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第28話   王太子殿下の御成ぁり~

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ベンハーとリノが「拾った」と届けたのは間違いなくクレマンの愛馬、ウィー号だった。

「妹のようなものですと言ってたのにな・・・何かあったんだろうか」

王太子フランシスはポツリと呟く。

ブルルそれがねブルルあったのよッ」
「そうか、そうか。水が欲しいのか?」
フンッ!ブッルゥちゃうわ!」
「待て待て。ちゃんと汲んでやるから。こう見えて私は馬の世話も出来るんだぞ?」
・・・・・・馬丁の真似でしょうに


意思疎通の出来ない1人1頭
だが、ウィー号は久しぶりに人間を背に乗せてちょっとだけご機嫌。
向かう方向に「わーい!お家だー!」とカッポカッポひづめも軽い音を立てる。


「アポなしの凸になるんだが…クレマンは家にいるかな」
「フンスフンス・・・フンス。ブルいるッ!」
「お前は食いしん坊だなぁ。漂う香り・・・カレーかぁ気持ちは判るぞ?」
・・・・・・・クレたんの香りなんだけど


やはり意思疎通の出来ない1人1頭はユゴース侯爵家の正門にやって来た。門番も王太子フランシスの顔くらいは知っている。

そして、5年以上前に主の子息と共にいた馬にも見覚えがあった。

「これは殿下!お目にかかれるなんて!今日は良いとこばかりです!!」
「良い事?何かあったのか?」
「はい!クレマン様がお戻りになったのです!」
「そうか!ではクレマンは本宅に?」
「はいっ!旦那様もお喜びになって。お待ちください。今連絡をします」
「手間は掛けずともよい。邪魔するぞ」


かつて司令官だったクレマン。時折王都に帰還した時はフランシスもユゴース侯爵家にも何度か招かれた。
フランシスはゆっくりとウィー号を歩かせていたのだが突然ウィー号が門道をそれて植え込みの中を走り出し、垣根を軽くジャンプ!小さな池も踏み切ってジャンプ!まるで障害馬術競技のように乗り越えて行った。

「どうしたんだ?ウィー号」

ウィー号は中庭に出ると1つの部屋の中が覗ける窓に近づき、耳をピン!と立てた。

騎乗したフランシスはそっと窓から中を覗く。

「何をしてるんだ?」

そこには寝台におそらく女性が横たわっていて、寝台わきにいる女性は寝ている女性の頭を叩いたり、髪を引っ張たり・・・有り得ない光景がフランシスの目に飛び込んできた。

ウィー号の耳はピンと立っていたのに、後ろに倒していて、なんなら首をこれでもか!と胴体に引っ付けるように引いていた。

――ウィー号が不快感?いや…これは怒りか?――

「いや、それよりも」

悍ましいものを目の当たりにしたフランシス。即座に窓から部屋に入ろうかと考えたが、部屋の中が見える場所と窓には微妙な距離があり、ウィー号の大きさを考えると帯に短し襷に長し。
侵入者を防ぐ造りになっていて、窓を外から叩く事も出来なかった。

フランシスはウィー号の手綱を引き、反転させると向かいの窓に行き、覗き込んだ。そこにユゴース侯爵とクレマンが見えた事に、窓をこんこんと叩いた。


「これは殿下!!こんな場所で何をされているのです?!」

音に気が付いたユゴース侯爵は慌てて窓を開けてフランシスに声を掛けた。
クレマンも駆け寄って「ウィー号!!」声を上げた。

ウィー号の背から降りたフランシスは後から探して追いかけて来た門番にウィー号の手綱を渡す。
馬を降りるとフランシスを見下ろす位置になるため、ユゴース侯爵は掃き出しの窓を開け、部屋の中にフランシスを迎え入れた。


「殿下、本日は――」
「挨拶は良い。それよりも説明をしてくれ」
「説明と言いますと?」

何の事だか判らないユゴース侯爵とクレマンは顔を見合わせ、同時にフランシスを見た。フランシスは「あれだ!」と庭を挟んだ向かいにある部屋を指差す。

「あぁ、それなら」とクレマンの表情が緩んだ。

「パンジーの部屋を見たんですか?今は起き上がれないんですが、妹のカトレア殿が世話をしてくれているんです。私は以前カトレア殿の婚約者だったんですが、今、父に経緯を聞いたところなんです。彼女はには感謝しかありません。献身的に世話をして――」

バチン!! 突然クレマンの頭をフランシスが平手で叩いた。
続いて、その手でクレマンの髪をひと房、無造作に掴み引っ張り上げた。

いたっ!何をっ!殿下、何をされるのです!」
「殿下、お手を!髪が千切れてしまいますし、何故このような・・・」

振り払うようにしてフランシスがクレマンの髪から手を離すと反動でクレマンの体は床に転びそうになった。はらはらと少し千切れたクレマンの髪が床に落ちる。

「話にならん。ユゴース侯爵。何時の間にここまで耄碌されたのか」
「も、耄碌?!殿下、それはいったい‥」
「殿下!いきなりやって来て何なのです!」

冷たい目でクレマン、そしてユゴース侯爵を見たフランシス。
クレマンは長くフランシスと共に従軍をしていたが、ここまで蔑んだ目で見られたのは初めてだった。

「クレマン、貴様、5年前に確か嫁御から三行半を突きつけられていたな」
「た、確かに・・・ですが届けは出していませんし、パンジーは療養していて‥」
「あれが療養と?ユゴース侯爵家の常識を疑う」
「殿下、それはあまりな言いようで御座います!当家にいったい――」
「どうでもいい」
「は?」


まだ、どうしてフランシスがこんなに怒りを露わにしているのかが理解出来ない2人。
そんなユゴース侯爵とクレマンにフランシスは言い放った。

「パンジーを私の側妃に迎える事にする。異論は許さん」

その言葉の意味は理解出来たクレマンは思わずフランシスの胸ぐらを掴みあげてしまった。

「お戯れが過ぎませんか?フランシス王太子殿下ッ!」

フランシスはもう一度、今度はクレマンの側頭部を叩き、また髪を掴みあげた。

「うぐっ。また・・・何をされるのです!」
「何をだと?ユゴース侯爵家の病人への看護方法なのだろう?初めての試みだったがもっと強く髪を引くのがユゴース流だったか?」

フランシスは更に髪を引く手に力を込めた。
クレマンの顔が歪んでいく。

「確かに嫁御殿との事には私にも詫びねばならない事はある。だが、惚れただなんだと言いながら、寝たきりの病人となっても!!あのように甚振るために望んだのなら話は別だ。詫びる必要など微塵もない。妃として我が側に置いた方が余程に療養となろうものだ。捕虜には拷問する事を体を張って止めたお前が・・・随分と私は見る目がなかった愚か者だったようだ」

「さっきからいったい何なのです!どうして私がパンジーを!!まるで虐げて甚振っているようなお言葉!矜持にかけて看過できません!」

「そんな魔獣も食わぬような矜持。胸を張って言えるお前をこの場で叩き斬らない私の我慢を褒めて欲しいものだ。いいか?これは王太子命令だ。パンジーは側妃とする。直ぐに城に戻り使いを出す。王位太子命令の意味が解るな?」

フランシスはそう言い残すと「お待ちください!」と声をあげるユゴース侯爵の言葉にも振り返らずに外に出て、ウィー号の手綱を預けた門番から再度手綱をもらい受けると颯爽とウィー号に跨った。

クレマンはウィー号の仕草にも目を疑った。
ウィー号はクレマンを見て目を三角にし、歯を噛み締めていた。馬が強い不快感を示す仕草。それはクレマンに向けられていたのだ。

ブフッあんたブホホンッ見損なった!」
「行くぞ、ウィー号。城までひとっ走りしてくれ」
ヒヒヒィィーン任せといて!!」

ウィー号の甲高い嘶きにユゴース侯爵の部屋の向かいの窓があき、カトレアがこちらを見ている姿がクレマンの視界の端に入るがそれどころではなかった。

フランシス、そしてウィー号の怒りが本物だと知ったクレマンは慌てて手を伸ばしたが、フランシスを乗せたウィー号は土を蹴り上げると空に舞い上がり、宙を走って行ってしまった。

クレマンの手は空を切っただけで何も掴めなかった。
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