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第08話 聞かなかった事にしよう
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宮に戻ろうとするモンテストを見送ろうと葉っぱを洗う作業を中断したマジョリカは玄関前にやってきた。
開け放たれた玄関から中が見えて持ってきてもらった品が目に入る。
「あっ!」小さな声を上げて運び込まれた荷物の前にしゃがみ込んでガサガサと荷物を漁った。
「どうされました?足りませんでしたか?」
「そうではなくて…この紙。両面が真っ白。まだ使ってませんよね。私なんかが文字を練習するためにはとても使えません。そうですね‥書き損じがないのなら地面で練習するので、これはお返しします。あと‥お野菜が丸ごとって…お幾らでしょうか。お鍋も新品ですよね」
モンテストはまさか新品を、そして新鮮な野菜を見てガッカリされるとは思わなかった。
これは使えないと新品の紙の束は返却をされてしまう。
唯一「お借りしますね」と笑みを浮かべて言われたのは庭師から借りた鋤と鍬。
これだけは鍛冶屋に従者を走らせたけれど、直ぐに用意できるものが女性では扱いにくい大型の品しかなく庭師に借りたのだ。
「野菜くずは今朝の分を廃棄してしまったので用意できませんでした。お代は結構ですのでお気になさらず」
大嘘である。残飯は夏場は毎日廃棄処分する分は業者に引き取りに来てもらっているが、この時期は週に2回。昨日の分もまだ調理場にはあったが流石に持って行けないと新鮮な野菜にしたのだ。
「そうですか…でもこんな良いものを無料というわけには」
「マジョリカ様‥マジョリカさんの食費は生活費として殿下から支給されますので心配は無用です」
「え?そうなんですか…でもそこまで面倒を見て頂くわけには参りません。出来るだけ早く文字を覚えて働きに行こうと思っていたんです」
「え?…は?」
「どこかのお屋敷の下働きくらいなら侯爵家にいた時もしてましたので経験者として雇って頂けるかなって…甘かったですかね。下働きならお客様の対応をしなくていいので片言でも行けるかな?と思ったんです」
――そう言う事じゃないです――
更にマジョリカはモンテストの寿命を縮めるような事を言い出した。
「文字を覚える間は…侯爵様から持って行けと渡されている宝飾品が5点ありますので、書店に本を買いに行くついでに買い取りをしてくれる店舗で買い取ってもらって生活費にしようと思ったんです。なので、本当に!本っ当~に生活費なんて頂かなくていいんです」
――たった5点?娘が隣国の王族に嫁ぐのに?――
モンテストの頭の中は疑問符で埋め尽くされた。
「さ、流石にそれは出来ませんよ。マジョリカさんは国の取り決めで嫁いでいるんですし、王子妃が市井で、いえ貴族の家だとしても下働きなんてとんでもない話です」
殊勝な事を言いながらもモンテストは思う。
ならこの対応もあり得ないと。
「でも、私、そのくらいしか出来なくて。そう言えば…飲み薬とか買い取ってくれる‥ううんダメね。お庭の草を勝手に売り物にしてはだめね。周辺に採取に行ければいいんだけど…」
後半なにやら恐ろしい事をぶつぶつと呟くマジョリカ。モンテストは「聞かなかった事にしよう」と大丈夫ですよと連呼し、宮に戻っていった。
宮に戻ったモンテストはルシファーへの報告書を纏めながら何か大きな勘違いをしているんじゃないだろうかと感じた。
確かにマジョリカは会話もたどたどしい面があり、文字は本当に読めないようだった。
読めるのなら女性として、しかも遠い国から嫁いできたのに到底受け入れられるはずのない文言の書かれた便せんを額に入れて飾ることは出来ないだろう。
王子妃としては合格、不合格なんかではなくそもそもで足りていないのだが、人と接する際は相手を蔑むようなことはおくびにも感じさせないし、拙いながらも言葉は選んでいるように見受けられる。
ノースレスト王国の貴族令嬢がこうなのだろうか?そんな風に思ってみるが、比較をするのがあのエミリアからの手紙だ。
エミリアの手紙の内容は自慢話をお粗末そのもの。内容はペラッペラで第2王子は返事を書くのに苦労したと言ったが、あれに「返事をかけ」そんなお題を文官の採用試験に使えば合格者がゼロもありうる。それくらいにどうでもいい内容だったが、ウェストレスト王国の多くの令嬢はエミリアと同じレベル。比較対象がいなかった。
土いじりをする令嬢は少なからずいる。しかし自分で荷物を運び、びっしりと家を覆ったツタを剥ぐ。そんな事をする令嬢はほぼいない。
ツタを剥ぐ作業は慣れた庭師でも危険を伴う作業である。
玄関部分しか剥がしてなかったのは中断せざるを得ない事情があったとみるべきで、梯子を欲したのは屋根の修理もあるが、上に伸びたツタを順に剥がした方がいいと判断をしたためだろう。
モンテストが気になったのが語学。
文字が読めないのは事実でそれは認めるしかない。
本当かどうか確認の術がないがもしウェストレスト王国の公用語を習い始めて日が経っていないのならここまで会話が成り立つのはかなり出来る人間の部類になる。
エミリアの代わりに嫁ぐ事が決まったのが3か月前。
使者たちが早馬並みのスピードで帰国することは考えられないので知らせを持ち帰るのに2か月かかるはず。
だとすれば馬車の中で教えてもらったのは会話のみ。馬車の中では本を読む事なんて出来ないし書くのは達人でも無理だからである。
道中が2か月少し。会話が成り立つように語学を学んだ日数は実質で100日に満たない。
――あの娘、意外に賢いのかも知れないな――
そう思うと同時にエミリアの手紙に書かれていたわがまま放題のマジョリカと同一人物なのだろうかと首を傾げた。
あまりにも真逆なのだ。
何か魂胆があってこちらを油断させようとしているのかも知れない。
モンテストは暫く観察をする事にして、現状を隠す事もなくルシファーに報告をした。
開け放たれた玄関から中が見えて持ってきてもらった品が目に入る。
「あっ!」小さな声を上げて運び込まれた荷物の前にしゃがみ込んでガサガサと荷物を漁った。
「どうされました?足りませんでしたか?」
「そうではなくて…この紙。両面が真っ白。まだ使ってませんよね。私なんかが文字を練習するためにはとても使えません。そうですね‥書き損じがないのなら地面で練習するので、これはお返しします。あと‥お野菜が丸ごとって…お幾らでしょうか。お鍋も新品ですよね」
モンテストはまさか新品を、そして新鮮な野菜を見てガッカリされるとは思わなかった。
これは使えないと新品の紙の束は返却をされてしまう。
唯一「お借りしますね」と笑みを浮かべて言われたのは庭師から借りた鋤と鍬。
これだけは鍛冶屋に従者を走らせたけれど、直ぐに用意できるものが女性では扱いにくい大型の品しかなく庭師に借りたのだ。
「野菜くずは今朝の分を廃棄してしまったので用意できませんでした。お代は結構ですのでお気になさらず」
大嘘である。残飯は夏場は毎日廃棄処分する分は業者に引き取りに来てもらっているが、この時期は週に2回。昨日の分もまだ調理場にはあったが流石に持って行けないと新鮮な野菜にしたのだ。
「そうですか…でもこんな良いものを無料というわけには」
「マジョリカ様‥マジョリカさんの食費は生活費として殿下から支給されますので心配は無用です」
「え?そうなんですか…でもそこまで面倒を見て頂くわけには参りません。出来るだけ早く文字を覚えて働きに行こうと思っていたんです」
「え?…は?」
「どこかのお屋敷の下働きくらいなら侯爵家にいた時もしてましたので経験者として雇って頂けるかなって…甘かったですかね。下働きならお客様の対応をしなくていいので片言でも行けるかな?と思ったんです」
――そう言う事じゃないです――
更にマジョリカはモンテストの寿命を縮めるような事を言い出した。
「文字を覚える間は…侯爵様から持って行けと渡されている宝飾品が5点ありますので、書店に本を買いに行くついでに買い取りをしてくれる店舗で買い取ってもらって生活費にしようと思ったんです。なので、本当に!本っ当~に生活費なんて頂かなくていいんです」
――たった5点?娘が隣国の王族に嫁ぐのに?――
モンテストの頭の中は疑問符で埋め尽くされた。
「さ、流石にそれは出来ませんよ。マジョリカさんは国の取り決めで嫁いでいるんですし、王子妃が市井で、いえ貴族の家だとしても下働きなんてとんでもない話です」
殊勝な事を言いながらもモンテストは思う。
ならこの対応もあり得ないと。
「でも、私、そのくらいしか出来なくて。そう言えば…飲み薬とか買い取ってくれる‥ううんダメね。お庭の草を勝手に売り物にしてはだめね。周辺に採取に行ければいいんだけど…」
後半なにやら恐ろしい事をぶつぶつと呟くマジョリカ。モンテストは「聞かなかった事にしよう」と大丈夫ですよと連呼し、宮に戻っていった。
宮に戻ったモンテストはルシファーへの報告書を纏めながら何か大きな勘違いをしているんじゃないだろうかと感じた。
確かにマジョリカは会話もたどたどしい面があり、文字は本当に読めないようだった。
読めるのなら女性として、しかも遠い国から嫁いできたのに到底受け入れられるはずのない文言の書かれた便せんを額に入れて飾ることは出来ないだろう。
王子妃としては合格、不合格なんかではなくそもそもで足りていないのだが、人と接する際は相手を蔑むようなことはおくびにも感じさせないし、拙いながらも言葉は選んでいるように見受けられる。
ノースレスト王国の貴族令嬢がこうなのだろうか?そんな風に思ってみるが、比較をするのがあのエミリアからの手紙だ。
エミリアの手紙の内容は自慢話をお粗末そのもの。内容はペラッペラで第2王子は返事を書くのに苦労したと言ったが、あれに「返事をかけ」そんなお題を文官の採用試験に使えば合格者がゼロもありうる。それくらいにどうでもいい内容だったが、ウェストレスト王国の多くの令嬢はエミリアと同じレベル。比較対象がいなかった。
土いじりをする令嬢は少なからずいる。しかし自分で荷物を運び、びっしりと家を覆ったツタを剥ぐ。そんな事をする令嬢はほぼいない。
ツタを剥ぐ作業は慣れた庭師でも危険を伴う作業である。
玄関部分しか剥がしてなかったのは中断せざるを得ない事情があったとみるべきで、梯子を欲したのは屋根の修理もあるが、上に伸びたツタを順に剥がした方がいいと判断をしたためだろう。
モンテストが気になったのが語学。
文字が読めないのは事実でそれは認めるしかない。
本当かどうか確認の術がないがもしウェストレスト王国の公用語を習い始めて日が経っていないのならここまで会話が成り立つのはかなり出来る人間の部類になる。
エミリアの代わりに嫁ぐ事が決まったのが3か月前。
使者たちが早馬並みのスピードで帰国することは考えられないので知らせを持ち帰るのに2か月かかるはず。
だとすれば馬車の中で教えてもらったのは会話のみ。馬車の中では本を読む事なんて出来ないし書くのは達人でも無理だからである。
道中が2か月少し。会話が成り立つように語学を学んだ日数は実質で100日に満たない。
――あの娘、意外に賢いのかも知れないな――
そう思うと同時にエミリアの手紙に書かれていたわがまま放題のマジョリカと同一人物なのだろうかと首を傾げた。
あまりにも真逆なのだ。
何か魂胆があってこちらを油断させようとしているのかも知れない。
モンテストは暫く観察をする事にして、現状を隠す事もなくルシファーに報告をした。
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