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第25話   子ウサギを木箱に

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一方、害獣捕獲の罠を仕掛けるために駆除隊を追いかけたケルマデック。


狭い領地なので先に道具を持って出発した領民には軽快な走りであっという間に追いついた。

「すまない!遅れてしまった」
「今日は来なくて良かったのに」
「そうだよ。1週間は嫁さんと2人きりで過ごさなきゃ」
「違うんだ!彼女はまだ婚約者で結婚はもうちょっと先なんだ」
「デックさん、今の時代はデキ婚も授かり婚つって喜ばれるんだぜ」
「夜這いの時代じゃないんだからさ」
「あ~デックさんも魔法使いにはなれなかったか~。あと5年だったのにな」

揶揄われているけれど、領民はみんなマリアナとの縁を喜んでくれている。だから仕掛ける罠も今回は生け捕りにする罠ばかりを荷台に積みこんでいてせっせと人力で運んでいる。

そう、トラフ領はとても貧しいので馬を飼っている家はない。
年老いた乳牛を安く買ってきて、ミルクを搾ったり、野生のヤギを捕まえて来て牛で足らない分を補う。ヤギの乳で作ったチーズは数少ない特産品として隣の領で売っている。

何故今回は生け捕りにするのかと言えば、祝い事がある時は殺生を出来るだけしないのが昔からの言い伝えだからである。

害獣を駆除するのも食べるためでもなく、領内の農作物を守る意味合いもあるが一番は狭い領なので近隣の領に迷惑を掛けないように頭数を調整している。

順調に罠を仕掛けていくと、ケルマディックは茂みに隠れている動物を見つけた。

「あ、野ウサギじゃないですか」
「捕まえられるかな」
「いけるんじゃないですか?ヒトの気配を感じているのに隠れてるだけって親ウサギに逃げ方を習わなかったのかな」

そっとケルマデックが近寄ってみるが野ウサギは逃げなかった。
首元を抓みあげると後ろ足を怪我しているのが見える。


「こいつ、怪我してるな。だから逃げなかったのか」

そっと地面に下ろしても動くとコテンと倒れてしまう。ケルマデックは上着を脱ぐと仕掛ける罠を取り出して空になった木箱に上着を敷き詰めた。

今度は首元を抓むのではなく手で包むように野ウサギを抱くと木箱にそっと入れた。
野ウサギが食べそうな野草を千切って木箱に放り込む。


「どうするんです?怪我したウサギなんか」
「まぁ…連れて帰ったら喜ぶかなと思ってさ」
「怪我してるのに?!世話が大変ですよ」
「でもまぁ…子ウサギだからもしかすると懐くかも知れないし」
「そんな事言って。嫁さんがウサタン、ウサタンになると寂しいですよ?」


そんな物かな?と思いつつ、ダニや寄生虫もいるかも知れないのでケルマデックは罠を仕掛けつつも、食べさせて体内にいる寄生虫を排出しやすい野草や、煮汁を毛に塗ってブラッシングするとダニやノミが寄り付かなくなる野草も千切ってはポケットに詰め込んでいく。

脳内では…

『わぁ!かわいい~。ねぇケリー、なんて名前を付けようかしら』
『マリアナの好きな名前にするといいよ』
『どうしよう。好きなのはケリーなんだけど(ぽっ)』
『何を言ってるんだ。俺の方がマリアナの事を好きなのに』
『またそんなことを!何も出ませんからねっ』
『出なくてもいいよ。奪うから(ちゅっちゅっちゅっ‥‥)』

ポワワ~ンと恋愛初心者にありがちなあり得ないシチュエーションを妄想し、顔が脂下がる。ケルマデックの脳内では既にマリアナはケルマデックを愛称呼びしている。

たった1日、いや一瞬で人は恋に落ち、恋に溺れ、恋に身を焦がす。

「デックさん!ポヤポヤしてっと怪我すんぜ!」

領民の声とガチャン!!と金属音がするのは同時だった。
生け捕り用の罠に餌を仕掛けるために潜っていて、ケルマデックが捕獲されてしまった。

――ははっ。もうマリアナに身も心も捕縛されてるってのに――

クマ用の捕獲機に捕獲されたケルマデックだが、生け捕り用の面倒な所は捕獲した動物を出す時は広い入り口と狭い出口が違うので、ケルマデックはズリズリと這いながら出なければならない。

またもや泥だらけになったケルマデックは帰り道もマリアナの為に花を摘み、木箱に放り込んでいく。それが大失敗…いや大成功だった。


屋敷に戻って来た駆除隊。
マリアナも「お疲れ様です」と領民1人1人を出迎える。

トラフ領の領民はケルマデックの方針である程度の学習をする事が義務付けられているので、識字率も95%を超える。ちょっとした言葉使いで隣の領に言って品物を売る時も気分よく買い取ってもらえるし、騙されずに済むからなのだが、領民は「奥様っ」と涙ぐんだ。

「まだ奥様ではありませんよ?」
「いやいや。もう俺らには奥様でいいです」

わざわざ出迎える事もだが、目上の者が声を掛ける時は「ご苦労様」というもの。

なのに同じ立ち位置での「お疲れ様」にジーンとしてしまった。
たったそれだけの事でも、貴族と平民と区分けされていることから人を人として扱わない者も多い。ましてマリアナは貴族の中でも公爵家の次に高い位置にいる侯爵家のご令嬢。

領民たちはマリアナに忠誠を誓っても良いとすら思ってしまった。


「あら?この木箱は…」
「これは君にどうかなと思って」
「え…でも…これは棺でしょう?」
「ひっ棺?!」

底から上着、次にウサギ、その上に花を放り込んでしまったケルマデック。
弱っている子ウサギはピクリともしない。棺と思ってしまうのも仕方がない事だ。

「違う。違う。このウサギは生きてるよ。怪我をしてる子ウサギだけど治療すれば飼えるかなと思って。ほら、日中はする事もないだろう?暇つぶしになるかなと思ったんだ」

「まぁ!私に?!」

――もぉ!怪我したウサギを治療だなんて!やさしさの塊じゃない!――

仮に死んでしまっていてもこんなに花で葬る事が出来るだけでもケルマデックがどんなに優しいのかとマリアナは堪らなくなった。

「ありがとう!しっかり治療しますわ」

そして思いついたのだ。

「ではあのガゼボを造っている所にウサギ用の畑を作っても宜しくて?」
「畑?いいけれど‥ガゼボは――」
「ガゼボより畑です。パセリやブロッコリーを植えるんですわ」


――なんて優しいんだ!ウサギ用の食料を育てるなんて!!――

ケルマデックもマリアナの優しさに胸をズギューンドキューンと撃ち抜かれる。

その夜、ケルマデックが寝室に来たのは真夜中。
何をしていたかと言えばガゼボ建設予定地に畝を作っていた。

「明日、俺が出掛けたらこれをマリアナさんに渡してくれ」

プエールに預けた幾つかの袋はウサギが好む野菜の種だった。

プエールは思った。

「先ずはポットで苗まで育てて植え替えないと鳥に種を食われます」
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