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第07話  娘の覚悟

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フンフン!!鼻息も荒くクラリッサは屋敷に戻ると「お帰りなさいませ」と声を掛ける使用人の髪を棚引かせる風を巻き起こし、廊下を全力疾走。

父親がいるであろう執務室の扉を勢いよく開けた。

バンっ!!「お父様っ!!」

「な。なんだい・・・いきなり」
「そうよ。部屋に入る時はノックをしなきゃ」

ソファで膝の上に母を抱き、昼間からイチャコラとしていた両親の前にクラリッサはズンズンと近寄るとウサギが後ろ足でスタッピングするようにダンダン!!と足を踏み鳴らす。

「婚約を破棄してくださいませっ!」
「い、いったいなんだ?!」
「どうでもいいの。エミリオとの婚約を破棄してくださいませっ!」
「また見た目をどうの、贈り物がどうのと言われたのか?」
「保険だと言われたんですっ!」

<< 保険?! >>

突然のことに両親は意味が解らず顔を見合わせたが、クラリッサはカフェで入店の順番待ちをしていた時のエミリオの言葉を両親に言って聞かせた。

「本当だとすれば・・・これは問題だな」
「だとすれば?だとすればですって?なんで私が自分の事をそこまで下げねばならないんです!」


両親にしてみれば「またか」と思うクラリッサの言葉。年頃なので何かと婚約者に寄ってくる令嬢などが過剰に気にかかるだけだと思っていたが、この剣幕。どうしたものかと考えあぐねていると執事が来客を告げた。

「お客様だ。この話はまたあとで話そう」
「あと?今まで散々に言って来たし!もう待てない!待たないわ!」
「だが、リサ。お客様なんだ。待たせる訳には行かない」
「客は待たせないのに娘のことは信じられないし、まだ待たせる気ね!いいわ。判った。お父様がお客様の相手をしている間に私は修道院に行くわ。お世話になりましたー!!二度と会わないから先に言っとくわ。くたばっちまえ!!」
「リサッ!なんて言葉を!!」


もう同じ事の繰り返しはごめんだとクラリッサは本気で修道院に行く覚悟をして両親に言い放つと執務室を出た。扉の向こうには執事と来客がいた。

「あら?貴女・・・さっきの女の子じゃなくって?」

男性の隣には女性もいたが、クラリッサには見覚えがない。
しかし、男性が手土産に持ってきた箱にあるロゴには見覚えがあった。あのカフェのロゴである。

開いた扉からクラリッサと来客が見えたモルス伯爵は駆け寄ってきた。

「娘がとんだ無礼を。どうぞお入りください」

モルス伯爵は客を迎え入れようとしたが、男性が「差し出がましい様ですか」と前置きして話し出した。

「保険という声が聞こえてしまったので。もしかすると先程この手土産を購入する際の事ではと」
「手土産・・・あぁこれは気を使わせてしまいまして」
「それは良いんです。ですが、その件でしたら我々が証人になりますよ。お嬢さんは青年に ”お前は保険だ” だの ”別の女性は幸せにする覚悟がある” だの ”ダメだったら次を探すのが面倒だから岩石で我慢する” だの言われておりましたから」
「えぇ。偶々居合わせましたが…彼はとても失礼な人間でしたわよ?道行く女性に点数をつけたり‥。少なくとも彼女に掛けた言葉はあんな人の多い場で口にするべき言葉では御座いません。人がいなくても品位を問う、いえ人間性を疑う言葉でしたわ」

客としてやってきた男女は兄妹だが、兄の方が長兄の友人で妹は誰もが驚くのだが木材の植樹や剪定、運搬を担う商会を経営している。

隣国で農業を学ぶ長兄からモルス伯爵領は広葉樹が多く、間伐した木材で何か出来ないかと相談を受け「シイタケ栽培」を試験的に行っているのだが、その報告書を持ってきたのだ。

行く途中で手ぶらでは申し訳ない、奥さんと娘さんがいるのなら流行りのプリンが喜ばれるのでは?とあの場に居合わせた。

「そうでしたか…判りました。ありがとうございます。クラリッサ。この事はちゃんと話し合おう。父さんは色々と間違っていたようだ。少しの間、待っていてくれるかい?」

「私達は出直してきてもいいですよ。おそらく人生に関わる事をお話するのでしょうから少しでも早い方が良い」

気を利かせてくれた男女だが、クラリッサは「大丈夫です。部屋にいます」と言い、頭を深く下げた。


★~★

「クラリッサ。申し訳なかった」
「ごめんなさい。もっと話を聞いていれば…」
「謝るのは今じゃなくていいです。で?婚約は破棄してくれますよね!」
「それなんだが…」

モルス伯爵は婚約は相手の有責にするように話をして慰謝料も貰うようにするが、先ずは「婚約解消」で話を見てみるつもりだと言った。

婚約の破棄と解消、白紙はどれも婚約関係が無くなる点では同じだが違う部分がある。

白紙はなかった事になるので一番いいのだが、10年も婚約をしていると既に婚約関係である事は他家にも知られているので力のある家なら周囲にごり押しも出来るが、風が吹けばなんとかしがみ付けば飛ばされない程度のモルス家には無理。

破棄となると他家からその成り行きは好奇の目で見られてしまう。慰謝料ありきの話になるので今回の場合、痛み分けはなくエミリオの有責であるのは間違いない。そうなるとクラリッサが多額の慰謝料を貰ったのだと周囲に通知するようなモノ。

この国では婚約破棄となるとその慰謝料も原則公開になるので教会くじの高額当選者のように初見の親戚や友人が群がってくる。

額が少なければサレ側の娘や子息はこの価格と思われてしまうし高額になると金目当てのクズどもが群がってくる。相手にダメージを与えるには一番だが、こちらにも副産物が否応なしに飛んでくる。

水面下で婚約破棄をちらつかせて婚約解消に持っていくのが一番得策なのだ。
婚約者が過去にいたという事実は白紙なら届け出も破棄されるが人の記憶からは消せない。
解消はどうせ人の記憶から消せないのなら書類が残っても同じ。

「メリットもあるんだ。解消になれば二度とパットン家と婚約を結ぶ事はないよ」
「どっちでもいいわ。兎に角!1秒でも早くあんな男の婚約者を辞めたいの!」
「判った。手続きには1、2か月かかるが父さんの責任に於いて婚約を解消する事を約束しよう」
「だから、修道院なんてもう言わないで頂戴。お願いよ」
「今まで散々言って来たのに判ってくれなかったでしょ!2か月経っても婚約が解消出来ないなら本当に行くわ。あんな男と結婚するくらいなら生涯を神様に捧げた方がずっとマシ!」

待っている間に小さなトランクに必要最小限を詰めこんだクラリッサはトランクをばん!!と叩いた。


クラリッサの本気を知った両親はやっと婚約解消に向けて動き出してくれたのだった。
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