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侯爵家の解体

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朝、目が覚めたのは騒がしい音がしたからである。

屋敷の3階にあるカインの部屋だが真下の部屋なのかドスンドスンと大きな音がする。
どんなに眠くてもこんな音がすれば起きてしまうと寝台に上体を起こした途端、それまでで一番大きな音と同時に体が浮いた。天井からはパラパラと何かが落ちてくる。

屋敷が崩れるのではないかと周りを警戒しながら足を床に下ろすと乱暴に扉が開く。
誰だと思って見てみれば全く知らない大男が、これまた見た事がないほどの大きな槌を持って立っていた。

「うわぁぁ!」

殺人者かと思い、尻もちをついたはいいが、腰が抜けてしまい這いながら部屋の奥に逃げた。

「おぉぉい!まだ誰かここにいるんだけど」

大男が廊下に向かって声をあげるとドタドタと何人もが歩いてくる音がする。
カインはブルブルと震え、その場に水溜まりを作ってしまった。

「うわ、こいつ漏らしてやがる」
「良いんじゃないかどうせ解体するんだ」

「か、か、解体…バラバラにされる…のか…」

人生の終わりを感じたカインだが、大男はカインの腕を掴むとグイと引寄せそのまま引きずるとカインを廊下に放り投げた。
殺されるかと思ったのに、これは一体なんなんだ?と思えば「せえのっ!」と声がしてドーンとまた大きな音がした。

自室から埃の混じった土埃が入り口から吹き出すように舞い始めた。


「何をしてるんだっ!俺の部屋が!俺の部屋が!服も教科書も!」
「昨夜聞いてないのか?荷物は纏めとけと言われてたんじゃねぇのか?」
「き、聞いたけど!部屋を壊すなんて聞いてないっ」
「坊主、何を言ってるんだ?部屋を壊してんじゃねえぞ?屋敷を壊してるんだ」
「なんだって?!じゃ、俺は!俺の家は!?」

「そんなの知るかよ。ここはマッカリー侯爵家が買った土地だ。俺らは邪魔な建物を壊せと言われただけだ。お前の家なんか俺が知る訳ねぇだろう」

屈強な男の1人が「ほらよ!」と土誇りだらけになった制服とカバンを放り投げてくる。
カインの荷物はそれだけになってしまった。
教科書も全てが入っている訳ではない。入れ替えをしていないのでそのままである。

クローゼットには礼服などが入ったままだが、纏めてないものはゴミだと言われたようで容赦なく服が中にあるままの状態で壁が壊されていく。
茫然とそれを見ていれば、ひとりの男に手を引かれ風通しの良くなった玄関ホールがよく見える階段に連れていかれ、担がれるように1階に降りると扉のなくなった玄関だった空洞から外に出された。

カインの部屋は3階の屋敷の端だったが、その部分から屋根がメキメキと音を立てて崩れ始め、1時間もしないうちにがれきの山になってしまった。

ガラガラと馬車の音に振り返ればマッカリー侯爵令嬢が鼻にハンカチを当てて、母が丹精込めて作っていた庭に大きな穴を掘り、そこで燃やせるものは全部燃やせと指示をしている。

「バカな!あそこは母上が育てていた百合の花壇だぞ!」

勇んで令嬢の元に行くと、眉を顰め、口元はハンカチで隠れているが「バカじゃないの」と小声でカインを罵る声が聞こえた。

「なんだって?もう一回言ってみろ!」

カインが怒鳴りつけると、「はぁ~」とため息を吐いて令嬢が少し首を振る。
令嬢の後ろから家令か執事と思われる男性が令嬢の前に立った。

「どなたかは存じませんがここは当家の敷地内。早々に立ち去るように」
「当家って…ここはペルデロ侯爵家の敷地だ!」

男は縁起がかった素振りで、「はて?」と首を傾げ、クスっと笑う。

「どこかで聞いた家名かと思いましたら、以前にこちらに住んでいた侯爵家ですな」
「以前?以前って!さっきまで部屋で寝てたんだ!」

がれきの山を指さしながらカインが言えば、周りが大笑いを始めてしまった。

「このがれきの山で寝ていたとは何とも愉快な。ですがここは間違いなく本日からマッカリ―侯爵家の土地。お疑いならばあなたのご両親。あぁ、王宮で問い合わせれば確実でしょう」

「そんな‥‥じゃ、両親は?父上と母上はどこに!?」
「申し訳ありませんが他家の方のご予定まで私が知る必要が何処に御座いましょう」

カインはギリギリと歯ぎしりをすると両脇にカバンと制服を抱え、お気に入りの白地に青いストライプの入ったパジャマで門の外まで走り抜けた。
キョロキョロと見渡すと、人ごみの中に見知った顔を見つけた。

父の兄弟で一番下の弟、叔父だった。

「ベン叔父上っ!」

カインが名を呼んで近づくと、サッと横から出てきた従兄弟のハイゲンが立ちふさがった。

「ハイゲンっ!久しぶりだなぁ」

暢気な声を出すカインにハイゲンは見るからに不機嫌な顔をした。
カインより3歳年上の従兄弟ハイゲンはあと2カ月ほど。カインが学園を卒業した翌週に幼馴染の子爵令嬢と結婚を控えていた。

カインの声に叔父のベンもハイゲンも声を発しない。ただカインの腕を強く握り人ごみをかき分け輪の外に出ると壊れそうな馬車にカインを押し込んだ。

走り出した後も2人は無言。カインがあれこれ話しかけても視線すら合わせず一言も喋らなかった。

暫く走り、廃屋のような屋敷につくと馬車を下りる。
ここは何処だ?と手入れもされておらず鬱蒼と茂っただけの木の下をくぐるとペンキも剥げて人が住めるのだろうかと思うような屋敷が全容を現した。

壊れそうな玄関扉を開けると、中央に正座で座らされた両親を親族が囲っていた。
慌てて両親に駈け寄り、「酷いじゃないか!」と言えば声を合わせるかのように「どっちが」と返される。


そこでカインはハイゲンに「落ち着いてゆっくり聞け」と声を掛けられ肩を押されて座った。

「カイン、お前が婚約をしていた令嬢。知ってるな?」
「ティフェルだ。ジェイス伯爵家のティフェルだ」
「で、お前はかれこれ半年くらい前から妙な女といつも一緒だな?」
「妙な女って…シェリーは妙な女じゃない。立派なレディだ」

「お前がその女にうつつを抜かし、婚約者を蔑ろにした挙句、婚約が破棄になった」

「違うよ!破棄じゃない。破棄は父上が勝手に決めた事だ。ティフェルは話せば許してくれるし判ってくれる。円満に解消をするよ。昨日から父上もそればかりだ!みんな頭おかしいんじゃないのか」

「頭がおかしいのはお前だ。貴族の婚約は本人が決める事じゃない。家と家の契約だ。随分とまぁ…最後は誘った挙句に8時間も待たせたとか?」

「8時間じゃない!えっと‥11時からだから‥8時間半だ!」

冗談じゃない!とばかりにカインが堂々と口にした言葉に一同は目が点になった。
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