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第25話   拾得物は届けましょう

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食肉業者に売られてしまったウィー号。

しかし、あまりにも見事な毛並みと艶の良さ。
これは肉にするのは勿体ない、息子リノに乗らせようと商会の会頭ベンハーはウィー号をへそくりで買い取り、自宅の厩舎に連れ帰った。

買い取ってから数日、連れて帰らなかったのは今日が息子リノの誕生日だから。
一般兵ではあったが、班長まで務め戦勝パレードでは借り物の馬だったけれど騎乗し民衆に手を振った。

ベンハーはその時のリノの雄姿が今も瞼を閉じれば浮かんでくる。
これは是非とも馬にまた騎乗してもらい、颯爽とした雄姿を拝みたい!
親ばかと言われても良い!35歳になっても子供は子供である。

しばらくは加工場の食堂で使うミルクを供給する牛と共に生活をしていたウィー号。

フンフンと鼻息荒いベンハーに連れられて豪華なお宅にやって来た。

「見てくれ。素晴らしい馬だろう?女の子だからな。リバテイベルなんて名前はどうだ?「イ」は小さくないほうだ。可愛い名前だろう?」
「んん?この馬・・・どっかで見た気がするんだけど‥」

リノは「うーん。何処だったか」と考え込んだ。

「こんないい馬、1回見たら忘れるわけがない。気のせいだろう。で、名前を――」
「いや、絶対に見たことがあるんだ・・・」


ベンハーが数日考えた名前を聞く気も無いリノ。

ウィー号の腹を撫でていると、ベンハーが「そう言えば鞍をつけてたんだった」と従者にウィー号から外した鞍を持って来させた。

鞍をウィー号に付けようとして、リノが叫んだ。

「思い出したっ!」
「うわっ!びっくりするじゃないか!お前の大声は心臓に悪い」
「クレマン司令官が乗ってた馬だ!そうだ!間違いない!」
「クレマン?あぁユゴース家のご子息か。若いのに武功の数は断トツ。お前も憧れていたよなぁ」

ベンハーの言葉などどこ吹く風。
リノは鞍に家紋でもあれば大変な事になると鞍を再度外し、内側を見るべくひっくり返した。

「なんだこれ・・・」

鞍の内側。補強用に縁取りをした箇所に一辺を嵌め込んだか捩じ込んだような小さな袋を取り出し、中を覗いた。


「親父・・・ガチで不味いかも」
「何が不味いんだ?」
「中身・・・胸章が入ってる・・・なんでこの馬を買い取ったんだよ!!」

おらおら!!っとリノは小さな袋をベンハーの鼻の前で揺らせる。

――そんな事言われたって‥そこまで見てないよ。軍人経験ないんだモン――


「いや、処分してくれればいいからって若い女が売りに来たんだよ!世話が出来ないって言うから!」
「だとしてもだよ!売る時にさ、こんな大事な物をそのままにするか?これ・・・きっと盗んだんだよ・・・盗んだから鞍の内側に胸章がある事も気が付かなったんだよ」


胸章は軍を辞めても身分証として使用できる。
一般の通行証と違って、この胸章は王城の門も見せればくぐれるので悪用される可能性を考えれば馬を売る時に取り外すはずだ。

色ごとに何処の所属だったかも判るし、そもそもで胸章をしている人間など極少数。直ぐに身バレするし、死ぬまで恩給が支払われるため、この胸章だけで金を貸してくれる金融商会はごまんとある。

馬を食肉に買い取ってくれと言う者は確かにいるが、売る前に胸章で金を借りる事が出来るなら借りまくった後で売るはず。

――もしかして、もう金を借りまくったあと?――

思いが重なったベンハーとリノは顔を見合わせた。
と、言うことはこの胸章は早めに本人に届けるか、軍に「拾得物」として届けねばならない。


どちらが良いかと考えたベンハーとリノ。

<< 軍に持って行こう! >> やはり親子。気が合う。


馬の盗難もだが、胸章で金を借りている可能性を考えれば本人に持って行っても、本人が金を借りていてバックレるつもりで胸章付きで子飼いの女に売りに来させた可能性もある。
盗まれたと言えば罪は軽くもなる。

リノの心の中で、クレマンはそんな事をするはずがないと思ったが、人はある日突然豹変する事がある。

帰還して文字も読めなかった者が子供たちに文字を教えているのも知っているし、酒も賭け事もやらなかった者が賭博に狂いアルコール中毒で医療院の世話になったケースも知っている。

息子リノへの贈り物だったが、こうなっては仕方ないとベンハーはリノと共に馬を連れて軍隊の駐屯地に向かった。



★~★

カリカリと固いテーブルの上で書面にペンを走らせるベンハー。

「リノじゃないか。どうしたんだ?もう一度軍に戻る気になったか?」

気安く声を掛けてきたのは王太子フランシス。
今日は士気高揚のための慰問に訪れていた。

戦は終わっても、小さなイザコザはまだ各地で頻発している。常に臨戦態勢の気持ちでいるために訪れているのである。

「こ、これは!フランシス王太子殿下におかれましてはご機嫌麗しく――」
「ないんだよねぇ…万年人不足で」
「さ、左様で御座いますか。。。」
「で?今日はどうしたんだ?」
「いえっ!父が拾得物を!!」
「拾得物?何を拾ったんだ?」
「はい!馬と胸章でありますッ!」


買い取りましたと言えば非常に都合が悪い。買取の時に何故通報をしなかったかと問われてしまう。冷や汗がダラダラと背を伝うベンハーとリノ。

しかしフランシスはテーブルに置かれた小さな袋をヒョイと手に取った。

「この袋、どこかで見たなぁ…」
「‥‥(ごくり)・・・」

ベンハーとリノはもう生きた心地がしない。
心の中はもう、家に飛んで帰りたい気持ちでいっぱい。

「あ…これ、クレマンの。な?そうだろ?」

――同意を求めないでぇぇぇ―― リノ心の叫び。

「あれ?知らなかったっけ?まぁホイホイ出すものじゃないからな」
「ふ、不勉強で申し訳ありませんっ!」
「いやいや、知らなくて当然だよ。この袋を作ったのは私だし」

<< えぇっ!?殿下がっ?! >>

「親子で声を揃えて驚かないでくれよ。王子時代に配属をされた時にボタンくらいは自分でつけられないと周りが困ると言われて裁縫を習ったんだ。初めて作った袋だよ」

――ま、まぁ‥3方のみのですしね――

「大事にしてくれてたんだ。なんかこう言うのって嬉しいよね?」
「は、はい!感激します!」
「感激まではしないけどさ。あれ?でも馬もって言ってなかった?」
「はい、馬はここには入れないので外に繋いであります!」
「外?」
「はいっ!」


フランシスはクイっと親指だけを立てて「外」と問い、そうだと聞くとフラフラと外に向かった。

<< はぁ~。緊張したぁ >>

ベンハーとリノは緊張の解け方も一緒だった。
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