王子殿下にはわからない

cyaru

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第21話  その頃、あの人は

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マジョリカの母国。ノースレスト王国にあるエフクール侯爵家ではエミリアが出産の時を迎えていた。

おそらく父親であろうと目星をつけられた子息も両親と共に侯爵家に呼ばれ、応接室に集められていた。

応接室の中はまるでお通夜。
あれから1人は種がないと判明し4つの家が集まっているが誰一人口を開こうとはしない。


エミリアはウェストレスト王国の第3王子ルシファーに嫁ぐはずで、選ばれた理由は侯爵夫人が国王の実妹なので王家の血を引いているからだったのに、実際に嫁いだのは侯爵夫人の血を引かない侯爵の戯れで出来た娘マジョリカ。

両国に瑕疵があったので締結した約束事の見直しは行われたけれど、瑕疵の度合いで言えばエミリアの方がより大きく、本来なら港湾も利用しつつ新造する船の代金もウェストレスト王国に回す事が出来たはずだった。

エミリアが産んだ子が誰の子なのか。それが判明をすれば国が背負った損失分を侯爵家と同等に負担する事が決まっていたので、どの家も死刑宣告を待つに等しい状況。

挨拶すら交わす気力は残っていなかった。



集められて3日目の明け方。エフクール侯爵家に産声が響いた。

全員がハッと顔を上げ、目を合わせる。そしてすぐに俯き座った姿勢で膝に顔を埋めるようにして「自分ではありませんように」最後の祈りを捧げた。

ガチャリと扉が開き、全員が扉を注視する。
立っていたのはエフクール侯爵だけで夫人の姿はない。

「お前の子だ」ととどめを刺されるにしては侯爵の顔色は蒼白で集まった者たちはごくりと生唾を飲んだ。

「もう帰ってくれていい」

やっとのことで立ったままエフクール侯爵は全員に向かって声を出した。

「どういう事です?当家の息子の子ではなかったと?」

「先に違うと外された子息の子供だったと言う事ですか?」

「言えることは…君たちの子ではないと言う事だけだ」

侯爵の言葉に一同は深いため息を吐く。完全な無罪ではない。隣国の王子に嫁ぐ娘と関係を持った事まで無かった事にされるわけではないのだから盛大に喜ぶことは出来ないけれど、少なくとも産声の聞こえた子供の父親ではない。それが判明したのはこの上ない喜びだった。


集めた者たちが引き上げていき、エフクール侯爵家には静寂が訪れた。


ダン!!エフクール侯爵が力任せに壁を叩き大きな音がするが執事はどうもしてやれない。
出来る事と言えば、早くこの場を離れることが出来れば与えられている部屋にある私物を持って侯爵家を去る事だけだ。

エフクール侯爵夫人はエミリアが産んだ子を見て声を出す間もなく意識を飛ばした。

エミリアが産んだ子供は関係を持ったと認められ集められた子息が当初10人以上いたのだが、その中にいない事も明らかだった。

肌の色が全く違う。それだけでこの大陸に該当する人間はいないと判明したのだ。

子を産んだばかりで一仕事終えたと力を出し尽くしたエミリアも子供を見て絶句した。

「覚えがあるのか?」

「で、でも…1回だけだったのに…」

「1回でも覚えがあるんだな?」

「違うの。お父様、違うの」

「何が違うと言うんだ」


エミリアの産んだ子供の父親は海の向こうの大陸から芸を披露するためにやってきた劇団の男だった。

場は仮面舞踏会ではなく、ルシファーに嫁げば自由が無くなると歌劇だなんだと通っていた時に観劇をした劇団の男でとっくに出国していて、今はこの大陸にいるのか、それとも海を越えて母国に帰国したか、それすら判らない。

仮に居場所が解かったとしてもノースレスト王国に対し損害金を払えるほど財産がある筈もない。
下手をすると捜索する費用で同額をエフクール侯爵家が捻出せねばならないだろうし、そもそも劇団員など入れ替わりも激しく劇団を見つけても所属しているかどうか。

ウェストレスト王国に行くのですら2か月はかかるのだ。その向こうにある国なら片道半年。
出来る事と言えば男の方が負担する分をエフクール侯爵家が肩代わりする事だけだった。

エミリアの失態でエフクール侯爵家は既に4つあった領地の内2つを失っている。
使用人の数も半数にしたし、領地を手放すことで他家に引き受けてもらわねばならない事業の損失分まで被った。

今度はもう爵位を保持する事も危うくなってしまった。
窮地に陥ると人はあり得ない夢を見る。


夫人が目覚めたようで、真っ青な顔をしてエフクール侯爵の腕を掴んだ。

「どうするの…このままでは生きて行けないわ」

縋る夫人を抱きしめ、エフクール侯爵は打開策を頭の中で必死に考えた。

「あ、何とかなるかも知れない」

エフクール侯爵は僅かな希望を見出した。


弁済せねばならない分をウェストレスト王国の第3王子ルシファーに嫁いだマジョリカにルシファーに話を付けてもらい、ウェストレスト王国に港湾使用や新造船の費用負担をするように持ち掛けよう。

そう考えたのだ。
そしてあんな小汚かったマジョリカではなく、産褥が癒えれば見目も良いエミリアと妃を入れ替えればいい。

どうせ書面上の夫婦なのだから肌の色の違う子を産んだエミリアはノースレスト王国で生きていくのは難しい。ならウェストレスト王国で生活をさせればいい。

そう考えたのだった。

そこにマジョリカも書面上のの夫婦なのでルシファーと良い関係を築けるはずもなく、今更エミリアと入れ替えるなど出来るはずもないし、その程度でウェストレスト王国が首を縦に振る筈もないのに「何とかなる」としか思えなかった。
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