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第32-1話   夫婦?の会話①

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ごそごそと寝台の脇でヘレンがタオルなど使用人から洗濯済みを受け取って片付けていた。

「夕食はインゲンのスープだそうですよ。流石侯爵家。いつも違った野菜ですよねぇ。昨日のレタスのスープはシャキシャキも少し残ってて美味しかったんですよ。固形が食べられ――サンドラさんっ!?」


話をしつつ、ヘレンがサンドラの方を向けばサンドラは目を開けていた。

「良かった!私、ヘレンです。判りますか?」

ぱちぱちっと瞬きをする。唇も少しだけ動くようになっていたがまだ喉の奥から言葉が口まで届かない。

「手!判りますか?私が触ってるの判りますか?!」

ヘレンが握るサンドラの手。少しだけ滲んだ水にヘレンは手を握ったまま額に当てた。

「良かったぁ。良かったです」


痺れそうのような毒は濃度が濃いままに与えられると後に残って行く。
ただカトレアも常に屋敷にいるようだったので、何時かは薬が切れる。それまでに何処から仕入れるつもりだったかは判らないが、慣れた頃に屋敷から出て売人と会う予定だったのかも知れない。

――でもカトレアはお金持ってたのかしら――

危険な薬は最初は安くても回数を重ねるごとに高価になって行くとパンジーは聞いた事があった。宝飾品でも売れば買えるのだろうが、宝飾品も多くは侯爵家に持ち込んでいないはず。

――侯爵家の品に手を付ける前で良かったのかも。ヘレン様、様だわ――


瞼が動かせるようになってからは意思疎通が可能になり、掠れた声だが出せるようになると食事の量も増えた。入る量が増えれば出る量も増える。

毒は押し出されるように外に出されて体内でも薄まって行く。
上半身を起こして背にクッションを置き、話せるようになったのはヘレンが来て3週間も経った頃だった。




「調子が良さそうで良かった。食べてみないか?」

色々と食べられるようになるとクレマンがどこで買って来たのか食べ物を持って来る。
ペースト状からマッシュ状になった時、いきなり菓子を持って来てヘレンに叩きだされたクレマンはコッソリと調理長に聞いて買ってくるようになった。


「スイカというんだ。ほとんど水分らしいけど試食して・・・まぁ美味いかなと思ったんだ」
「へーそりゃどーもー。じゃ、そう言うことで」
「いやいや、実は一番美味しい食べ方を市井で聞いたんだ」
「え?お帰りの方向が判らない??」

どうしてもクレマンを追い出したいヘレン。
しかし、クレマンは1秒でも長くパンジーの側にいたい。
バチバチと火花を散らす2人だったが、ジト目の侍女に頼んで半分に割ったスイカ。

クレマンは真ん中をスプーンでくり抜いた。

「ほら!水の玉じゃないけど・・・スイカボールだ。スプーンの大きさと抉る角度が大事で大きすぎると口に入らないし小さいと物足りないだろ?練習したんだ」

「練習?」

パンジーは侍女のジト目の理由が判った。丁度の大きさを追求するあまりに穴だらけになったスイカは使用人さん達が美味しく頂いたのだろうと。

美味しいものでも量が多くなると苦行になる。
が、目の前のクレマンは「もうスイカで腹がパンパン!7個が限界」と笑う。

クレマンが食べさせてくれたスイカは甘くて口の中いっぱいに果汁が広がった。



その頃からクレマンはヘレンに頼み込んでパンジーと2人だけの時間を少しだけ過ごすようになった。

「30分ですからね!30分ッ!」
「判ってるって」
「衣類に乱れがちょぉぉーっとでもあったら次はないですからね!」
「判ってるって」

扉を閉じる寸前にもヘレンは「30分ですよ!」念押しを忘れない。


2人きりになったクレマンは「すまなかった」といつも先ずは謝る。

「禍を転じて福と為すと申します。ヘレンとも会えたんですからもういいです」
「いいや、良くない。そもそもでパンジーが家を出る原因を作った俺が一番悪い。その上に・・・言葉に踊らされて・・・あんな女を側に置くなんて・・・上辺だけ見て感謝してた自分が恥ずかしいんだ」

「仕方ありません。誰だって実の兄弟姉妹を最初から疑ってとなれば相当です。まして私の妹なんですから。私だってクレマン様が意識のない時に御兄弟が来たら合わせると思いますし、毒を飲ませるなんて最初から疑いません。あの子は・・・昔からズルい所がありました。自分を不幸な人間なのだ、格下なのだと相手に思わせておいて懐に入り込むんです」

「だが‥騙された俺が悪い」

「注意が散漫だったかも知れませんね。若しくは自分だけは騙されないと思い込んでいたとか。悪い事を考えている者達はほんの僅かな隙をついてきます。結果として騙された事が判った時に思い込みの怖さや、自分の弱点を知る事が出来たんだからいいんじゃないですか?」

「パンジーは強いんだな・・・アハハ」

「強くなんかないですよ?誰かに期待をするが出来なかっただけです。不器用なんです、私。カトレアのようにすんなりと誰かに縋るのは・・・父にも叱られて頼る前に・・・って考えてしまう癖がついてしまいました」

「もう、俺には期待はしてない?」

「してません。そりゃそうでしょう?どれだけ荷物に手紙も添えたと思っています?文字数の制限もあって、短い文章の中にどうやったら返事をくれるだろうと・・・貴方だって同じ事を何度も繰り返し失敗する者に同じ事をさせようと思います?」

「思わないな。他の事をさせた方が効率がいいと思ってしまう」

「同じです。だから貴方に「夫」を期待するのをやめました。夫が要らないなら妻も不要です。だから離縁届を置いて侯爵家を出たんです。夫に何も期待する事もない、妻として見てももらえないのに居座る理由がありません」


クレマンはそっと1冊のノートを差し出した。
何も言わずに表紙を開き、1枚捲って見開きにするとそこにはあの離縁状がペタリと張り付けられていた。

「わっ!ピッタリ張り付けてる・・・何処も不備ないのに何故出さないんです?」

「出せるわけがない・・・出したら他人になるじゃないか」

――今も他人とどこか違うんですか?――


そして次の頁を開く・・・

「うわぁぁーー(棒)」

「僕の気持ちを全てここにしたためた」

次の見開き、いい加減狭い行を更に2段使いにしてびっしりと書き込まれた文字!
よくもまぁ、インクが擦れる事もなくこんな細かい文字を書き込んだものだとそちらに関心をしてしまう。

「まさかと思いますがこれを読んで感想を聞かせろと?」
「いやぁ‥感想と言うか・・・使用人に聞いたんだよ」
「何をお聞きになったのです?」

「細君も別の屋敷で侍女をしている従者がいて勤務シフトが合わなくて会話が少ない。そこで相手に言いたい事を文字にして伝える。その辺の紙に書くと無くしてしまったり、うっかり掃除で捨ててしまうと伝わっていないから1冊のノートに交互で書く事にしたんだそうだ。会えない時間の過ごし方とか判って、同じ休日には予定も組みやすくなったと聞いて・・・」


クレマンはびっしりと書いた文字を眺めて、「何処だったかな‥」記憶を辿る。

――自分が何処に何を書いたか判らないなら本末転倒でしょう?!――


しかし、書いた事すら忘れるよりはまだいいとパンジーは待った。
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