思いながらもクラリッサの脳内は大忙し。

伯爵位以上は家族で半強制参加(但し留学中や騎士で護衛任務中、急患当番の医師などは除く)の夜会。いつも思っていたのだ。給仕がトレイに載せて配られるのは未成年は飲めないアルコールばかり。

しかし会場の一画には「誰も手を付けない」区画がある。そこには見るだけで涎が出そうな料理やデザートがずらりと並べられている。そこにだけは喉の奥から幸福を感じられそうな各種の果実水があった。

11歳の時だった。あの質屋を生業としているメアリーが「ライチ水」を飲んだのだ。

『我が生涯に一片の悔い無し!!と言いたいところだけど願わくば・・・もう一杯!』
『そんなに美味しかったの?!』
『そうね。例えるなら・・・砂漠の乾きも一瞬で潤う感じ?』
『例えが判らないわよ!』
『私だって判らないわよ。それくらい美味しいってこと!』

――って、ことはライチ水ね――

「あのぅ…ライチ水をお願いできますか?」

言ってしまった!もう後戻りはできないが、どうせならケーキも!!
欲が出てしまうのは仕方がない。

一度でいいので幾重にもトレーが塔のようになった容器に飾られているプチケーキを全種類制覇したかった。

――頼んじゃって良いのかしら――


「ライチ水?えぇ構いませんよ。ケーキもお持ち致しますね」

――わぁお!言わずとも心を読んでくれる!流石は王宮の従者だわ――

従者が出て行ったあと、部屋をグルリと眺めてみるが高級品の宝庫だった。
待つこと3分。小さくノックの音がしてワゴンをついた女性が入ってくる。ワゴンの上には・・・。

――妄想中なのかしら…あの塔みたいな入れ物が見えるんだけど?――

カチャカチャと心地よい音をさせて女性がテーブルの上に菓子と茶器を並べていく。
「あれ?ライチ水って言ったのに」と思ったが、「ご自由にどうぞ」と香りだけで最高級品と解る茶葉の香りが漂ってくる。

そして念願のライチ水が、コースターの上にちょこんと置かれた。

――わぁ!氷!氷だわ。氷も食べていいのかしら――

友人のレーナが公爵家の茶会にお呼ばれした時に、氷入りのレモン水を飲んだそうだがつい氷も口に入れてしまい、『口の中に氷河期が訪れたわ』と言っていた。

『氷河期を知っているの?!』
『えぇ。本で読んだわ』

氷河期を実際に体験した事が無かったレーナだが話を聞いた全員が目を閉じ、同じく経験したことのない氷河期を思い浮かべたのは言うまでもない。

冬の間に氷室に保管する氷は貴重品。口にできる人間は数えるほどしかいない。

「どうぞ。もう少しお待ちくださいませ」

――永遠に待ちます!――

女性が出て行ったあとは先ず塔になった菓子の殿堂を目で楽しむ。

「まるで夢のようだわ。これ・・・全部食べていいのよね??」

頂部は十字になっていて触れるとクルクルと回る。1種類につき1口サイズのプチケーキが17種類もあるではないか。

「どうして私!バスケットを持ってこなかったの!!悔やまれる!!」

国王生誕祭だ。ドレスや宝飾品で着飾っているのに日常を思わせるバスケットを持参するはずがない。頭では解っていてもクラリッサは足をバタバタ、上半身も腋を締めて左右に体を捩じり、喜びを爆発させた。

そぉ~っと手を伸ばし、プチケーキまであと2cmだった。

ガチャリ。

――うそやぁん!!もう少し待てって言ったじゃなーい!!――

すんでの所で届かなかった指。クラリッサはで手を引っ込めた。

しかし、部屋に入って来たのは遅れて到着した両親。

「クラリッサ。いったいお前、何をしたんだ」
「そうよ。到着するなり案内の人がいるなんて初めてよ」
「私が知る訳ないでしょう。なんだかもう・・・お父様とお母様だなんて・・・」

両親もこんな豪華も豪華、豪華すぎるを具現化した部屋に入った事など無い。きょろきょろとしながらクラリッサの隣に腰を下ろした。ただし夫人だけはドレスが邪魔をするので専用椅子が用意される。

細かい気配り。流石は王城である。

――よし、じゃ、食べるわよ――

両親なら気兼ねは不要。なんせ「どうぞ」と言われたのだ。飲み物だってリクエストしたライチ水。私が食べずして誰が食べるというの!!クラリッサは「ムフフ♡」再度手を伸ばした。

先ほどよりは速度のついた手。プチケーキまであと5mmだった。

ガチャリ!!

――殺す!!――

部屋に滑るように入って来たのは、それはそれは見事な東洋の最上級謝罪、土下座を繰り広げたザカライアだった。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。

しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。 幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。 その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。 実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。 やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。 妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。 絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。 なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

酷い扱いを受けていたと気付いたので黙って家を出たら、家族が大変なことになったみたいです

柚木ゆず
恋愛
 ――わたしは、家族に尽くすために生まれてきた存在――。  子爵家の次女ベネディクトは幼い頃から家族にそう思い込まされていて、父と母と姉の幸せのために身を削る日々を送っていました。  ですがひょんなことからベネディクトは『思い込まれている』と気付き、こんな場所に居てはいけないとコッソリお屋敷を去りました。  それによって、ベネディクトは幸せな人生を歩み始めることになり――反対に3人は、不幸に満ちた人生を歩み始めることとなるのでした。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

処理中です...