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第27話   よし!王都に行こう!

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それまでどんな法外な料金をお品書きに書いても強気に出れば財布を開いた客が来なくなった。

それまでの評判を聞きつけて、もう一度募集をかければ雇ってくれと人は来たのだが、誰がどんなに掃除をしてもヌメリは取れないし、水そのもののトロミも取れない。

強欲な女将も「これは不味いかも」とやっと判ったのは、軍隊でも「今日は働かされたな」と思うのは12時間前後。捕虜にだって10時間以上のプライベートな時間は与えるものになのに、隠していたシフト表が見つかり、毎日休みも無く一番働いていたのがサンドラ。

少ない日で19時間、長い時は泊り番を経て翌日勤務となるので43時間と言うものがあった。一番短かい時間を働いていたのはヘレンだがそれでも1日18時間。明らかな「就労規約違反」でヘレンに至っては住み込みと言うこともあって、部屋代などの名目で給料の9割を詐取していた。

いい加減肌トラブルや、下痢などの症状を訴えるその日の泊り客に全財産をはたいてなんとか示談に応じて貰えたのに、逃げ出した従業員の数人が訴え出た事で領主と女将は王都にある労働庁の役人とご対面する事になった。初のご対面になる役人は他にもいた。「税務庁」の役人である。


労働庁の役人はシフト表などは捜索するけれど、基本は現状を見てどうだったのかを判断する。何よりも女将が恐れたのは税務庁の役人。ここに来たと言うことは脱税を疑われての事だとすぐに判る。

単なる調査であれば、数人なのに税務庁の役人の後ろには「解体業」を生業としてるんだろうなと思われる屈強な男が何人もいた。

役人同士、縦割りに対し横割りのやり取りは苦手と聞くがそうでもなかったらしい。

「今から、強制査察を行う。嫌疑は十分だから原状回復などは自費で行なうように」
「そんな!待ってください。壊されたらもう商売が出来ません」
「昨年の売り上げだけでこの家屋、同規模のものは数棟建てられると思うが?」
「そんなお金はもうありません!補償に使ったんです」
「瑕疵があるなら補償をするのは当然。だが、補償の前に納税が義務だし脱税は違法だ。やれっ!」

号令がかかると男達は建物の中に入って内壁を壊す。
壁の中に不正に蓄えた財産を隠す者がいるからである。

次に床がベリベリと剥がれた。床下に隠す者がいるからである。
その次は天井が落とされた。こちらも天井裏に隠している場合があるから。

涼しい顔で防塵マスクを装着した税務官は埃が舞う中、女将に告げた。

「一番外側の壁と屋根、建物の骨組みは残る。安心しろ」

全く安心できる要素がない。強制査察が終われば、家の中に入って壁の板1枚向こうは外だし、上を見上げて見える板の向こうは空だと言うこと。足元は土がむき出しになり、剥がされたそれまで壁や天井だったものが瓦礫になって部屋の中に山を作っている。

2階建てであろうと3階建てであろうと強制査察が終わると平屋になる。
階段も全て目視では解らないと分解され、上階の部屋も同じように壊されるからである。

「ありましたー!現金です!」

その声に一番驚いたのは女将本人。何処に有ったのか、査察官と向かってみれば住み込みの使用人の部屋。壁の板の割れた部分に「ヘレン」とたどたどしい文字が刺繍された巾着袋の中にあった。

「額が7万‥‥少ないな。これはここの部屋にいた元従業員の私物だろう。手続きをして本人に戻してやれ」

隠している金があればとっくに使っている。
なんせ補償をした人間の中には裏社会で幅を利かせる大物だっていたのだ。
命が無ければ金は使えない。川に骸となって浮いた時にはもう遅いのだ。

結局食堂ライト、宿屋レフトは本当に外観のみのを残し何も無くなった。
次は領主の屋敷。こちらは贅沢をしている時に買ったと思われる調度品などが次々に押収をされていった。壁の中には帯のついた現金も見つかった。

妻に内緒にしていた領主のへそくりだが、勿論押収された。


久しぶりに大勢の人間で、ある意味オレール村。
かつての従業員であった調理長や清掃夫、駐車係だった男達はその様子を遠目で見ていた。

「よし、明日は王都の労働庁に行こう!!」

未払いの賃金、未払いの食材費などは優先的に支払ってもらえる。女将は払わないと言ったし、彼らも要らないと啖呵を切って出たけれど、貰えるものは貰わないと!!

「ちゃっかりも時には身を助ける!」

誰かがそう言うと、全員が笑った。




お試し期間の者はこの場にいない。

「お試し期間の人はいいんですか?」

ヘレンはちょっとでもあるなら一緒に行った方が良いんじゃないかと思ったが・・・。

「みんな逃げてしまって借りていた家ももぬけの殻。地元の人間じゃないから探しようがないよ。どこから来たのかも判らないしさ」

「そうなんですね…借りていた家と言えばサンドラさんの家は?」

「丁度今月が更新だったらしい。来年分の家賃は貰ってないそうだから取り壊すそうだ」

「荷物を預かってもいいでしょうか。いきなり来なくなったし、何かあったのかも知れません」

「男がいたから・・・あれは迎えじゃないかと思うんだ。実は王都でお貴族様で、事情があって家を出てたんじゃないか?あの男の乗ってた馬は相当な馬だ。耕すのに農具を引かせるような馬じゃないよ。サンドラさんは何となく平民っぽくない所もあったからな」

「そう言えばサンドラさんは文字も書けたし、読めたし…お勘定の計算も早かったです」


夕方、出立の前にヘレンは数人とサンドラの住んでいた部屋に行き、自分なら持って行くと思った荷物を寝台の下にあった小ぶりなトランクに詰めた。

「トランクがあるなんて・・・本当に貴族の方だったのかも」

必要最低限の物しかない部屋。トランクに入らない分は数日世話になっていた女性が「同僚のよしみだ」と預かってくれることになった。


「トランク持ってると、いいとこのお嬢さんが旅行っぽく見えるね」
「そんな事ないですよ」
「でも王都にいるとは限らないだろう?居なかったら帰りも荷物になるよ?」
「仕事も無くなりましたし、補償金が出るなら王都で住み込みの仕事を探してみようと思ってるんです。実家のある村に帰っても居場所がないので。えへっ」
「若いのに偉いねぇ…」

行く当てのないヘレンは給仕係をしていた女性の家に身を寄せていた。
空を見上げると一番星が顔を出していた。

――王都でサンドラさんに会えるとイイナ――

ヘレンはきっと最後になるであろうオレール村での食事を女性の一家と共に頂いた。
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