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第10話 もしかすると運命の人
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マリアナは1冊の釣り書きを手に父親の執務室に向かった。
あれこれ悩んでも仕方がない。
噂は別にしても婚約破棄で傷物になった令嬢のその後など幾つも選択肢があるわけではない。
数多く持ち込まれる釣り書きから適当に選んでみたが、書いてある内容はそんなに悪い訳ではない。
トラフ伯爵家当主ケルマデック。
25歳で初婚となる。
過去に婚約者はいない。
何よりマリアナが「おぉ?!」と思ったのは領地の位置。
王都に屋敷は無く領地から王宮に報告のために定期的に来ているようだが、徒歩で1カ月。馬車でも1か月。早馬なら10日。
遠いと言えば遠いが近いと言えば近い。トレンチ侯爵家の領は近い領だと日帰りも可能だが、遠い領は行くだけで4カ月かかり、雨に降られれば下手すれば片道半年。
途中に砂漠はないけれど、まるで何処かにある理想郷である
物理的に距離があれば嫌な噂も聞こえてくることはないだろう。
相手だって申し込んできているのだから無碍な扱いもしないはず。
そう思って父の執務室の扉をノックした。
「お父様、マリアナです。少しだけお時間を頂きたいのです」
「マリアナ?あぁ‥入りなさい。どうしたんだい」
手にしていた釣り書きを父に手渡しマリアナは「この方に嫁ぎたいと思います」と告げた。
手渡された釣り書きを落としそうになったが、なんとか耐えてトレンチ侯爵は表紙を開いた。
――ネっネコミミ?ふざけてるのか?――
しかし、よく見れば「寝ぐせ?くせ毛?」に見えなくもない。
そこまで忠実に描く画家がいるかどうかだが、太陽光を乱反射する頭部を隠しているよりずっといい。
トラフ伯爵家はトレンチ侯爵も家名は聞いた事がある程度で大きな功績を挙げている家ではない。一番目を引いたのは「借金がない」という長所だった。
――どこも貸してくれないとも言えるが、それでも切り盛りをしているのか――
「どうして彼が良いと思ったんだ?他にも釣り書きは沢山あっただろう?」
「何処がと言われてもお会いした事はないので。ですが過去に婚約もされていないようですし、身綺麗なのに傷物のわたくしに結婚を申し込んでくださるのですから優しい方なのかも?と思いました」
本音は領地が王都から離れている事だが、それを理由すると間違いなく即却下になってしまう。
「ダメでしょうか」
「いや、結婚をするのはマリアナだからな。あの婚約は失敗だったし今度はマリアナが決めれば良いと考えてもいたんだよ。いや、どうかと問われて知る限りでダメな男は反対をするが…」
「では、トラフ様でよろしいの?」
「よろしいかと言われると、正直な所あまり聞かない家名だから何とも言えんな」
過去のポンジ・スキーム被害にあった家だというのは辛うじて覚えていたが、当時経営が傾き廃家となった家は50を超えた。
今も当時の借金を返している家も相当数あるが、借金がないという事は辛うじて財産は残ったという事でもある。
しばし考えたトレンチ侯爵はにこりと笑って釣り書きをマリアナに戻した。
「お母様に問うてごらん」
「え?お父様は丸投げですの?」
「そう言う訳じゃない。私の知らない情報も女性陣は知っている事もある。意見は色んな人から聞いて総合的に判断すればいいんだ」
「そうなのね…でも最終的に承認するのはお父様でしょう?」
「それはそうだが…当主としてではなく父親としてなら…良いんじゃないかと思っているよ」
「どうしてそう思うの?」
「まず借金がない。若くして当主になってそれどころじゃなかったのかも知れないが過去に婚約者がいない。何より絵姿かな。くせ毛などは隠したがるものだがありのままだとすれば正直な男だと思ったよ」
父の執務室を後にして、兄の式典用に仕立て屋を呼んでいた母親はもっと簡単だった。
「マリアナが選んだのなら良いんじゃないかしら」
「お母様、ちゃんと見てください」
「ねぇ、マリアナ?」
「なぁに?」
「マリアナの基準とわたくしの基準は違うの。マリアナは彼が良いかな?と思ったから許しを得るために持って来たんでしょう?なら自分の気持ちを信じればいいの。意に添わぬ婚約で嫌な思いもしたでしょう?もし、このご縁も失敗ならちゃんとカバーしてあげるわよ」
「遠いのよ?ここから馬車で1カ月――」
「それがどうしたの?サウスサンドのお相手は隣国から来るのよ?距離を問題にしないの」
もう一度父の執務室に戻り、マリアナはハッキリと答えた。
「お父様。トラフ様の元に嫁ぎます」
婚約破棄から僅か2か月。結論を出すのは早いかも知れないがマリアナはそれだけ王都から逃げたかった。
そんな不純な理由だが、偶然とはいえあんなに大量にあった釣り書きから選んだ人だ。
――もしかするとこういうのも運命の人っていうのかも?――
そう考えたが、ブルブルと水気を払う犬のように首を振った。
――危ない、危ない。お花畑脳になるのは危険だわ――
その日の夕方、本屋で買って来た大量の依頼本を背中に背負ったカムチャは門番からの返事に白目を剥いて真後ろにひっくり返った。
依頼本がクッションとなってしまい、数冊買い直しになったのは言うまでもない。
あれこれ悩んでも仕方がない。
噂は別にしても婚約破棄で傷物になった令嬢のその後など幾つも選択肢があるわけではない。
数多く持ち込まれる釣り書きから適当に選んでみたが、書いてある内容はそんなに悪い訳ではない。
トラフ伯爵家当主ケルマデック。
25歳で初婚となる。
過去に婚約者はいない。
何よりマリアナが「おぉ?!」と思ったのは領地の位置。
王都に屋敷は無く領地から王宮に報告のために定期的に来ているようだが、徒歩で1カ月。馬車でも1か月。早馬なら10日。
遠いと言えば遠いが近いと言えば近い。トレンチ侯爵家の領は近い領だと日帰りも可能だが、遠い領は行くだけで4カ月かかり、雨に降られれば下手すれば片道半年。
途中に砂漠はないけれど、まるで何処かにある理想郷である
物理的に距離があれば嫌な噂も聞こえてくることはないだろう。
相手だって申し込んできているのだから無碍な扱いもしないはず。
そう思って父の執務室の扉をノックした。
「お父様、マリアナです。少しだけお時間を頂きたいのです」
「マリアナ?あぁ‥入りなさい。どうしたんだい」
手にしていた釣り書きを父に手渡しマリアナは「この方に嫁ぎたいと思います」と告げた。
手渡された釣り書きを落としそうになったが、なんとか耐えてトレンチ侯爵は表紙を開いた。
――ネっネコミミ?ふざけてるのか?――
しかし、よく見れば「寝ぐせ?くせ毛?」に見えなくもない。
そこまで忠実に描く画家がいるかどうかだが、太陽光を乱反射する頭部を隠しているよりずっといい。
トラフ伯爵家はトレンチ侯爵も家名は聞いた事がある程度で大きな功績を挙げている家ではない。一番目を引いたのは「借金がない」という長所だった。
――どこも貸してくれないとも言えるが、それでも切り盛りをしているのか――
「どうして彼が良いと思ったんだ?他にも釣り書きは沢山あっただろう?」
「何処がと言われてもお会いした事はないので。ですが過去に婚約もされていないようですし、身綺麗なのに傷物のわたくしに結婚を申し込んでくださるのですから優しい方なのかも?と思いました」
本音は領地が王都から離れている事だが、それを理由すると間違いなく即却下になってしまう。
「ダメでしょうか」
「いや、結婚をするのはマリアナだからな。あの婚約は失敗だったし今度はマリアナが決めれば良いと考えてもいたんだよ。いや、どうかと問われて知る限りでダメな男は反対をするが…」
「では、トラフ様でよろしいの?」
「よろしいかと言われると、正直な所あまり聞かない家名だから何とも言えんな」
過去のポンジ・スキーム被害にあった家だというのは辛うじて覚えていたが、当時経営が傾き廃家となった家は50を超えた。
今も当時の借金を返している家も相当数あるが、借金がないという事は辛うじて財産は残ったという事でもある。
しばし考えたトレンチ侯爵はにこりと笑って釣り書きをマリアナに戻した。
「お母様に問うてごらん」
「え?お父様は丸投げですの?」
「そう言う訳じゃない。私の知らない情報も女性陣は知っている事もある。意見は色んな人から聞いて総合的に判断すればいいんだ」
「そうなのね…でも最終的に承認するのはお父様でしょう?」
「それはそうだが…当主としてではなく父親としてなら…良いんじゃないかと思っているよ」
「どうしてそう思うの?」
「まず借金がない。若くして当主になってそれどころじゃなかったのかも知れないが過去に婚約者がいない。何より絵姿かな。くせ毛などは隠したがるものだがありのままだとすれば正直な男だと思ったよ」
父の執務室を後にして、兄の式典用に仕立て屋を呼んでいた母親はもっと簡単だった。
「マリアナが選んだのなら良いんじゃないかしら」
「お母様、ちゃんと見てください」
「ねぇ、マリアナ?」
「なぁに?」
「マリアナの基準とわたくしの基準は違うの。マリアナは彼が良いかな?と思ったから許しを得るために持って来たんでしょう?なら自分の気持ちを信じればいいの。意に添わぬ婚約で嫌な思いもしたでしょう?もし、このご縁も失敗ならちゃんとカバーしてあげるわよ」
「遠いのよ?ここから馬車で1カ月――」
「それがどうしたの?サウスサンドのお相手は隣国から来るのよ?距離を問題にしないの」
もう一度父の執務室に戻り、マリアナはハッキリと答えた。
「お父様。トラフ様の元に嫁ぎます」
婚約破棄から僅か2か月。結論を出すのは早いかも知れないがマリアナはそれだけ王都から逃げたかった。
そんな不純な理由だが、偶然とはいえあんなに大量にあった釣り書きから選んだ人だ。
――もしかするとこういうのも運命の人っていうのかも?――
そう考えたが、ブルブルと水気を払う犬のように首を振った。
――危ない、危ない。お花畑脳になるのは危険だわ――
その日の夕方、本屋で買って来た大量の依頼本を背中に背負ったカムチャは門番からの返事に白目を剥いて真後ろにひっくり返った。
依頼本がクッションとなってしまい、数冊買い直しになったのは言うまでもない。
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