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第13話   隠れる場所はお尻

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扉が開くとそこは異世界。いやTHEトラフ領という香りが馬車の庫内を吹き抜けた。

真上と真下ならまだしもカムチャは真ん前と真後ろから極端に違う温度差に交換神経が副交感神経が複雑に交差してしまい中間で感じる生暖かい微妙な空気に眠気に襲われる。

しかし微妙とは言え中和されたのが中間の温度だけで前後が大きく違う。

目の前にあるのはあるじケルマデック。
そこからは鼻水が鼻腔内で瞬間冷凍される絶対零度いや液体窒素並みの冷気を感じる。

かたや真後ろでは結構色白だな、やっぱり貴族令嬢って美白に興味あるんだなと思っていたマリアナがコポコポと温かい温度を超えて沸騰してるぜ!とシューシュ―!湯気とピー音を立てるヤカンの如く茹蛸のように真っ赤になっていた。
なので、突き出す形になったお尻がジリジリとコンガリローストされる気分。

絶体絶命の状況に冷や汗も凍り付くのに蒸発してしまう。



ケルマデックはいつものように領民と共に農作業をしていた。
一報が入ったのは15分ほど前。

「デックさん。怪しい通販で大人買いしたの?」

大人買い?!するはずがない。注文書を作成する時は数量には十分に注意をしている。

1個当たりなんと78.21ポル!おっと易いな!とよくよく見れば1個売りはしていなくて100個で1セットだったりする文字が虫メガネを通すことで発見できる。

「危ない、危ない…頼む所だった」

20個でいいんだと数量20にしてしまったら2000個届くという発注ミスがないように日頃から注意を怠る事はないし、そもそもで物を買う時は何かあるもので代用できないかを考えるので買い物そのものをしないのだ。

なのに領界から通じる峠道に物凄い長さの荷馬車がこちらにやって来ると領民は言う。

トラフ領を通過して隣の領に行くのなら僅かでも収益になる関所を通るために峠を降りたところで左折するはずが直進してくるではないか。

思い当たるのは、領地を横切るのに急げば1時間程で通れるので商人がズルをしている事。その次はカムチャである。

カムチャは王都に初めてのお使いで出向いた時に小遣いで教会くじを買った事がある。
1枚300ポル。そのたった1枚が3000ポルになったと喜んでいた。
1等は3億ポル。まさかまさかの大当たりを引き当て、買い物をしまくったのではないか?と考えた。

貧乏は悲しいかな。欲しいなと思っても我慢に我慢を積み重ねばならない。
ちょっと纏まった金が入ると豪遊してしまったりして、あっという間に使ってしまうのだ。

隊列の先頭を闊歩する4人の兵士に声をかけて問うたところ、「あの荷物はトラフ様にお納めいただくもの」だという。

――カムチャ!まさか自腹を切ったのか?――

最後部が見えないくらいの荷馬車に、教会くじの1等前後賞が当たり、領民の為に自腹を切ったのか?なんてことを!そういうのは自分の為に使えばいいのに!

――直ぐに返品させなければ!――

そう思い、馬車の扉を開けてみればはっきりと顔は見えないがカムチャの後ろに女性の気配がする。

ゴゴゴ‥‥ケルマデックはカムチャに対し怒りが沸いて来た。

カムチャには領民でララというララの両親にも認めてもらった仲の女性がいるというのに、ちょっと金が手に入ったからと王都で女性を引っかけてきた。この荷物は輿入れ道具だったのか!!

――カムチャともども叩き出してやる!――

カムチャの背に隠れるように動く女性。

ムムムッ!!

ブリザード級の怒りで足元の土が舞い上がり、ケルマデックの怒気で空気と土が凍り始めた。




かたやカムチャの真後ろにいるマリアナ。

ガチャリと開いた扉。中間にカムチャがいるが直ぐにその人があの絵姿の男性ケルマデックだと気が付いた。

――わっ!可愛い!!――

絵姿では動物の愛らしい耳のように見えたのは「くせっ毛」だった。
ピコン&クルンなくせ毛がフワフワと動いているのをみて一番に思ったのは…。

――触ってみたい‥柔らかいのかしら――だった。


ケルマデックは生まれてこの方「カッコいい」「男前よ」と言ってくれた女性は3人しかいない。その3人をカウントするかどうかは王都で年に一度開催されるバレンティンディで貰えるチョコに「母・祖母・姉妹」をカウントするのがOKなら人数に入る。

ケルマデックの事を「カッコいい」「男前よ」と言ったのは今は亡き母と、幼少期に天に召された2人の祖母のみ。領地にやって来た頃に5歳離れた弟にカブトムシを採った時に「兄ちゃん。カッコいい!」と言われたのを含めれば人生で4人。

血縁者や親族を除外すればゼロ。


だが、時に人は一目惚れという恋に一瞬で落ちる。
マリアナがまさにその人だった。

――どうしよう。私…顔が真っ赤だわ――

マリアナは頬を手で覆った。手のひらに伝わってくる自身の体温は自己最高記録。
人は体温が42度を超えるとたんぱく質が壊れるというが、頬の温度は沸点を超えているに違いない。

――こんな顔を見られる訳には行かない!――


咄嗟にマリアナが取った行動はカムチャの尻で顔を隠す事だった。
カムチャが右に動けば右に。左に動けば左に。

僅かな時差が2人チューチュートレイン状態を醸し出していたのだった。
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