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第05話  お前は保険

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夜会の日は近づいてくるのにエミリオからの誘いがない。
クラリッサの家もエミリオの家もそこまで裕福ではないので、夜会の為のを贈り合う事はないが、エスコートをしてくれるのかどうか。

その際は迎えに来てくれるのか現地集合なのか。そこはハッキリさせておかないと行き違いになっても困る。

エミリオの家に問い合わせはしたが「護衛勤務かも知れないのでエミリオに聞いてみてくれ」と返事が返って来た。

「もう。家族にくらいシフト伝えときなさいよね」
「そう言ってやるな。騎士は何かと忙しいんだよ」
「でもね、欠席どころか遅刻も出来ない夜会なのよ?」

エミリオが勤務などでエスコート出来ないのなら次兄に頼むか親族の男性に頼まねばならない。父親は母親をエスコートするし、デヴュタント前ならもう一度父親が出口に出て娘と入場しても笑われる事はないが、婚約者がいるのに1人で入場など基本的にはあり得ない。


クラリッサは予定を聞こうとエミリオを呼び出した。

「休日は忙しいんだけどな。何の用?」

明らかに面倒臭いけれど、仕方なく来てやったと言わんばかりのエミリオだがクラリッサは「来ると思った」と心で呟いた。

誘ったのは先週オープンしたばかりのカフェ。
王都の女の子達がこの国で初めての生菓子「プリン」目当てにこぞって列を成す店。

持ち帰りも出来るが、中で飲食も出来る。
エミリオは男性には珍しく甘いものが好物なので来ると思ったのだ。

お洒落なカフェで話題のプリンでも食べながら話をしようとしたが生憎満席。
店の外にあるベンチで席に案内される順番待ちになった時だった。

目の前を可愛く、時に華やかに着飾った同じくらいの年齢の女の子が通っていく度にエミリオは溜息を吐く。何人目かの女の子が前を通って行ったあとエミリオが言った。


「なんかさ、クラリッサってババ臭いよな」
「なんて?なんて言った?」
「一緒にいるとなんだか・・・こっちまで茶色になるっていうか…色が無くなる気がする」

――は?髪色はオレンジだし、今日のワンピースも明るい青よ?――

「さっき通って行った子。65点だな。でも‥‥」
「でも何よ」

じろじろと隣に座るクラリッサを値踏みするかのように視線を上下に這わせたエミリオは「くっ!」小さく笑った。


「比べるのも気の毒だけどさ。やっぱ違うなと思ってさ。いやぁファルマはそこにいるだけで華があるんだ。あたり一帯の空気も和むし癒されるんだけど‥‥その点お前って…」
「私といると空気が淀むし、不快になるってこと?」
「判ってんじゃん。判ってるなら直せよ。そりゃさ、ファルマほどにはなれなくても足元までもうすぐ!ってくらいにはなれるんじゃないか?相当な努力次第で」

――足元までもうすぐデスッテ?!――

エミリオは悦に入ったのか饒舌になった。

「ファルマはさ、服の上からでも柔らかいだろうなって思える体つきなんだよ。こう…空の雲ってこんな感じかなってさ。そこにクラリッサ、お前を見てるとさ。この先、その岩石みたいな胸で我慢して人生終えるのかなって思ったら…俺の人生って意味ある?って考えちまうんだよ」

思わずクラリッサは自身の胸に手を当てた。
そりゃ大きい方ではないが、幼少期よりは膨らみも出た。専用の下着にまで気を使っている。「見せたろか!」とまでは思わないが、エミリオが空想の中で思い描くファルマにはきっと及ばないのだろうと思うと悔しくなった。

「それにさ。肌も健康的な艶やかさってぇの?ないじゃん?ファルマはさ、プルン!って感じなんだよ。お前はさ…家の中で本ばっか読んでるからカッサカサ。本に水分取られてんじゃねぇの?触ったらこっちが手荒れしちまうよ」

確かに一般的な令嬢と呼ばれる令嬢達よりは本を読んでいるかも知れない。
昨夜は「明日はエミリオに会う日だから」と早めに就寝はしたが、新刊が出ると面白くて読み耽り気が付いたら朝だった事が何度もある。

だとしても、「そこまで言わなくていいでしょう?」と思ってしまう。

「じゃ、もう婚約はやめる?」
「まさか。今婚約やめたら困るかも知れないじゃん」
「どう言う意味よ」
「お前は保険なの。ファルマと上手く行ったら婚約解消してやるよ」
「保険‥‥」
「そ、俺はファルマを幸せにする自信はあるけどさ。公爵家とか…噂では第1王子殿下の側近もファルマに声かけてるって言うし、流石にそのレベルは太刀打ちできないだろ?ファルマがそいつらを選んで幸せになるなら男として身を引く覚悟さ。その時は岩石でも揉んで我慢しなきゃならないけど相手がいないよりはマシだろ?お前だってこの年になって相手探しするの大変だし保険はお互い様だな。ははっ」

隣のベンチでは身なりがきっちりとした男性と「兄さま?」と小さく声を出して男性の上着の裾を掴む女性が気の毒そうな顔でクラリッサに今にも声をかけそうだ。

――もう!なんで見ず知らずの人に気の毒がられないといけないのよ!――

ガンっ!!クラリッサとエミリオの腰掛けるベンチが少しだけ斜め後ろに動いた。
クラリッサはもう我慢も限界だった。

「なんだよ…突然。そういう所だぞ。物にあたるなんて最低だな。この暴力女!!」
「暴力って!そっちこそ毎回毎回・・・もういいわ。帰る」
「どーぞ。どーぞ。帰り道は知ってるよな?」
「知ってるわよ!送ってくれなんて言わないわ」

ベンチの足に思いっきり当てた踵がジンジンとするが、それよりも痛いのは心だった。
変わってしまったエミリオ。それでもこうなる前まではなんだかんだで好きだったのだ。

好きな人から他の女性と比べられて、蔑まれて、疎まれて。
ここ1年で会うたびにすり減って来た恋心はもう擦り切れすぎてしまって擦る所も今日で無くなった。

エスコートの事などもう何処かに吹き飛んでしまった。

――婚約なんか白紙!白紙よ――

帰宅したら父親を捕まえて、今日こそは「うん」と言わせてやる!!
クラリッサは決意を固め帰路についたのだった。
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