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第19話 騙し、騙され
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暴行未遂容疑でエトガーが憲兵団に連行されていると連絡を受け、ファネン子爵家からは身元引受人として兄が迎えに来た。
憲兵はエトガーの兄に告げた。
「本当は殺人未遂です。相手の方がそこまでしなくていいと言ってくれたんです。しかし、被害者がいる罪状は暴行未遂ですけども。所持していたナイフは刃渡り12センチ。弟さん、騎士じゃないので刀剣法違反ですよ。そちらの処罰は追って連絡しますので覚悟しておいてください」
項垂れて兄の問いかけにも一言も答えないエトガーは「貴族法」で守られて取り敢えずは保釈金を払う事で保釈された。保釈中に何か起こせば即時に収監をされる。
ファネン子爵家はハッキリ言ってエトガーどころではなかった。
ここ2、3か月で経営は立ち行かなくなり、爵位を陛下に返上し平民として生きていくか。話し合うまでになっていた。
財力のあるオイレト伯爵家も憂き目に合っているが、元々の貯えが大きい分ファネン子爵家より状況はまだ良かった。
借金が無いだけ。それだけだったので収支は万年ギリギリの黒字。それでも少しづつ蓄えていたので本当なら今頃はエトガーがオイレト伯爵家への婿入りを控え、持参金の額をオイレト伯爵家と話し合っている時期でもあった。
しかし、懇意にしていた取引先から今後の付き合いを切られ、猫の額ほどしかない領地で取れる農作物や木炭も買い取ってくれていた商会に軒並み断られ、鮮度のある農作物はもう売り物にならなくなった。
木炭も「処分料をくれるなら引き取る」と言われてしまう。
それもこれも巷で流れる噂のせい。
アメリアとエトガーは自分たちに都合の良い噂を流したつもりだったが、目論見通りに噂を広げる者は単に他人を陥れて憂さ晴らしをしたい者だけで、実利を生む者達は「ブルグ王国にケンカは売れない」し、何より国王と王太子がフライアとヴォーダンの結婚を認めているので、悪評を肯定するような真似をすればトバッチリを食らうのは目に見えている。
益に関係する家や商会は一斉にファネン子爵家とオイレト伯爵家から距離を取った。
その事で頭が痛いのにエトガーを迎えに来いと憲兵団から連絡が来る。
保釈金が必要だという事は有罪は確定しているに等しい。
そのため、兄がエトガーを迎えに行き、ファネン子爵はエトガーの勤める商会に退職する旨を告げに行けばそこでも信じられない事実を突きつけられた。
「エトガーが…クビですか?!」
「ご子息から聞いてないのですか?本当に…こちらはいい迷惑です。彼がいるだけで取引中止を言って来た家も多いんですよ。どう責任取ってくれるんです」
平身低頭で謝罪をし、なんとかクビになる事で補償はしなくて良くなったが、帰り際にエトガーの後輩だという男性2人に呼び止められた。
「僕たちも困ってるんです。エトガー先輩に金を貸したままなので」
「金を?!申し訳ない。幾らでしょうか。私が払います」
1人は20万、もう1人は15万。エトガーは利息が付かないからと後輩からも金を借りていた。金融商会で金を引き出し、後輩には返金したのだが、更に驚く事を知らされた。
「僕たちに返せなかったくらいですから、元彼女さんにも返せていないと思いますよ」
「なんですって!おおよそで構いません。どのくらいかご存じですか?」
「正確な金額は知りませんが、僕たちに貸してくれと言った時に、”大台に乗ると無理っぽい” と言ってたので100万弱あるんじゃないでしょうか」
ファネン子爵はエトガーを信じてしまっていた。
突然呼び出されて行った先にはオイレト伯爵夫妻がいて、フライアよりもかなり若い女性アメリアとエトガーはホストとなって「アメリアと結婚する事になった」「実は子供も生まれるんだ」と言った。
孫が生まれる事には素直に嬉しかったし、そんな祝いの場で「フライアちゃんとはどうなってる?」と問いただす事も出来ない。
両家の顔合わせが終わった後でエトガーからは「フライアには男が出来たから別れた。かなり前だ」と聞かされた。
しかしエトガーはフライアとよく一緒に居たので更に問い質すと「幼馴染として応援する事にした」と言ったのだ。エトガーは身を引いた。フライアの恋を裏方で応援する事にしたから仲違いはしていない。ファネン子爵夫妻は息子だからという贔屓目もあって信じてしまったのだ。
「ずっと嘘を吐いて・・周囲を裏切ってきたのか」
遅きに失した感は否めないがファネン子爵は再度、金融商会に行き金を引き出すとリヒテン子爵家に向かった。丁度リヒテン子爵が筆頭公爵家の当主と「鴨狩り」から帰ったところ。
「息子が迷惑をかけた。金を借りていたと聞いて。遅くなって申し訳ない」
友人なのだ。許してくれる。
それはファネン子爵の驕りだった。
「今更ですよ。もう何カ月経ったと思っているんです?それにその金。娘には出産祝いと相殺しろといったそうで。子供が生まれれば物入り。こちらへのお返しの品も不要です。お引き取りください」
子供の頃からの知己であったリヒテン子爵は何処にもいなかった。
ファネン子爵は大親友も失ったのだった。
せめてエトガーから話を聞いた時に、「同じ孫を可愛がることが出来なくなったな」と飲みにでも誘っていれば、関係が壊れるにしてもここまでの不義理はせずに済んだのにと後悔しきり。
屋敷で顔を揃えた家族。
ファネン子爵はエトガーに問う。
「お前は家族を騙していたのか」
パチン、パチンと爪を弾くだけでエトガーは問われた事に一言も答えることは無かった。
憲兵はエトガーの兄に告げた。
「本当は殺人未遂です。相手の方がそこまでしなくていいと言ってくれたんです。しかし、被害者がいる罪状は暴行未遂ですけども。所持していたナイフは刃渡り12センチ。弟さん、騎士じゃないので刀剣法違反ですよ。そちらの処罰は追って連絡しますので覚悟しておいてください」
項垂れて兄の問いかけにも一言も答えないエトガーは「貴族法」で守られて取り敢えずは保釈金を払う事で保釈された。保釈中に何か起こせば即時に収監をされる。
ファネン子爵家はハッキリ言ってエトガーどころではなかった。
ここ2、3か月で経営は立ち行かなくなり、爵位を陛下に返上し平民として生きていくか。話し合うまでになっていた。
財力のあるオイレト伯爵家も憂き目に合っているが、元々の貯えが大きい分ファネン子爵家より状況はまだ良かった。
借金が無いだけ。それだけだったので収支は万年ギリギリの黒字。それでも少しづつ蓄えていたので本当なら今頃はエトガーがオイレト伯爵家への婿入りを控え、持参金の額をオイレト伯爵家と話し合っている時期でもあった。
しかし、懇意にしていた取引先から今後の付き合いを切られ、猫の額ほどしかない領地で取れる農作物や木炭も買い取ってくれていた商会に軒並み断られ、鮮度のある農作物はもう売り物にならなくなった。
木炭も「処分料をくれるなら引き取る」と言われてしまう。
それもこれも巷で流れる噂のせい。
アメリアとエトガーは自分たちに都合の良い噂を流したつもりだったが、目論見通りに噂を広げる者は単に他人を陥れて憂さ晴らしをしたい者だけで、実利を生む者達は「ブルグ王国にケンカは売れない」し、何より国王と王太子がフライアとヴォーダンの結婚を認めているので、悪評を肯定するような真似をすればトバッチリを食らうのは目に見えている。
益に関係する家や商会は一斉にファネン子爵家とオイレト伯爵家から距離を取った。
その事で頭が痛いのにエトガーを迎えに来いと憲兵団から連絡が来る。
保釈金が必要だという事は有罪は確定しているに等しい。
そのため、兄がエトガーを迎えに行き、ファネン子爵はエトガーの勤める商会に退職する旨を告げに行けばそこでも信じられない事実を突きつけられた。
「エトガーが…クビですか?!」
「ご子息から聞いてないのですか?本当に…こちらはいい迷惑です。彼がいるだけで取引中止を言って来た家も多いんですよ。どう責任取ってくれるんです」
平身低頭で謝罪をし、なんとかクビになる事で補償はしなくて良くなったが、帰り際にエトガーの後輩だという男性2人に呼び止められた。
「僕たちも困ってるんです。エトガー先輩に金を貸したままなので」
「金を?!申し訳ない。幾らでしょうか。私が払います」
1人は20万、もう1人は15万。エトガーは利息が付かないからと後輩からも金を借りていた。金融商会で金を引き出し、後輩には返金したのだが、更に驚く事を知らされた。
「僕たちに返せなかったくらいですから、元彼女さんにも返せていないと思いますよ」
「なんですって!おおよそで構いません。どのくらいかご存じですか?」
「正確な金額は知りませんが、僕たちに貸してくれと言った時に、”大台に乗ると無理っぽい” と言ってたので100万弱あるんじゃないでしょうか」
ファネン子爵はエトガーを信じてしまっていた。
突然呼び出されて行った先にはオイレト伯爵夫妻がいて、フライアよりもかなり若い女性アメリアとエトガーはホストとなって「アメリアと結婚する事になった」「実は子供も生まれるんだ」と言った。
孫が生まれる事には素直に嬉しかったし、そんな祝いの場で「フライアちゃんとはどうなってる?」と問いただす事も出来ない。
両家の顔合わせが終わった後でエトガーからは「フライアには男が出来たから別れた。かなり前だ」と聞かされた。
しかしエトガーはフライアとよく一緒に居たので更に問い質すと「幼馴染として応援する事にした」と言ったのだ。エトガーは身を引いた。フライアの恋を裏方で応援する事にしたから仲違いはしていない。ファネン子爵夫妻は息子だからという贔屓目もあって信じてしまったのだ。
「ずっと嘘を吐いて・・周囲を裏切ってきたのか」
遅きに失した感は否めないがファネン子爵は再度、金融商会に行き金を引き出すとリヒテン子爵家に向かった。丁度リヒテン子爵が筆頭公爵家の当主と「鴨狩り」から帰ったところ。
「息子が迷惑をかけた。金を借りていたと聞いて。遅くなって申し訳ない」
友人なのだ。許してくれる。
それはファネン子爵の驕りだった。
「今更ですよ。もう何カ月経ったと思っているんです?それにその金。娘には出産祝いと相殺しろといったそうで。子供が生まれれば物入り。こちらへのお返しの品も不要です。お引き取りください」
子供の頃からの知己であったリヒテン子爵は何処にもいなかった。
ファネン子爵は大親友も失ったのだった。
せめてエトガーから話を聞いた時に、「同じ孫を可愛がることが出来なくなったな」と飲みにでも誘っていれば、関係が壊れるにしてもここまでの不義理はせずに済んだのにと後悔しきり。
屋敷で顔を揃えた家族。
ファネン子爵はエトガーに問う。
「お前は家族を騙していたのか」
パチン、パチンと爪を弾くだけでエトガーは問われた事に一言も答えることは無かった。
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