交際7年の恋人に別れを告げられた当日、拗らせた年下の美丈夫と0日婚となりました

cyaru

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第17話   備えあれば患いなし VS 善は急げ

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北の国境線の防衛は終わった訳ではないものの当面は残留する部隊の兵だけで対応が出来る。メゼラ王国の騎士団が無能な訳ではないが、騎士団と軍隊をそれぞれ住み分けしているブルグ王国は仕事も早かった。


ヴォーダンがメゼラ王国に向かっているとの知らせが王宮にいる王太子にも知らされる。王太子は妻である王太子妃のお気に入りでもあり、ヴォーダンが到着すれば永の別れになるであろうフライアの元にも知らせを走らせた。


「フフーンフ、フンフフ♪」

フライアは仕事でもあり趣味でもあった薬草を煎じていた時にその知らせを受け取った。

この薬草は煎じておけば水に溶かして飲むだけでいい。
何を作ったかと言えば兄嫁のビアンカに手渡す薬。母乳の出を促進する薬草と乳腺炎など発熱した時に飲む薬草である。

「備えあれば患いなしよね」


ヴォーダンが到着すれば4日滞在した後、一緒に出立をする。
何をするかと言えば1日は午前中に勤めていた工房への挨拶と午後はヴォーダンのお披露目も兼ねて友人達との茶会。

次の1日は王宮にいる王太子妃への挨拶と祖父母の墓参。

最後の1日は家族でゆっくりと過ごす。隣同士の国でも行き来には1カ月以上かかる。両親に何かあっても直ぐに駆け付けられる訳ではなく、もしかすると最後となるかも知れない。

既に兄嫁のビアンカはいつ生まれてもおかしくない。前駆陣痛も始まっている事から出立と出産が同日になる場合もある。

そして最後の日。予定では午前中に出立をする。
朝食が家族で食べる最後の食事になる。


既に勤めていた商会の工房にも退職の届けは出していて、荷物も纏めてある。
持っていくものは多くない。

アルドフに聞けばブルグ王国の物価はメゼラ王国の半分と言わないまでもかなり安い。
メゼラ王国で揃えて輸送費まで考えると必要最低限の衣類で事が足りる。

片付けるにあたって、かつてエトガーから贈られた品が幾つか出てきた。

公園で絵描きに描いて貰った2人の似顔絵だったり、一緒に観劇をした時の半券だったり。

「貰った時は嬉しかったのにな」

公園の屋台で冬の寒い日に2人で食べた炒ったシイの実が入っていた紙袋まで大事に取って置いた。唯一値が付きそうなものは3年前に買って貰った指輪だが、元が1万もしない指輪。

そんな安い指輪でも買ってくれるという事が嬉しかった。

もう指輪の痕も薄くなり、指の凹んでいた箇所も触れなければわからない。
唯一日焼けの痕だけが指輪のあった事を視認出来るまでになっていた。

指輪を指から抜いた時に捨ててやろうかと思ったが、今では捨てなくて良かったとも思う。まるでフライアが勝手に嫉妬し、浮気をした事を正当化しようとしている。そんな噂がまだ面白おかしく広められている。

ブルグ王国に喧嘩を売りたいのかも知れないが、捨てた指輪を誰かが拾って買取店に売っていればパン代くらいにはなる。売ったのがフライアだと言われては堪ったものではない。

ヴォーダンと共に出立し、頃合いを見てエトガーではなくファネン子爵に両親に頼んで返却してもらおうと思っていた。

「よし、薬もこれでいいわね」

あとはヴォーダンを待つばかり。

ゴリゴリと摩り下ろすに使っていた乳鉢から粉末になった薬草をフライアは丁寧に薬包紙に包んだ。


★~★

その頃、エトガーは窮地に陥っていた。

リヒテン子爵家や、リヒテン子爵が声を掛けた家、そして頼みの綱でもありエトガーの売り上げトップ保持に欠かせなかったオイトレ伯爵家からも取引を打ち切られ、エトガーの売り上げはゼロになった。

その上、アメリアからは訳も判らずに別れを告げられて以来オイトレ伯爵家に何度行っても門前払い。

リヒテン子爵家に行けるはずもなく、リヒテン子爵が声掛けをしてくれた家を回るも門前払い。話を聞いてくれるどころではなかった。

リヒテン子爵家に行けなかったのはアメリアに言われたままに流布した噂が原因だった。

『私達が略奪愛の結果なんて言われるのは耐えられないわ』
『そうだな。これは純愛、運命の出会いによる運命の愛なんだ』

そんな噂を流した直後にフライアを呼び出し結婚報告をしたのだ。最初はエトガーではなくフライアが他の男と不貞行為をしていて都合よく別れるためにエトガーとアメリアの関係をでっち上げた。それだけだったのにフライアは翌日には隣国の英雄と結婚をしていた。

『どういうことなの!』
『そんなのこっちが知りたいよ』

アメリアは「英雄」と結婚した事に腹を立てていたが「どうせ戦ばかりで見るに堪えない傷だらけな男なのよ」とアメリアなりの勝ちポイントを見出し機嫌は良くなったはずなのに数日後、別れを切り出された。
エトガーにはもう何が何だかさっぱりわからない。

顧客を新規獲得しようにもトップ成績だった時に同僚や先輩を「役立たずの給料泥棒」「俺の稼ぎがその給料にどれだけ入ってるんだろうな」と言ってしまったばかりに誰も助けてくれない。

オイトレ伯爵家の売り上げがあるからとリヒテン子爵絡みでない過去の顧客は「お前にやるよ」と後輩に譲ってしまい今更戻してくれとも言えない。

会頭からはクビだと言われ、今月と来月の給料も歩合が無ければ天引きの税金や福利厚生の金を払えば残る金はない。下手をすると追い金を払わないといけなくなる。歩合がエトガーを支えていたのだ。

アメリアと結婚もしなければ、子供も生まれない。と、なればチャラになったはずの借りた金を払わねばならない。しかも誰にも気づかれず、フライアが出国する前に。

しかし貯金もアメリアに使い果たし、エトガーには自由になる金など無くパンすら買う金もなかった。

悩んだ末にエトガーは最善でかつ、とても簡単にコトが丸く収まる方法を思いついた。

「そうだ。フライアに愛人で囲って貰えばいいんだ」

メゼラ王国でも妻が愛人を抱える家は多い。
軍人の夫ならさぞかし寂しい夜を過ごす事になる。なら結婚は出来ないけれど愛人として囲って貰えば何の苦労もなく生活が出来ると考えたのだった。

「俺って凄くね?冴えてんな~」

自画自賛のエトガーは善は急げとリヒテン子爵家に向かったのだった。
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