交際7年の恋人に別れを告げられた当日、拗らせた年下の美丈夫と0日婚となりました

cyaru

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第08話   王太子の冷や汗

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「では、ガネン王国が侵攻した際はブルグ王国が食い止めてくれると?」
「えぇ。その代わりなのですが近年、支流の水量が下がっているのです。緊急措置として本流の分水を1割増しでお願いしたい」
「承知した。では我がメゼラ王国の分水を早速指示することにする」
「早々の対応に感謝する」


王太子との会談が纏まり、分水を指示する書面の発行には2日かかる。
ヴォーダンは王宮内に部屋を用意してもらい、引き連れてきた部下たちと滞在する事になった。

「ここからは堅苦しい話は無しだ。どうだ?街に出てみないか?」

ブルグ王国に留学の経験もある王太子は若くして少将にまで上り詰めたヴォーダンを飲みに誘った。本来ならばあり得ないが留学中にブルグ王国の王子と共に明け方まで飲み歩いた事があった。

『酔っぱらって寝入っても追剥ぎに襲われる事はないぞ』

王子の言葉の通りブルグ王国の治安は非常に良く、見習う点が幾つもあった。
街に出てみれば、警護団という憲兵とはまた違い民衆に近い位置で安全を守る者達が「警護小屋」という建物に常時配置されていて、その数は王都になんと1万。

何かあればすぐに駆け込む事が出来るし、駆け付けてもらえる。

7歳から男女問わず軍が雇い入れる名目で学問も教えているため、平民の識字率もほぼ100%。ただ、そんな年齢から雇い入れているため就職先が無い。
そこで考えられたのが警護団。

1つの警護小屋には3交代で常時8人。つまり非番要員も含めて1つの警護小屋には35人ほどが「就職」している事になり、失業率も2%未満と受け皿にもなっていた。

捕縛権限も与えられているが、道案内もするし痴話喧嘩の仲裁をする事もある。女性の警護兵もいるし、軍隊ではないので子供でも話しかけやすい。

夜の街に王子がいても厳つい護衛に囲まれる事もない。
王太子はいつかメゼラ王国もこうありたいとブルグ王国を見習い改革を進めているところだった。

徐々に成果も出ている事から王太子自身も時折市井におりていて、メゼラ王国も安全な街だと見せたかった。


「そうだな。ではお言葉に甘えようか」

ヴォーダンは王太子の申し入れに応じた。

「少将、宜しいので?」気遣うのは引き連れてきた部下で執事でもあるアルドフ。


ヴォーダンは15歳で士官学校を卒業した時、フライアに飛び級で卒業した事を知らせるためにメゼラ王国に来た事があった。

メゼラ王国の成人は20歳だが、ブルグ王国は15歳。
正式に結婚を申し込もうと思ったのだ。

ポケットには7歳の時から貯めた金、褒章で貰った金で買った指輪があった。
なんと15歳なのに婚約指輪の価格はメゼラ王国の王妃が国王から貰った結婚指輪より高額の札が付いていた品だったのは秘密だ。

しかし、現実は非情だった。
リヒテン子爵家の前まで来た時、フライアがエトガーと手を繋ぎ幸せそうな笑顔を浮かべて出先から戻って来た。

調べる必要もなかった。
2年前から2人は結婚を前提に付き合い始めていた。

15歳の少年ヴォーダンは眩しい笑顔をエトガーに向けるフライアに声を掛ける事が出来なかった。

アルドフはその後すぐにヴォーダンの直属になったが、手痛い失恋を知っているだけにその後メゼラ王国に足を向けることもなく、ただ荒んだ心を全て魔法を纏わせた剣にぶつけて武功をあげて来たヴォーダンを知っていた。

5歳で芽生えた恋。フライアの為に「軍神」になる事を心に近い邁進してきた。
失恋をした時、魔力は駄々洩れになり自身で制御する事が出来ず、ブルグ王国は地図を何度も書き換える事になった。

2000m級の山は吹き飛んで湖となり、小高い丘程度なら大地が抉れた。
おそらく「穴を掘る」事が気持ちを無意識に抑えようと働いていたと思われる。

失恋を他の女性で癒す事も出来ない。
フライア以外はヴォーダンの中では女性ではなかったからである。

今回、内々の入国、そして会談も動ける役職がヴォーダンしかいなかった。
行くことが決まった時、それなりにヴォーダンは荒れたのだ。


★~★

「ここだ。落ち着いて飲めるバーなんだ」

王太子に案内をされて入店したバーでヴォーダンは足を踏み入れて硬直した。

「だぁかぁらぁ!酔ってないから!もう一杯!もう一杯よ!」

カウンターでバーテンを困らせている女性に視線は釘付け。
王太子が「いつもは静かなんだけど」と冷や汗を流すのも関係ない。

ツカツカとカウンターに近づいてクダを巻く女性の隣に腰を下ろすと、誰もが早く帰ってくれないかなと思う女性、フライアの髪をひと房手に取ってキスを落とした。

王太子は口をはくはくしながら2人を指差すが、アルドフに背を押され案内された席に着席した。

バーの中にいる全員が注視する。
もう目の焦点も定まっていないフライアだが、ヴォーダンは構う事はない。
カウンターに突っ伏すフライアが「ん?」顔を上げると両手で頬を包む。

「んにゃ…あら!お兄さん。こぉんにちわぁぁぁ」
「ふふっ。こんにちは。どうしたんだ?こんなになるまで飲んで」
「飲みたくもなるわよぉ~聞ぃぃいてくれるぅぅ?あはっ」
「聞くよ?なんでも言ってくれ」
「そぉれがねぇ!(バンっ!)あンの野郎ぉぉ~なぁにがチャラだっつぅの!」

カウンターを講談師のようにバンバン叩いて調子を取る呂律の回らないフライアにヴォーダンは「うんうん。それで?」と続きを促す。

「だぁいたい25にもなってよ?お兄さん聞いてるっ?もう誰も貰ってくれないわよぉぉ!どうしろってぇの!いいわよ?お一人様もいぃぃーの!」

「なら僕と結婚しようか?」

「ふぇっ?結婚?お兄さんが?してくれぇぇるの?」

「するよ。今すぐにでも。どうかな?」

「するっ!こぉぉなったらお兄さんでイイッ!美丈夫だけどぉ~許すっ!」

ヴォーダンは王太子を振り返えるとニヤッと笑い、「コッチ来て」手招きをした。
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