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第01話   舞い上がるのも止む無し

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リヒテン子爵家のフライアはここ数日とても浮かれていた。

付き合って7年になる恋人のエトガーはファネン子爵家の次男。
そのエトガーから言われたのだ。

「絶対に来てくれよ?遅れるなよ?」

仕事中、外回りのついでに立ち寄ったエトガーから言葉と同時に手渡された紙。


「仕事に戻るから」とエトガーが去った後、ついに求婚か?!と思い待ち合わせ場所や日時が書かれた紙に何度も目を走らせた。


「絶対に遅れるなよ?」念押しをされ手渡された紙に書かれていたのは、給料日でも店の前で雰囲気を味わうのが関の山の超高級で有名、王家御用達の料理店。

10年前に成婚をした王太子殿下が婚約者だった隣国の王女に「妃ではなく私の唯一の妻になってくれ」とお忍びで求婚をした事から、一世一代の求婚を我も、我もとお二人様専用ブースは予約も2,3年待ち。


――きっと指輪を贈ってくれた時に予約してくれてたんだわ――


いつもより入念に湯殿で体を洗い、髪の毛も自分で整えずに髪結師の店まで行きセットアップ。

薬草についての事業で王太子妃とも親しくなった関係で今日の日の事を告げれば、「型は古いけど未婚時代に袖を通す事もなかったから」と早めの結婚祝いと上質なワンピースをストックから見繕ってもらった。



お互いに長兄が家督を継ぐ事になっていて12歳になる頃には「成人をしたらもう面倒は見られないよ」と言われ、成人する20歳を目途に働き始めた。

フライアは実家通いではあるが育てたり摘んだりした薬草を卸問屋に卸す小さな商会で勤める。リヒテン子爵家も薬草を煎じ薬にする事を生業としていて、生まれた時から薬草には慣れ親しんだため天職のようなものだった。

王太子妃先導で民間療法でしかなかった薬草を使った予防薬や治療薬の開発事業が立ち上がった時、野山で野草を摘むだけでなく、時に王宮の専用庭園で薬草を様々な環境下で人工的に育てる、そんな研究にも助っ人として駆り出されていた。


エトガーは王都で5本の指に入ると言われる仕立て屋で住み込みの営業職をしていた。営業職と言っても貴族の家に呼ばれればお勧め商品を持ち込んだりするので新規の顧客を開拓するような仕事ではない。

新規の顧客と言えば馴染みの貴族から紹介をしてもらい雑多な品の御用聞きから信頼を重ねていく。通常は既存の客のもとに呼ばれ持ち込んだ布で何着を仕立ててもらえるかが腕の見せ所。

共に25歳となった今もそれぞれの家が幼少期から付き合いがあったため気心も知れた幼馴染。特に反対する理由もなく、両家の親も認めた間柄だった。

20歳をとっくに超えたのにまだ一人暮らしをしないのも理由があった。

20歳になる直前、結婚の話は持ち上がったがエトガーは役職もなく給料も歩合制で不安定だった。

何より結婚すればフライアは家を出なければならないし、エトガーも店の関係者でないフライアを妻だと言っても単身者用の寮母もいる社宅住みなので住まわせる事が出来ない。

2人の貯金を合わせても家を借りる初期費用がようやく出せるかどうか。若いので直ぐに妊娠でもすればたちまち生活が立ち行かなくなるともう少し金を貯めてからにしようと結婚は先送りになった。

3年前の誕生日直前、エトガーに「主任に昇格したから奮発してやる」と言われて連れて行かれた先は宝飾品店。指輪を買ってもらった。

エトガーは街でも3本の指に入る美丈夫で「顔で仕事を取ってくる」と揶揄われるのが悔しく「腕一本で取っていると認めさせてやる」と息巻いていたので1つ目の昇格を親よりも先にフライアに伝えてくれた。


一線は超えなくてもキス程度なら何度も経験をした。
付き合って7年だが18歳になるまで互いを結婚相手と意識をしなかったのが不思議なくらい。結婚は確実、誰もがそう思っていた。

ここまで状況が揃っていて、家同士の約束が無いから婚約はしていない、仲の良い異性の幼馴染。そう言われて「はい、そうでしたね」と誰が思うだろう。


フライアが浮かれていたのも、先々月エトガーは課長補佐に昇進した。その事実があったから「いよいよだ!」と思った。

それまで最年少の課長補佐が35歳だったのだから25歳と言う若さでは異例の大出世。聞けば裕福な伯爵家と継続する大きな取引を取り付けてきたのだとか。

――今更ながらのプロポーズでも緊張しちゃうわ――

万全の態勢で待ち合わせの料理店に出向いた。
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