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第07話 幼い恋心
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北の国境線がキナ臭い。
ベリルの読み通り、現在北の国境線では隣国ガネン王国に侵攻の動きがあった。
ここは3国の国境が接する場所であり、過去の国家間の取り決めでは不可侵と条約を結んでいた。
この地には3国にそれぞれ流れ込む主要な大河の源流があり、意図的に崩落などをさせればたちどころに水不足になってしまう。
逆を言えばここを押さえれば2国が手に入るとも言える。
しかし源流域なだけあって王都を遷都するには不便すぎる。何もしなければ神は3国へ平等に水を与えてくれる。
ガネン王国は最近軍部よりの第2王子が立太子をしたため、警戒を強めていたところだった。
ブグル王国のヴォーダン・ジャン・エスティバスは国王の命を受け、少数の部下を率いてお忍び状態で入国をしていた。
理由はこのメゼラ王国の国王と内々に軍事協定を結ぶためである。
★~★
ブグル王国軍には陸軍と海軍があり、若干20歳のヴォーダンの所属は陸軍でその階級は上から3番目の少将。軍への入隊はなんと7歳。当時は見習い少年兵だった。
決して珍しい訳ではなく、ブグル王国では少年兵として入隊をすることで給料がもらえる。仕事と言えば武具の清掃であったり、鍛錬場の整備など簡単なものだ。
かつては魔法大陸の中でも一番に栄華を誇ったが、魔法使いの減少が著しく150年ほど前は貧しい国で貴族でも貧困から子供を人買いに売る者がいた。病気になれば捨て置かれ、食事も碌にさせてもらえない。国の一大改革で7歳からの入隊を認め、寮住まいをする事で衣食住を確保。
軍の中では文字の読み書きも算術も学べる上に、12歳までは広く基礎を学ぶ。
武具などは鍛冶屋や板金師など製造、食事の配給は農作物の育て方から教えるし、配給班の所属を希望すれば調理師にもなれる。医療班を希望すれば看護師や医師、薬師の勉強もさせてもらえた。
ヴォーダンはその中で「士官」の道を選び、12歳2カ月で戦場に赴くとまさに才能が開花。もう絶滅したと思われた魔法の能力が発現し、呪文1つで師団を壊滅させるなど目覚ましい武功をあげ、士官学校の訓練生の二足の草鞋を履いて飛び級で卒業。
15歳で士官学校を卒業すると准士官の准尉(特務曹長)からのスタートだが、既に武功をあげていたため2つ上の尉官で中尉からスタートした。
派兵される度に更に武功をあげ、たった3年でブグル王国はそれまでの領土の3倍の広さの領土を有するようになり、18歳で異例中の異例。少佐や中佐の佐官を飛び越えて将官、現在の少将となった。
★~★
そんなヴォーダンだが、1年と少しの間だけメゼラ王国に住んでいた事がある。
4歳になったばかりの頃に、母親がメゼラ王国の出身で出産のために里帰りをしていた。
言葉も通じるようで通じない。ひょろひょろの「モヤシ」と揶揄されていつも虐められていた。
本当は木登りもしたいし、カッコいいカブトムシなども捕まえたい。一人ぼっちのヴォーダンはある少女に出会った。
『何してるの?』
『塹壕を掘ってるんだ』
『ダメよ!この草は薬草なの。お薬になるのよ』
『掘っちゃだめなの?…』
子供の力でも簡単に穴が掘れる場。そこはリヒテン子爵家の庭で薬草畑だった。
『穴を掘りたいなら・・・そうね。こっちで一緒に掘りましょう』
特に垣根らしい垣根もなかった事から入り込んでしまっていたヴォーダンは叱られるかと思ったが、少女は「一緒に穴を掘ってくれる」と言う。
言葉は片言だが、いじめっ子のように「言葉がおかしい」と突き飛ばしたりしてこない。
ヴォーダンは毎日通って少女と穴を掘ったり、虫を捕まえたり、木登りもした。
雨の日には「おいで」と家の中に招き入れられて一緒に本を読む。
『これは何の本?』
『神話よ。ずっとずーっと昔から伝わっているお話の本』
『なんて書いてるの?』
『えぇっとね。ゲルーマン神話の中にあるメーゼブルッグの呪文よ』
『呪文?フライアは魔法使いなの?』
『違うわよ。でも…見て。ここ!フライアって名前はお爺様が付けてくれたんだけど、このゲルーマン神話に出てくるヴァナディースっていう豊饒の女神の事なの。でね。見つけたの。ヴォーダンはね、軍神っていう戦いの神様の名前と同じね。オーディンとも言うの。一緒の本に名前があるって面白いでしょ』
古くて、ぶ厚い本に自分の名前もあるとなると面白くてヴォーダンは雨の日になるとフライアに読んでもらった。
『そうだ!ヴォーダンはオーディンなんだからこれからはディーンって呼ぶわ。で、私の事はヴァナディースだから、ナディって呼んでくれる?』
『うん!2人だけの呼び名だね』
その1年でヴォーダンは年上の少女フライアに恋をした。
母親に対する感情とはまた違う。2人だけの呼び名はとても擽ったくて心地よかった。
しかし、別れの時がやって来る。
ヴォーダンの母親が無事に出産も終えて、生まれた妹もよちよち歩きが出来るようになり帰国する事になったのだ。
別れの挨拶に出向いた時、運悪くフライアは水疱瘡という感染力の強い病気で部屋から出しては貰えず、会わないまま帰国の途につく事になった。
6歳になる少し前に帰国し、胸に淡い恋心を秘めたヴォーダンは「軍神になる!」と誓った。
そうすれば次に会う時、フライアが喜んでくれる、忘れていても思い出してくれる、挨拶もせずに出立した事を怒らないでくれると思ったのだ。
しかし、時間の経過は無情である。
ヴォーダンに現実を突きつけたのだった。
ベリルの読み通り、現在北の国境線では隣国ガネン王国に侵攻の動きがあった。
ここは3国の国境が接する場所であり、過去の国家間の取り決めでは不可侵と条約を結んでいた。
この地には3国にそれぞれ流れ込む主要な大河の源流があり、意図的に崩落などをさせればたちどころに水不足になってしまう。
逆を言えばここを押さえれば2国が手に入るとも言える。
しかし源流域なだけあって王都を遷都するには不便すぎる。何もしなければ神は3国へ平等に水を与えてくれる。
ガネン王国は最近軍部よりの第2王子が立太子をしたため、警戒を強めていたところだった。
ブグル王国のヴォーダン・ジャン・エスティバスは国王の命を受け、少数の部下を率いてお忍び状態で入国をしていた。
理由はこのメゼラ王国の国王と内々に軍事協定を結ぶためである。
★~★
ブグル王国軍には陸軍と海軍があり、若干20歳のヴォーダンの所属は陸軍でその階級は上から3番目の少将。軍への入隊はなんと7歳。当時は見習い少年兵だった。
決して珍しい訳ではなく、ブグル王国では少年兵として入隊をすることで給料がもらえる。仕事と言えば武具の清掃であったり、鍛錬場の整備など簡単なものだ。
かつては魔法大陸の中でも一番に栄華を誇ったが、魔法使いの減少が著しく150年ほど前は貧しい国で貴族でも貧困から子供を人買いに売る者がいた。病気になれば捨て置かれ、食事も碌にさせてもらえない。国の一大改革で7歳からの入隊を認め、寮住まいをする事で衣食住を確保。
軍の中では文字の読み書きも算術も学べる上に、12歳までは広く基礎を学ぶ。
武具などは鍛冶屋や板金師など製造、食事の配給は農作物の育て方から教えるし、配給班の所属を希望すれば調理師にもなれる。医療班を希望すれば看護師や医師、薬師の勉強もさせてもらえた。
ヴォーダンはその中で「士官」の道を選び、12歳2カ月で戦場に赴くとまさに才能が開花。もう絶滅したと思われた魔法の能力が発現し、呪文1つで師団を壊滅させるなど目覚ましい武功をあげ、士官学校の訓練生の二足の草鞋を履いて飛び級で卒業。
15歳で士官学校を卒業すると准士官の准尉(特務曹長)からのスタートだが、既に武功をあげていたため2つ上の尉官で中尉からスタートした。
派兵される度に更に武功をあげ、たった3年でブグル王国はそれまでの領土の3倍の広さの領土を有するようになり、18歳で異例中の異例。少佐や中佐の佐官を飛び越えて将官、現在の少将となった。
★~★
そんなヴォーダンだが、1年と少しの間だけメゼラ王国に住んでいた事がある。
4歳になったばかりの頃に、母親がメゼラ王国の出身で出産のために里帰りをしていた。
言葉も通じるようで通じない。ひょろひょろの「モヤシ」と揶揄されていつも虐められていた。
本当は木登りもしたいし、カッコいいカブトムシなども捕まえたい。一人ぼっちのヴォーダンはある少女に出会った。
『何してるの?』
『塹壕を掘ってるんだ』
『ダメよ!この草は薬草なの。お薬になるのよ』
『掘っちゃだめなの?…』
子供の力でも簡単に穴が掘れる場。そこはリヒテン子爵家の庭で薬草畑だった。
『穴を掘りたいなら・・・そうね。こっちで一緒に掘りましょう』
特に垣根らしい垣根もなかった事から入り込んでしまっていたヴォーダンは叱られるかと思ったが、少女は「一緒に穴を掘ってくれる」と言う。
言葉は片言だが、いじめっ子のように「言葉がおかしい」と突き飛ばしたりしてこない。
ヴォーダンは毎日通って少女と穴を掘ったり、虫を捕まえたり、木登りもした。
雨の日には「おいで」と家の中に招き入れられて一緒に本を読む。
『これは何の本?』
『神話よ。ずっとずーっと昔から伝わっているお話の本』
『なんて書いてるの?』
『えぇっとね。ゲルーマン神話の中にあるメーゼブルッグの呪文よ』
『呪文?フライアは魔法使いなの?』
『違うわよ。でも…見て。ここ!フライアって名前はお爺様が付けてくれたんだけど、このゲルーマン神話に出てくるヴァナディースっていう豊饒の女神の事なの。でね。見つけたの。ヴォーダンはね、軍神っていう戦いの神様の名前と同じね。オーディンとも言うの。一緒の本に名前があるって面白いでしょ』
古くて、ぶ厚い本に自分の名前もあるとなると面白くてヴォーダンは雨の日になるとフライアに読んでもらった。
『そうだ!ヴォーダンはオーディンなんだからこれからはディーンって呼ぶわ。で、私の事はヴァナディースだから、ナディって呼んでくれる?』
『うん!2人だけの呼び名だね』
その1年でヴォーダンは年上の少女フライアに恋をした。
母親に対する感情とはまた違う。2人だけの呼び名はとても擽ったくて心地よかった。
しかし、別れの時がやって来る。
ヴォーダンの母親が無事に出産も終えて、生まれた妹もよちよち歩きが出来るようになり帰国する事になったのだ。
別れの挨拶に出向いた時、運悪くフライアは水疱瘡という感染力の強い病気で部屋から出しては貰えず、会わないまま帰国の途につく事になった。
6歳になる少し前に帰国し、胸に淡い恋心を秘めたヴォーダンは「軍神になる!」と誓った。
そうすれば次に会う時、フライアが喜んでくれる、忘れていても思い出してくれる、挨拶もせずに出立した事を怒らないでくれると思ったのだ。
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