王子殿下にはわからない

cyaru

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第29話  決死の告白は流される

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「マジョリカ!」

ルシファーはもうどう思われてもいい。本当の事を言おうとマジョリカの名を呼んだ。
突然大きな声で、そして真顔で名前を呼ばれたマジョリカは驚いた表情をしたが、直ぐにいつもの表情になって「なんでしょう?」とルシファーを見た。


「じ、実は…私がルシファーだ。第3王子のルシファーなんだ」

声を絞り出したルシファーだったが、マジョリカは「はて?」首を傾げた。

「ルート様。これは励まそうとしてくださってるんでしょうか?」

「違う。私が!ルシファー・ジル・ウェストレストだと言ってるんだ」

しばしの沈黙が2人の間に流れる。
ルシファーは心臓の音がマジョリカに聞こえるんじゃないか?そう思うほどに心臓は激しく拍動を打っていた。

「もう。ルート様って面白い冗談を言うんですね。モンテスト様とかペリーさんが聞いたら叱られてしまいますよ?いくらなんでも王族の名を騙ってしまうのは良くないです」

「本当なんだって。私が本人だ!」

「あり得ませんよ。だってモンテスト様だってルートって呼んでましたし、仮に、仮にですよ?ご本人様だったら庭師さんも荷車を押させるようなことはしませんし、私が軍手を差し出した時に止めてますわよ?」


うん、そうだ!マジョリカは自分の言葉に頷く。

「それに私がお茶と薬を商会に売ると言った時にルート様を毒味役って言ったんですよ?もし本当にルート様が言うのが本当だったら私のお茶なんか安全性も確認されてないのに飲むはずがありません。何よりルート様、結構この離れに来てますよね。第3王子ルシファー殿下は忙しくてそんな暇はないと思います」

「本当だと言ってるだろう。だから離縁はしない。撤回させてほしい」

「またまた~。私がいなくなったら仕事がなくなるからですよね?大丈夫です!モンテスト様に配置換えをお願いしておきます!でも3年経つまではお付き合いくださいませね?」


侯爵家もだったがきっと王子宮も同じで、一旦職を失うとなかなか再就職は難しいのだろう。だから3年後の離縁をあっさりと受け入れているマジョリカに「職を失う」とルートが「自分が王子だ」と嘘を吐いているとしかマジョリカは受け取らなかった。

なんなら…。

「まだ3年あるんですから明日仕事を失う訳じゃないですよ?」


ルシファーの決死の告白はあっさりと流されてしまった。
マジョリカはまるで信じてくれていない。

「本当なんだよ。マジョリカがここに来た時から私は失礼な事ばかりをした。それも謝罪したいし、今となっては額にある手紙、あんなものを書いた自分が何と愚かで恥ずかしい事をしたんだろうと反省も後悔もしてるんだ」

「ルート様、いい加減にしてください。あなたはルート様であって王子様じゃないんです。だいたいですよ?王子様だったらもっとこう…キラキラした胸のあたりにぴろぴろ飾緒しょくちょつけてる服だったり、マントがあったりすると思いますよ?」

「そんなの着ないけど」

それは本当だ。正装をする時も軍人ではないので飾緒しょくちょはないし、マントなどせいぜい長兄の王太子が即位する時に身に纏うくらいだ。

――どこ情報なんだよ?――

マジョリカの言うスタイルで出直してくることも、やろうと思えばできない事もないがただのコスプレだ。余計に嘘くさくなってしまう。

「待て。待ってくれ。マジョリカ。君の言う王子像は間違ってるぞ」

「そうですか?でも…本にそうありましたよ?」

「本?何処にそんな本があるんだ」

「奥に。持ってきましょうか?」


マジョリカは地図を見つけた部屋に引くと、1冊の本を手に取って戻ってきた。
得意げに「ほら!」とページを開いて挿絵を指さす。

そこには確かに飾緒しょくちょのついた礼服を着てマントを羽織り、王笏を手にティアラではないが戴冠した男性の絵があった。

そもそもで王笏がある時点で王子ではなく王だが。
しかも…。


「マジョリカ。これは…嗜好本だ」

「え?こんな立派な背表紙も付いているのに?タイトルは ”我が薔薇王子” ですよ?」

文字が読めるようになったマジョリカは「ほら!ほら!」とタイトルを見せて来るが、マジョリカも嗜好本であることに気が付く。

「あ、本当。しかも…男性同士の…だから薔薇――」

「その先は言うな。離れは70年ほど使われていなかったからな。隠すには持って来いだったんだろう」

「第3王子ルシファー殿下が?!」

「違う!」

そちらの趣味はない。
そこは強く否定したルシファーだったが、まだマジョリカはルートが言い張っているだけだとしか思っておらず目を細くしている。いや、男色の否定を否定として受け取っていない可能性もある。

「解った。では明日、私が本物だという事を証明する。宮に来てくれ」

「行きませんよ?宮には近寄らない事にしてますし、男色であるかないかの証明って難しいのでは?まさか窄まりを――」

「見せぬ!!解った。私が来る。それならいいだろう。再度言うが違うぞ?私は男色ではない」

「はい。まぁ…いいですよ。じゃぁ明日は来たら早速ですが椅子替わりにしている樽を動かして頂けます?」

「‥‥あのな?…まぁいい。解った。証明するとついでに樽も動かす。それでいいだろう」

「ついでが逆ですわよ。ま、いっか。樽は2個なんですけどどうもネズミが樽に隠れて壁を齧ってるみたいなんです。早いとこ直さないと」

マジョリカは全くルシファーの言葉を信じておらず、明日の予定を頼んだのだった。
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