今度こそ君に返信を~愛妻の置手紙は離縁状~

cyaru

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第30話   やっと判って貰えた

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パンジーの部屋に行くとカトレアは寝台のわきで椅子に座り本を読んでいた。

1つ疑い出すとクレマンはカトレアの本を読む姿も嘘臭く見えて来る。

――最初に感じた違和感が正しかったのか――

フランシスに2度も叩かれ、今も髪を引かれた頭皮がジンジンする。

「あら、侯爵様、クレマン様」

クレマンを見てカトレアが少し頬を染めたが、ユゴース侯爵がもう1人の男を「憲兵さんだ」と紹介するとカトレアの顔に緊張が走るのをクレマンと憲兵は見逃さなかった。



「サっ!サンドラさん!!」

ヘレンはトランクを床にゴトンと落とすと寝台に駆け寄った。

「ちょっと!汚い手でお姉様に触らないで!!」カトレアが叫ぶ。

「サンドラさんっ!どうして…目を開けて!サンドラさんっ!」


サンドラもといパンジーに縋りつき、髪を撫でて名を呼ぶヘレン。
しかし、ピタリとヘレンは動きを止めると再度サンドラの頭を確認するように撫で始めた。


「こんな大きなコブが‥なんで?ここにも・・・ここにも‥」

――あぁヘレン・・・やっと判ってくれる人がいた――

じわっとパンジーの手から水が滲み、シーツを濡らしていく。
シミを作るシーツにクレマンはハッとした。


フランシスの言葉が蘇る。

【ユゴース侯爵家の病人への看護方法なのだろう?初めての試みだったがもっと強く髪を引くのがユゴース流だったか?】

「ど、どいてくれ!!パンジー・・・パンジー」

ヘレンがクレマンによって押しのけられるとクレマンの手はパンジーの頭を包むように撫でた。クレマンの指先に触れるコブ。そして部分的に薄くなった髪。何を意味するのかは直ぐに分かった。

カトレアの肩を憲兵がグッと掴み、カトレアは憲兵を睨み返した。


「聴取の続きがある。来てもらおうか」
「な、何故です?わたくしは・・・」
「話したりない事もあるだろう。拒否をするならここで私が権限を持って強制する事も出来る。そうなれば縄に縛られて荷馬車の荷台でその姿をお披露目をする事になるが?」
「そんな!!わたくしはっ…クレマン様、侯爵様っ!」

カトレアはクレマンとユゴース侯爵に視線を向けたが、クレマンは振り向かずパンジーの名を呼び、ユゴース侯爵はカトレアに冷ややかな視線を無言で向けていた。



★~★

パンジーの部屋ではユゴース侯爵とクレマンVSヘレンの構図で睨み合いが行われていた。

「任せられません!!どんなに貧乏でも!私がサンドラさんの面倒を看ます!」
「パンジーは動かせないんだ。判るだろう?」
「猶更です!こんな・・・2週間も経ってないのにこんなに衰弱してるなんて!!こんな所に置いておけません!だいたいパンジーって何です?この人はサンドラさんです!!」


ヘレンは啖呵を切っているが、2人で生活をするのが簡単ではない事くらいわかる。しかしやせ細り、目を開ける事も出来ないサンドラを放っては置けなかった。

「判った。ではこうしよう」
「どうするってんです?(ギロっ)」

ユゴース侯爵にしてみれば猫が威嚇をしているようなものだが、母猫の前で仔猫に手を出せば引っ掻かれることくらい判っている。なによりヘレンはパンジーの事を一番に思ってくれている事は痛いほどに判る。

「君を私が雇おう。君はパンジーの専属だ。医師や他の使用人と共に君が先ず率先して看護にあたる。それでどうだろう?」

「信用できませんね。こんなコブまで作るような看護をしてたんですから!!それに!こんな状態になるまでどうして放っておいたんですか!」

「そ、それは眠れそうの後遺症で、飲ませる薬もないんだよ」

「眠れそうですって?そんなの!生で齧っても数日寝たら、あ~爽快!って起きるだけですよ!」


オレール村にヘレンがやって来た時、サンドラの住んでいる小屋までのあぜ道の脇には色んな草が生えていた。それまで碌に草も生えなかったので貧しい領民は草を千切って食事の1品にしていた。

その中で危険なのは狂いそうくらい。しかし暴れる者も2、3日縛っておけば正気になった。眠れそうだって同じ。腹が張るほど食べても2、3日。長いもので4日昏々と眠って目覚めればスッキリ!「あ~腹減った」と経験をすれば狂いそうや眠れそう以外の草を食べていた。

ユゴース侯爵には目から鱗。
まさか「あ~爽快」なんてくらいに食ている者がいたとは知らなかった。


「まさか…眠れそうの事を知ってるのか?食べた事があるのか?」
「食べませんよ!美味しい賄があるのに!」

ヘレンはサンドラもといパンジーが雇われた1年後に女将に買われた。ヘレンが来た頃には水は美味しいし、賄もほっぺが落ちるくらいに美味しかったのだ。

ただ、宿屋や食堂で働いていない者は賄は食べられない。
仕入れ業者から話を聞いて知っているだけである。


「判った!では、新しい案だ」
「今度は何です?(ギロっ)」
「パンジーの世話は君だけに任せる。その上で困った事があれば遠慮なく申し出て欲しい。君の指示に従うと皆には申し付けて置く。これでどうだろう?」


ヘレンはサンドラを見た。
「そう言えば」とさっきサンドラの手を握った時、水が出た。

ヘレンはジィィっと手のひらを見た。

――やっぱり!サンドラさんなんだ――

ヘレンの手はここ数日で女将に買われる前のように荒れてしまっていた。
トランクを持つにも節にあるあかぎれがぱっくりと口を開いてしまうほどに。
宿屋や食堂であんなに水仕事をしても一切手荒れがなかったのに、たった10日ほどで手が荒れたのだ。

そう考えれば合点がいく。サンドラがいなくなって一番先に調理用に水を汲み上げた調理長は何も違和感を感じなかった。でも、ヘレンが水を汲んだ時、水はもう臭いを伴って腐り始め時間が経つにつれて酷い状況になった。

ヘレンにはサンドラにどんな能力があろうと利用する気はない。
親にも売られ、田舎を出る時に他の兄弟姉妹は見送りにも来なかった。家族に捨てられたヘレンはサンドラをただ仲の良い同僚ではなく、姉のように慕っていた。

ヘレンはサンドラの手を握る。

「サンドラさん良くなるまでここにいますか?私も側にいます」

じわっと握った手から水が滲んできた。

「侯爵様の提案で良いですか?」

またじわっと握った手から水が滲んできた。
今度はさっきのと相成ってぽたりと雫がシーツに落ちる。
それを見てクレマンがヘレンの手ごと包むように手を握った。

「パンジー!ごめんな。俺も協力するから!!」

サンドラの手の平はしっとりとはしていたがスゥっと水気が引いた。



ヘレンは付きっ切りでサンドラの世話をしたが、どうにも気に入らない事がある。
寝台を挟んだ向かい側に椅子を持って来てクレマンが鎮座している事である。

「夜ですよ。さっさとお休みください」
「いや、こうなったのは俺の責任でもある。付き添いたいんだ」
「じゃぁ、座ってるだけじゃなくて、はいっ!水差しに新しい水!」

グイっと差し出される水差し。クレマンはヘレンから受け取ると部屋から出て行った。


「全く!女性の部屋にこんな時間まで!!躾が成ってません!」


ヘレンは強かった。
平民のヘレンには王太子フランシスも「王子様?へぇ~」としか映らない。あまりにも高みにいれば存在がないと同じで、迎えに来たというフランシスに「今動かす?殺す気ですか?」と一蹴し追い払った。

フランシスも瞼すら自力で開ける事も出来なくなった状態を医師に問い、動かす事は残った体力も奪うし、馬車の揺れに耐えられるかか賭けになると言われた事から、ヘレンに任せると一旦引いた。


ヘレンは唯一のクレマンの特技と思っている洗面器の水を適温にする魔法。
その水に布を浸すとギュッと絞ってサンドラの顔を拭いた。

信用できないかも知れないが、悔しくても出される物以外にヘレンが用意出来るものがない。
優しく、優しくあてるようにしてサンドラの顔を拭く。

カトレアによって飲まされていた痺れそうの効力が切れ始めたのは4日後だった。
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