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第32-2話   夫婦?の会話②

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「あった!ここだ!」

クレマンが指差す部分。申し訳ないが老眼ではないし、目がショボショボする訳でもないのだがあまりにも細かい文字で読む以前に見るのが辛い!!

そしてどうやって書いたかは不明だが、「ここだ!」と指をあてた先から体温でインクが滲んで余計に文字の判別が難しくなっていく。

「何を書いたんです?」

こうなれば読むより、書いた本人に聞くのが早い。

「一応君は知る義務があるかと思って。ルド子爵夫妻は隣国近くの辺境に開拓民として出向いたそうだ」

「左様で(興味ないわぁ)」

「で、アランだけど前線の第3伝令兵として紛争地に赴く事になった」

「戦はもう終わったんじゃ?」

「国と国はね。でも小さなゲリラ戦は続いてるよ。伝令兵は5人で1班なんだけど命令書や指示書、戦況報告をリレーしていくんだ。最初と最後は陣地近くだけど2番目は30%、3番目は80%、4番目は40%」

「何の数字です?」

「死亡率」「ヒュッ!!」

――就職率じゃないんだ――

何でも伝令兵の3番目は給金が飛びぬけて良いそうで、カトレアの治療費が全額自費。未だに滞納でカトレアはアランにやられたと言い張るので支払うために送り込まれたのだとか。

カトレアに至っては状況証拠や証人を揃えても認めようとはせず、拘置期限の延長が行われている。

――税金の無駄使いだわね。なんとかしなきゃ――

そうは言っても今のパンジーにはこれと言った力がない。


「彼には危険度も説明をしたそうだけど、金額だけで決めたみたいだね」

――よっぽどお金なかったのね。下手すれば無一文だったのかも――


「それで・・・これは君に‥」
「まさか、この次の頁に同じように書けと?!」
「いや、強制はしない。手紙も返信しなかったからさ・・・謝罪の気持ちを伝えられればと思って」
「あのですね!」

パンジーはノートをパタンと閉じた。
張りつけた離縁状のおかげで膨らみのあるノートの表紙に手を置く。

「私は謝って欲しいんじゃないんです!使用人さんご夫婦がどうして文字のやり取りで上手く行ってるか。それは謝罪じゃないんですよ?反省文でもないんです。会話です!か・い・わ!だからです」

「で、でもさ。言い難い事もあるし…文字にした方が‥」

「言い難いからこそ面と向かって会話をするんです。私が荷物に連絡が欲しいと入れていたのは、侯爵夫妻も心配をしていましたし…夫人はもしやもう亡くなっているのではと心配もしていたんです。便りがないのは無事な知らせっていのは戦地には当てはまりません!無事だの一言で良かったんです。離縁だの執務だの面倒な事は帰ってからでも良いんです!でもあなたはそれも怠った!」

「全部俺が悪い!ここに帰ってからも失態続きだ。どうしていいか判らないんだ!判らないんだよ!」

膝の上に手を置いて項垂れるクレマン。
本当にどうしたらいいのか判らないのだろう。

「本当に困った人です」
「うん」

――ホントに判ってるの?!――

「ノートは一旦お返しします」
「え?見開きじゃ足らない?」

――半分でも遠慮します。ん?文字数から1/4?――

「文字の多さじゃないんです。前線への手紙は文字数に制限もあったでしょう?」
「あったけど」
「けど!じゃなくて!書いてくださるなら返信を。あの時の短い文を思いだして、返信をしてください」
「無事って書けばいい?」

――鉄のカバーしたノートの角を向う脛に当てるわよ?――

「無事なのは判ってます。そうですねぇ…以前・・・土の香りがすると言ってたでしょう?」
「あぁ、あの赤タマネギと黒・・・白タマネギの?」
「コホン。黒はニンニクね?で、土の香りがした時に見たものとか・・・そういうお返事を下さい。ずっとね、すまない、すまないって真っ先に言われてしまうと・・・貴方は謝罪のつもりでもこちらには、まだ許さないのかって言われてる気になるからやめて欲しいわ」
「そんなつもりは無かった!改めるよ。そうか・・・言われてみればそうだな」
「そうよ。いつもすみませんって言われるより、いつもありがとうって言われた方が嬉しいのと同じよ」


クレマンはノートを手に取った。

「はいはい~30分まで残り6秒~」

時間に厳しいヘレンが部屋に入って来てクレマンを追い出し始める。

「考えてみる。いろいろ」
「楽しみにしていますわ」


部屋に戻ったクレマンは、ペンを持って何を書こうかと過去を思い出す。
しかし、思い出すのは凄惨な場面ばかりで文字にするどころか、光景を思い出すと手に嫌な汗が噴き出てペンを落としてしまう。

しかし、ふとした時にその場面が仲間と笑い合う場になる。

「土の香り・・・いや…ヘッケルの砦を落とした時はコーヒーが美味かったんだ。そう‥月も大きくて・・・」

が、如何せん。クレマンは脳筋に近い男。敵に対しての作戦はいろんな角度から考察出来るのに詩的な文章は壊滅的だった。


「月が綺麗でした‥‥ちがうな。月が大きかったので綺麗でした・・・これも違うな」

仲間とコーヒーを飲みながら見上げた月が大きくてとても綺麗だった。と書きたいのに、文字数を超える!!と悩みに悩むクレマン。

「すまない。文字数をこえてしまった」
「すまない。ごめんなさいは言わない約束です。でもそんなに綺麗な月だったんですね」
「そうなんだよ!その時に皆で飲んだ薄いコーヒーも美味くて」
「薄いコーヒー?」
「うん。1杯分を3倍に薄めて皆で飲むんだ。珈琲豆とか挽いてしまうとパサパサになるし、荷物になるから少ない量しかなくてね」
「そうなんですね。ふふっ」

文字数を超えてしまったけれど短い文章でパンジーと共に会話をするクレマン。

部屋を出る時にヘレンに「楽しそうに会話しちゃって!混ぜてくださいよ!」と言われてしまった。

――そうか・・・楽しいんだ・・・そうなんだ――


書けなかった、いや書かなかった返事。
もし書いていれば、その内容でもっと会話は弾んだかもしれない。

過去には戻れない。そしてクレマンは気が付く。

――ノート持ってきてしまった――

これでは返事は貰えない。

――でも、いいか――

明日もまた、笑って会話が出来ればいい。
そしてまた短い文を考えて頭を抱えるクレマン。


パンジーはそんなクレマンを使用人から様子を聞いて知っていた。

「そうなんですよねぇ。手紙って相手がいるから考えて書くんですよね。はい、ヘレンさんも練習!」
「えぇっ?!」
「文字で伝えるのも一興ですよ?」
「ヘレン、頑張って!ヘレンからの手紙、欲しいな」
「ホントですか!サンドラさん読んでくれます?」
「勿論!」

メイドに言われて文字を習い始めるヘレン。
こんな生活も悪くないかも?と思いつつパンジーはデザートボールに入れてもらったスイカを食べた。

「あ、スイカ。あと32玉になったので」

メイドの声に、スイカの大きさが目の前の一口サイズなら・・・と想像したのだった。
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