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第06話 それは早合点なのか
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時間は前日に遡る。
フライアが出掛けたあと、リヒテン子爵家では子爵夫妻とフライアの兄ブルーノとその妻ビアンカが寛いでいた。
「そろそろ結婚かな」と兄のブルーノ
「そうねぇ。ちょうどあなた達にも子供が出来るし子供部屋に改装もしなきゃね」と子爵夫人。
既に小姑となったフライア。
20歳までという約束も5年延長しているのだから「そろそろ」と誰もが考えてもおかしくはなかった。
ビアンカはもう来月には産み月を迎える。
リヒテン子爵夫妻も初孫の誕生を心待ちにしていた。
フライアの夫となるのだからとエトガーの勤める商会に何軒も取引先を紹介した。
実のところ、エトガーの勤める商会は仕立て屋でもあるので、そこに布製品を卸すのだが最近は草木染が徐々に人気を上げてきたので、売り物にならない薬草を使った品の取引先を探している工房は多かった。
しかし、販売価格は王都でもトップクラスなのに卸値は買い叩かれる。
工房も販売先がないよりはあった方が良いし、長く取引をしているリヒテン子爵の頼みだからと引き受けてはくれていた。
そろそろ夕食をとろうか。そんな時間に急な来訪があった。
「誰だ?こんな時間に」
客はリヒテン子爵の祖父の代よりも前から付き合いのある家の当主ベリル。
1年のうち半分を田舎の領地で薬草を育てながら過ごし、残りの半分は育てた薬草を煎じた「万能薬」を取引先に行商がてら納品をする。
万能薬と言っても薬であって薬ではなく、飲みやすくしたり、塗りやすくしたりと薬本来の成分を壊さない混ぜ物のようなもの。侮るなかれ、これが無いと苦くてとても飲めたものじゃない薬も飲みやすくなるし、水にも溶けやすいので塗布しやすくなる。薬には欠かせない「薬のお助け薬」なのだ。
「ベリル!久しぶりだな!もうそんな時期になったか!」
「貧乏暇なし。ちゃーんと半年ごとに家と取引先を行ったり来たりだ。王都は2年ほど息子に任せていたんだが今年は私がこちらに」
「ほぅ。何かあったのかい?」
「北の国境付近がキナ臭くてね。そちらへの納品が多くなったんで息子に頼んだのさ」
実際に紛争が勃発をしなくても商売をしている者は売買情報のやり取りから機密に近い事も察知する。
備蓄を目的とした食料の調達はどちらかと言えば解り難い。
仲介の商会をかませる事で最終的に集まる場所は1つだとしても扱う商会が多いので広く浅くになって行く。
しかし薬の類はそうはいかない。扱う商会が限られているし、食料用の農作物と違って絶対数も少ないので直接軍部などから内密にと発注をされる。
リヒテン子爵家は屋敷が王都にあり、領地も王都から日帰りできる範囲なので目立って増えた発注はないが国境に近い領地では既に動きを見せていた。
その件でリヒテン子爵家に薬草を回して欲しいのかと思えば違った。
「ところでリヒテン。お嬢ちゃんは大丈夫かい?」
「は?大丈夫も何もピンピンしてるが?」
「なら良かった。小耳に挟んだ話があったから心配したよ」
ベリルはおかしなこと言う。
フライアが病に倒れたなんて噂にもなっていないし、大丈夫かと心配されるようなことなど何もない。
だからこそベリルの次の言葉に家族全員が驚いた。
「いやぁ。お嬢ちゃんのコレがさ」
コレと男性の事を示すようにベリルは親指を立てた。
「オイレト伯爵ンとこの娘と結婚するって聞いたからさ」
全員が驚いて顔を見合わせる。
ベリルもフライアが7年も長い間エトガーと付き合っている事は知っていたし、5年前、20歳になる少し前に無理をせずに家賃が払える家も何軒か探して貰った経緯もある。
2週間前に王都に到着し、馴染みのお得意さんを回っていて噂を聞いたのが1週間前。直ぐにでもリヒテン家に行こうとは思ったが商売もあるし王都は広い。近くに行った時に寄ってみようと思ったのが今日だった。
「いやぁ。2年息子が王都を回ってたからそんな話になってたのかと心配しちまったよ」
「フライアは今日、エトガーに誘われてあの超高級な店に行ってるよ」
「なんだ。そうだったのか。俺の早合点だな。すまん。すまん。なら似たような名前の貴族でも新しく出来たんだな」
フライアの兄ブルーノは首を傾げた。
ここ2、3年は新しく男爵位も騎士爵位も授かった家はない。
隣を見ればビアンカがフッと考え込んだ。
魔法は使えないけれど、ビアンカには「予感」という適性があると教会で洗礼を受けた時に告げられている。「そんな気がする」程度のもので、直感や第六感というのだろうか。良い事も悪い事もよく当たるのだ。
例えば「今日は西廻りの方が良い気がする」と言えば多く発注が受けられたり、「出掛けるのを遅くした方が良い気がする」と言えばいつもの時間帯に通るルートで馬車の横転事故があったり。
ただ全ての事柄に「そんな気がする」訳ではない。
実際ベリルの訪問は想定外だったし、昼間は「変な感じ」など一切感じてはいなかった。
ブルーノは「何か気になる?」とビアンカに問うた。
「判らないけど…今日はかなり遅くまで起きていた方が良い気がするの」
妊婦には夜更かしは良くない。産み月は来月だが2,3週間程なら早く産気づく事もある。初めての出産なのでその事で不安を感じたのかも…とブルーノは考えた。
「また今度ゆっくり寄らせてもらうよ」
ベリルは小耳に挟んだ噂に立ち寄っただけ。
ばたんと扉が閉じて、ベリルの乗った馬車が動き出す音がする。
リヒテン子爵は「食べようか」と皆に声を掛け、夕食を取った。
フライアが出掛けたあと、リヒテン子爵家では子爵夫妻とフライアの兄ブルーノとその妻ビアンカが寛いでいた。
「そろそろ結婚かな」と兄のブルーノ
「そうねぇ。ちょうどあなた達にも子供が出来るし子供部屋に改装もしなきゃね」と子爵夫人。
既に小姑となったフライア。
20歳までという約束も5年延長しているのだから「そろそろ」と誰もが考えてもおかしくはなかった。
ビアンカはもう来月には産み月を迎える。
リヒテン子爵夫妻も初孫の誕生を心待ちにしていた。
フライアの夫となるのだからとエトガーの勤める商会に何軒も取引先を紹介した。
実のところ、エトガーの勤める商会は仕立て屋でもあるので、そこに布製品を卸すのだが最近は草木染が徐々に人気を上げてきたので、売り物にならない薬草を使った品の取引先を探している工房は多かった。
しかし、販売価格は王都でもトップクラスなのに卸値は買い叩かれる。
工房も販売先がないよりはあった方が良いし、長く取引をしているリヒテン子爵の頼みだからと引き受けてはくれていた。
そろそろ夕食をとろうか。そんな時間に急な来訪があった。
「誰だ?こんな時間に」
客はリヒテン子爵の祖父の代よりも前から付き合いのある家の当主ベリル。
1年のうち半分を田舎の領地で薬草を育てながら過ごし、残りの半分は育てた薬草を煎じた「万能薬」を取引先に行商がてら納品をする。
万能薬と言っても薬であって薬ではなく、飲みやすくしたり、塗りやすくしたりと薬本来の成分を壊さない混ぜ物のようなもの。侮るなかれ、これが無いと苦くてとても飲めたものじゃない薬も飲みやすくなるし、水にも溶けやすいので塗布しやすくなる。薬には欠かせない「薬のお助け薬」なのだ。
「ベリル!久しぶりだな!もうそんな時期になったか!」
「貧乏暇なし。ちゃーんと半年ごとに家と取引先を行ったり来たりだ。王都は2年ほど息子に任せていたんだが今年は私がこちらに」
「ほぅ。何かあったのかい?」
「北の国境付近がキナ臭くてね。そちらへの納品が多くなったんで息子に頼んだのさ」
実際に紛争が勃発をしなくても商売をしている者は売買情報のやり取りから機密に近い事も察知する。
備蓄を目的とした食料の調達はどちらかと言えば解り難い。
仲介の商会をかませる事で最終的に集まる場所は1つだとしても扱う商会が多いので広く浅くになって行く。
しかし薬の類はそうはいかない。扱う商会が限られているし、食料用の農作物と違って絶対数も少ないので直接軍部などから内密にと発注をされる。
リヒテン子爵家は屋敷が王都にあり、領地も王都から日帰りできる範囲なので目立って増えた発注はないが国境に近い領地では既に動きを見せていた。
その件でリヒテン子爵家に薬草を回して欲しいのかと思えば違った。
「ところでリヒテン。お嬢ちゃんは大丈夫かい?」
「は?大丈夫も何もピンピンしてるが?」
「なら良かった。小耳に挟んだ話があったから心配したよ」
ベリルはおかしなこと言う。
フライアが病に倒れたなんて噂にもなっていないし、大丈夫かと心配されるようなことなど何もない。
だからこそベリルの次の言葉に家族全員が驚いた。
「いやぁ。お嬢ちゃんのコレがさ」
コレと男性の事を示すようにベリルは親指を立てた。
「オイレト伯爵ンとこの娘と結婚するって聞いたからさ」
全員が驚いて顔を見合わせる。
ベリルもフライアが7年も長い間エトガーと付き合っている事は知っていたし、5年前、20歳になる少し前に無理をせずに家賃が払える家も何軒か探して貰った経緯もある。
2週間前に王都に到着し、馴染みのお得意さんを回っていて噂を聞いたのが1週間前。直ぐにでもリヒテン家に行こうとは思ったが商売もあるし王都は広い。近くに行った時に寄ってみようと思ったのが今日だった。
「いやぁ。2年息子が王都を回ってたからそんな話になってたのかと心配しちまったよ」
「フライアは今日、エトガーに誘われてあの超高級な店に行ってるよ」
「なんだ。そうだったのか。俺の早合点だな。すまん。すまん。なら似たような名前の貴族でも新しく出来たんだな」
フライアの兄ブルーノは首を傾げた。
ここ2、3年は新しく男爵位も騎士爵位も授かった家はない。
隣を見ればビアンカがフッと考え込んだ。
魔法は使えないけれど、ビアンカには「予感」という適性があると教会で洗礼を受けた時に告げられている。「そんな気がする」程度のもので、直感や第六感というのだろうか。良い事も悪い事もよく当たるのだ。
例えば「今日は西廻りの方が良い気がする」と言えば多く発注が受けられたり、「出掛けるのを遅くした方が良い気がする」と言えばいつもの時間帯に通るルートで馬車の横転事故があったり。
ただ全ての事柄に「そんな気がする」訳ではない。
実際ベリルの訪問は想定外だったし、昼間は「変な感じ」など一切感じてはいなかった。
ブルーノは「何か気になる?」とビアンカに問うた。
「判らないけど…今日はかなり遅くまで起きていた方が良い気がするの」
妊婦には夜更かしは良くない。産み月は来月だが2,3週間程なら早く産気づく事もある。初めての出産なのでその事で不安を感じたのかも…とブルーノは考えた。
「また今度ゆっくり寄らせてもらうよ」
ベリルは小耳に挟んだ噂に立ち寄っただけ。
ばたんと扉が閉じて、ベリルの乗った馬車が動き出す音がする。
リヒテン子爵は「食べようか」と皆に声を掛け、夕食を取った。
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