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第33-1話    幸せな事って①

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ユゴース侯爵家の朝は早い。

夜明けと同時に使用人は働き始め、ユゴース侯爵夫妻は庭を食事の前に散歩する。

ヘレンが朝食を取っている間、クレマンがパンジーの部屋を訪れるのだがこの日は違った。


「こんな朝早くに?」
「はい、フランシス殿下が火急の用件だと」
「父上は?」
「奥様と庭を散策中で御座います」
「判った。私が会うよ」


クレマンはシャツを着ながら従者に答えたが、こんな朝早くにフランシスが動き出す事に嫌な感情が胸に芽生えた。以前にもあった。あのパンジーと初めて会う原因となった日。

敵に気取られないように朝食を作る焚火をいつもの時間より早く行う予定だった。
その為、前夜から焚火をしている場所には多くの枯れ枝を置いており、松明を投げる事で一定数の魔獣の侵攻を阻む事が出来た。

――いや、もう朝なんだ。気にする事は無い――

そう思っても不安は消えない。
クレマンはモヤモヤを抱えたままでフランシスが待つ部屋に向かった。

扉を開けたのはクレマンか、フランシスか。同時にドアノブに力を入れた。

「クレマンっ!早くっ」
「どうしたんです?」
「早く逃げるんだ。少しでも遠い場所に!パンジーを連れて逃げろ」
「待ってください。殿下、いきなり何なのです?」
「父上が勅令を出す。これは私の失態だ・・・パンジーの事を報告したばかりに」
「王太子命令ですか…」
「違うとは言い切れないが・・・少し違う。パンジーは浄化の魔法使いだ。しかも、これまで把握している中で最大規模の魔法使いだ。私は父上にそうではないかと・・・確信めいて話してしまった。そうする事でお前とパンジーを守れると思ったから」

「嘘でしょう・・・浄化の魔法使いって・・・」
「判るだろう!?眠れそう、狂いそうオレール村にはもうない。根まで枯れているんだ。パンジーの行く先々で起こる現象。あれは器から漏れ出した魔力だ。いいか?私が転移で出来るだけ遠くに飛ばす。絶対に王都に戻るな!いいなっ!」

クレマンも考えたことが無かった訳ではない。
稀有な力を持つ者が長く生きられなかった本当の理由も知っている。

――でも、まさか――

立ったまま動かないクレマンの頬をフランシスは張った。

「時間がないんだ!」
「でも、そうしたら殿下は?!」
「私の事は良い!なんとでもなる!」


フランシスはクレマンの腕を掴み、勝手知ったるなんとやらでパンジーの部屋まで来た。突然現れたフランシスとクレマン。ヘレンはパンジーを隠すように手を広げた。


「女性の部屋ですよ!出て行ってください!」
「今はそんな決まり事を言ってる時じゃない。直ぐに当面の荷を纏めろ」

フランシスがヘレンに言う。しかしヘレンは動かなかった。
クレマンはパンジーの元に行き、手を握った。


「陛下が勅令を出す」
「勅令、なんの勅令です?」
「君を王家が囲むという勅令だ。二度と城からは外に出られなくなる」
「どう言う…」

フランシスは、持ってきた金貨、宝飾品、そして指にはめている指輪を抜き取りパンジーの寝台に置いた。

「当面の路銀にはなる。早く準備をするんだ。父上は相手は私でなくてもいい。とにかくパンジー。君の能力を引き継いだ子を産ませられるだけ産ませるつもりだ。なんとか今日まで抑えたが限界に来た。逃げるしかない!私の力で出来るだけ遠くに飛ばす!早く準備を!」


パンジーはフランシスの言葉を聞いて、「はて?」と考え込んだ


「考えている暇なんかないんだ!」
「暇ではなくて・・・考える必要もないのでは?と思いまして」
「はっ?」
「だって、私はクレマン様の妻で御座いましょう?」

暢気なパンジーの答えにクレマンもフランシスも動きが止まった。

「あら?違いました?届けはまだ出してないと聞いたと思いますが」
「あ、あぁ、出してない。俺と君はまだ夫婦だ」
「なら殿下とだけでなく、他の方と関係を持つこともありません」
「だが勅令を父上が出せば!!」
「勅令を出されるほどの価値が私にあるとは思えません」

<< あるんだって! >>


フランシスの「ある」は浄化の魔法と言う力について。
クレマンはそれにプラスしてかなり私情が混じっているのは仕方のない事。

自分の価値を知らないのはあまりにも大きな浄化魔法があるからに他ならない。フランシスはパンジーが持つ魔力についての説明をした。

「やっぱり!そうだと思ってたんです!」

ヘレンもフランシスの言葉に賛同をしたが、パンジーはチラっとクレマンを見る。

――ドキッ!もしかして・・・城に行くとか言わないよな――

嫌な予感と言うのは、度合いが大きければ大きいほどに当たるもの。

「じゃぁ、猶更です。城に参ります。今なら無理矢理連れて行かれる事は無いのでしょう?」
「だが!自ら危険な場所に行く事なんかないんだ!」

フランシスもクレマンもヘレンも「逃げよう」と急かした。





★~★この文末は完結後につけ足した部分です★~★

「なぁ、一緒に行こう?」
ブルいやッ!」
「ほら、クレマンは抜けてる所もあるだろう?気が付いてないんだってば」
ブルルル後頭部の事ブゥブゥブルッ確かに若禿のケはあるけどね


厩舎から出ようとしないウィー号。

ウィー号、実は「お家、大好きっ子」なので、ユゴース侯爵家の厩舎が大好き。
初恋はユゴース侯爵家の馬屋番ダービー氏。御年68歳。

生まれてフルフルと立ち上がる際に「もう少しだ!」と声をかけられ、立ち上がった時に初めてみた異性が還暦近くのダービー氏。

「仕方ない。あとでダービーに迎えに来てもらうとするか」
ブフッやった♡」

愛しいダービー氏を背中に乗せてユゴース侯爵家までのランデブー。
そう思ったのだが、迎えに来たのはダービー氏の細君、ミタクィーン。ウィー号が永遠に勝てない最強のライバルだった。

――ブルルル王太子め!!ブグゥブフッ騙しやがったな――

前足を踏ん張り、首をブンブンと振って帰宅を拒否するウィー号。
しかしダービー氏が迎えに来られない訳があった。

ダービー氏は現在痛風とギックリ腰で動ける状態ではなかった。
甘いものが好きなわけでなく単にプリン体を若い頃からガンガン摂取。
干物を炙り酒を飲むのが習慣だったダービー氏。

【ワシの体はプリン体とアルコールで出来ている】が口癖だった。

ウィー号を連れて行けなかったフランシスは1人で早朝ユゴース侯爵家に乗り込む事になったのだった。




帰宅拒否のウィー号はその後も王宮の厩舎に居候を決め込む事にした。

フンフンフフンクレたんなんか嫌い!!ブルル帰るもんかッ」


しかし、この後王太子妃殿下の愛馬、アーザ号が骨折の療養から戻って来た事で事態は急展開を迎える。

ウィー号とアーザ号は恋に落ちたのだ。

ウィー号も乙女。黒毛のアーザ号の引き締まった肢体にはズギュゥン♡
魔道馬も恋に落ちるのである。

この物語が終わり、クレマンとパンジーが手を繋いで草原デートに出掛けた頃。
ウィー号は母になるのである。

生まれた仔馬は ワールド号と名付けられた。

ウィー号、アーザ号、ワールド号。3頭は今日も仲良く牧場を走っている。


※ダービー氏の妻、ミタクィーン・・・3択・・・女王・・・
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