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第29話   憲兵の疑問、クレマンの痛み

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フランシスが去った後、クレマンは思い切り引っ張られた髪がある部分に手を当てた。

――いったいなんだと言うんだ――

モミモミと手で痛む部分を揉みほぐしながら父のユゴース侯爵を見るとフラフラと執務机に向かい、椅子に腰を下ろすと引き出しを開けて白い用紙を取り出した。

「何をされるのです?こんな時に執務ですか?それよりも抗議文を送ってください!」
「抗議文?あぁ…そうだな・・・だが王太子命令の前に抗議文の効果など・・・」

また引き出しを引いたユゴース侯爵は動揺をしているのか、引きすぎて引き出しが外れ、音を立てて床に落ちると中身が散らばった。「拾わないと」と言いながらまた次の段の引き出しを引く。

王太子命令など戦時中も一度も出なかった。
貴族にとっては「命令に従わない者」という烙印を押される事にもなるし、何よりもその理由が「次期当主の妻を側妃に迎える」とあれば前代未聞。

誰がどう聞いても「女性を保護する」としか捉えられない。
と、言うことは命令を出されたユゴース侯爵家はだと広く知らしめる事にもなる。

ユゴース侯爵にも何の事だかさっぱり解らなかった。


重い空気が流れている部屋に従者が来客だと知らせに来る。

「誰だ?先触れはなかったと思うが」
「それが・・・おそらく同一人物ではないかと憲兵と共に女性が1人・・・パンジー様を訪ねて来られているのですが」

<< 憲兵? >>


ユゴース侯爵とクレマンは顔を見合わせる。

「何でもオレール村で働いていたサンドラさんという方が名前は違うけれど背格好など容姿が似ている事と、居なくなった時期が合致すると・・・あとパンジーさんが持っていたトランクによく似たトランクも持っています」

「オレール村だって?!父上!パンジーを私が見つけたのはオレール村です」

「そうか、ならば会うか。帰って貰うにも憲兵と一緒だ。これ以上何かあってもな。判った。ここに通してくれ」


怒りのままにフランシスが去り、次は憲兵と共に女性が来る。
クレマンが戻って来て喜んだのもつかの間。今日は厄日なのだろうか。
ユゴース侯爵はこめかみをぐりぐりと指で押して女性客を迎える事にした。


「あのぅ…私、ヘレンと言います」

見るからに平民の女性ヘレン。貴族は目上から声を掛けてそれから挨拶をするのだが平民であるヘレンは知らないのだろうとユゴース侯爵はクレマンと共にヘレンと向き合った。

「あの…探していたのはサンドラさんでパンジーさん??ではないんですけど、憲兵さんが…」

ヘレンはちらりと憲兵を見る。
憲兵はユゴース侯爵家に連れて来た理由をユゴース侯爵とクレマンに語った。




★~★

ヘレンは王都に来て労働庁で未払いだった給金だけでなく、それまで時間外労働としていたと思われる時間、全てではないが割り振りでいくらかの金をもらった。

オレール村に帰る皆と別れてヘレンが向かったのは憲兵団。ただ憲兵団に行こうと思ったのではなく田舎では軍服のような制服を着ている者が場を仲裁したり、野盗を捕縛していたので見かけた軍服姿の男性の後を歩いて辿り着いたのが憲兵団だった。

そこで聴取などをする留置所から拘置所へ連行されるアランを見かけた。

「あれ?お客さん・・・」
「知っているのか?あの男を」
「いえ、お名前や素性は判りませんが、以前にかなり連泊をされて・・・そう!サンドラさんをパンジーとか呼んでたご一家のお一人です。その後、私は客室の係じゃないので判りませんが食堂で3日、4日だったかな?来られてました。そのあと直ぐにサンドラさんがいなくなったんです」

「変だな・・・その話を詳しく聞かせてくれないか?」

憲兵はアランの他に駆け込んできたカトレアからの調書も読んでいたが、双方の調書の内容は食い違いが多かった。しかし、重傷を負っているカトレアを「被害者」として見てしまったのは、アランがパンジーを小屋に連れ込んでいたその場を押さえたからでもある。言い逃れの出来ない現行犯だ。


憲兵はヘレンを聴取室では緊張するだろうと談話室に連れて行き、聴き取りを行った。


「では、その男は3日は泊り、4日めは泊まらなかったが昼食は食べたと?」
「だと思います。お部屋は判りませんが受付の列には早い時間から並んでいましたし、雑魚寝部屋もありますから泊まれなかったとは思えません。泊れないのに翌日王都から又出直せば受付の時間には間に合いませんので泊ったはずです」


ヘレンの言葉はアランの供述調書と一致した。
そうなるとカトレアの調書、いや医師の診断書もおかしなことになる。

医師の診断ではカトレアが重傷を負い、這うようにやって来たのはアランが宿屋に宿泊をしなかった4日目。

カトレアの調書にはアランに暴行を受けたのは昼間で診察は夕方。
酷い暴行をした後に優しく寄り添うのはDV夫にありがちな行為。
1人で診察を受け処置をしてもらったカトレアが部屋に戻るとアランはいなかったとある。医師の診察でも流血がまだあったとあるので時間は然程経っていない。

しかし昼間に暴行をしたのなら4日目のランチを食堂ライトで取れるはずがない。

憲兵はヘレンが言う「サンドラ」がアランの誘拐した「パンジー」なのかの確認を取ろうと考えた。
アランはルド子爵家の一員でカトレアの夫。

アランが誘拐をしたのを「パンジー」と言っていたのはアランとカトレアしかいなかった。
ルド子爵に確認をしようにも、どこかに日当稼ぎに働きに出ていると何日経っても明け方に出て行き深夜に教会に帰宅するルド子爵夫妻と会うこともできなかった。

「サンドラ」を「パンジー」と間違い、その上で誘拐をしたのならユゴース侯爵家に別人を保護させてしまった事にもなる。間違いなく大問題だ。

同時にカトレアを最初から「夫に暴行を受けながらもじっと耐えていた妻」と位置付けてしまった事にも疑問を抱いた。

★~★


「そうで御座いましたか…」
「今からでも良い。彼女をその女性に面通しさせてもらえないだろうか」
「人違い・・・なんていう曖昧ファジーな物ではないようですな」


半信半疑のユゴース侯爵。

しかしクレマンは「サンドラ」の名には覚えがあった。
カトレアの知らなかった部分を聞かされて、フランシスの突然の怒り。

クレマンは指が皮を破って食い込むほどに拳を握りしめた。
怒りを抑え、ヘレンと憲兵をパンジーの部屋に案内をする事にしたのだった。
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