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第24話 クレマンの帰宅
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ユゴース侯爵家でも異変が起きていた。
以前パンジーがいた頃と同じく、ユゴース侯爵夫妻や使用人の体調や肌の状態が改善されたのである。傷みかけたトマトも、千切って少し萎びたり、切り口が茶色くなった葉物野菜も水にサッと通すだけで採れたてのような食感になり、味も濃くなる。
カトレアも同じで、教会に身を寄せていた時は湿疹も酷かったし、肌も荒れてボロボロ。女神の申し子と言われていた名残もなかったのに、今では実年齢よりも5歳は若く見えて10代と言っても誰も疑わない。
侯爵家の使っている化粧品も良い事もあって、肌へのノリもよく嗜みとして薄く引いただけなのにまるでビスクドールのようだと使用人達もカトレアを褒め千切った。
ある日の午後、旅装束の男が何やら慌ててユゴース侯爵の部屋に飛び込んでいった。
パンジーがユゴース侯爵家にきて12日目の事だ。
ユゴース侯爵の執務室はパンジーの置かれた部屋の庭を挟んだ向かいにある。
窓から見える侯爵の様子にカトレアは見入った。
「おぉ帰ったか。隣国の様子はどうだった?」
「旦那様、隣国どころでは御座いません!クレマン様が王都に入れずにいます!」
「なんでまた、そんな事に。通行証は持っていただろう」
「それが、馬を盗まれ着の身着のままで御座いまして」
「何をやってるんだか。パンジーさんも戻ったと言うのに。本当に世話の焼ける息子だ」
ユゴース侯爵は直ぐにクレマンが王都に入れるように書面を作成した。
カトレアに読唇術は使えないし、窓を閉めているので声も聞こえない。
何を話しているのかがカトレアには気になって仕方がなかった。
と、言うのもカトレアはパンジーの恩人としてユゴース侯爵がパンジーが回復するまでと言う約束で受け入れてもらったのだ。
★↓~↓★
パンジーが医療院を経てユゴース侯爵家に運ばれてきた時、カトレアも一緒だった。カトレアはユゴース侯爵夫妻の前に駆け寄ると、床に額を擦りつけんばかりに謝罪を繰り返した。
『わたくしのせいでっ!!お姉様がこんな事に・・・本当に申し訳ございませんっ』
『いや、君も骨折まで・・・こんなに酷く殴られて辛かっただろう』
『いいえ、元々わたくしがクレマン様の婚約者でしたが・・・夫のアランに・・・。とても侯爵家に嫁げる体ではなくなったのです。もっとしっかりと体を守っていればご迷惑もかける事はなかったのです。全てわたくしの落ち度なのです。こんな不幸体質も加護と受け入れて来たのですが…うぅっ』
ぽろぽろと涙を溢し、まるでアランに手籠めにされたとも聞こえるようにユゴース侯爵に語るカトレア。ここでも『自分が不幸であるばかりに』と落ち度を強調する事は忘れない。
ユゴース侯爵家には【婚約者を入れ替えたい】としか伝えられていない。
ユゴース侯爵にとっては理由などどうでもよかったのだ。
クレマンが望んだのは元々カトレアではなくパンジーだったのだから。
――そんな事情があったのか。それは交代もやむを得ないな――
結果として妊娠はしなかっただけで、妊娠が判明するのは後日になる。事が判っていて侯爵家に嫁がせ、運悪く妊娠でもしていれば托卵となる。
托卵は場合によってお家取り潰しの処罰もされかねない貴族にとっては重罪。ルド子爵も可能性がある以上婚約を継続させる事は避けたかったのだろうとユゴース侯爵は結論付けた。
『それでもわたくしは夫を愛そうと努めたのです。ただその努力が足らなかったのです。時が薬と申しますように・・・夫にも情がわき・・・ですが夫の心は常にお姉様に御座いました。ですがっ!!お姉様をこんな暴力の元に晒す事は出来ないと・・・くい止めようとしたのですがここでも・・・うぅっ。わたくしの力が及ばす・・・』
『しかし、君が憲兵団に駆け込んでくれたおかげでパンジーさんは事なきを得た。とても感謝をしているよ』
『侯爵様、図々しいお願いでは御座いますが、わたくしをここに暫くおいてはくれませんか?』
『それはまた・・・どうして?』
『こう言っては・・・失礼だと判っています。ですが・・・お姉様が侯爵家を出てしまったのは・・・夫のアランへの思いが断ち切れなかったからだと。いいえ!お姉様はそんな事は一言も言っていません。ですが判るのです。ずっと・・・仲の良い姉妹でしたから・・・両親はお金の事しか頭になく、お姉様はいつもわたくしを庇ってくださっていたのです』
『だから・・・そうか。ルド子爵の言動には思うところが私にもあるよ』
『まぁ…父が・・・お恥ずかしいです。こんな家の恥部を・・・。ですがわたくしがこの姿を見せればお姉様も夫のアランへの気持ちも冷めると思うのです。お姉様の前では良い顔しかしなかったけれど・・・人を人だとも思わず、扱う非道さを・・・折れた腕を見て感じ取って下さると思うのです。そうすればお姉様もクレマン様との未来に歩いていけると』
ユゴース侯爵夫妻にとってもカトレアは憲兵団からの報告によれば【恩人】でもある。
5年前、パンジーがユゴース侯爵家を出て行ったのはてっきりクレマンの有り得ない対応が原因だとばかり考えていたユゴース侯爵夫妻。
夫人はポツリ『本当かしら』と呟いたが、カトレアの言葉を否定する材料はない。
姉妹であれば他者には言えない胸の内を話す事もあるだろうし、墓まで持って行く秘密もあるだろうとパンジーが回復するまでという条件付きでカトレアを受け入れたのだった。
★↑~↑★
――何を話してるのよ!あぁ苛立つわね――
カトレアはギリリと歯ぎしりをしたが、その理由は2時間後には解決された。
「いったい、何処で何をしてたんだ。馬を盗まれるなんて」
玄関ホールまで、そこの角を曲がれば。の場所まで来て聞こえてくる声にカトレアはビクッと肩が跳ねた。
――あの馬・・・食肉業者に売ったけどもうバラしてるわよね――
ここにきて躓くわけにはいかないのだ。
カトレアはもし聞かれても知らぬ存ぜぬを貫くことを決め、角を曲がった。
「不覚だった・・・パンジーがここにいると使いの者に聞いたが本当か?父上っ」
「あぁ、だが一進一退・・・いや…徐々に悪くなっている」
「そんなっ!そんな筈は・・・」
クレマンは薄れていく意識の中で、おそらくはパンジーも同じく眠れ草を嗅がされたのだと思っていたが、だとすればパンジーの回復状況があまりにも自分と異なる事に疑問を抱いた。
クレマンは父の後方に見えた女性、カトレアに気が付いた。
ユゴース侯爵も「そうそう!」と言いながらカトレアを手招きし、クレマンに改めての紹介をした。
「では、貴女がパンジーの世話を?」
「世話と言うほどのものではありません。使用人の皆様の手を煩わせ、足を引っ張るばかり。ですがお姉様がこうなったのは・・・ぐすっぐすっ・・・わたくしの至らなさがっ…ふぐっ」
クレマンはカトレアの言葉を話半分に聞いた。
直感ではあったが、パンジーに確認するまでは全てを信じるには足らないと感じたからだ。
対してカトレアもクレマンには「表情は作れているかしら?」と引き攣った笑顔で対応をした。薄汚れて髭も伸び放題。髪も埃と脂に塗れて、握手でも求められたらその場で吐くかも?と思ったからである。
以前パンジーがいた頃と同じく、ユゴース侯爵夫妻や使用人の体調や肌の状態が改善されたのである。傷みかけたトマトも、千切って少し萎びたり、切り口が茶色くなった葉物野菜も水にサッと通すだけで採れたてのような食感になり、味も濃くなる。
カトレアも同じで、教会に身を寄せていた時は湿疹も酷かったし、肌も荒れてボロボロ。女神の申し子と言われていた名残もなかったのに、今では実年齢よりも5歳は若く見えて10代と言っても誰も疑わない。
侯爵家の使っている化粧品も良い事もあって、肌へのノリもよく嗜みとして薄く引いただけなのにまるでビスクドールのようだと使用人達もカトレアを褒め千切った。
ある日の午後、旅装束の男が何やら慌ててユゴース侯爵の部屋に飛び込んでいった。
パンジーがユゴース侯爵家にきて12日目の事だ。
ユゴース侯爵の執務室はパンジーの置かれた部屋の庭を挟んだ向かいにある。
窓から見える侯爵の様子にカトレアは見入った。
「おぉ帰ったか。隣国の様子はどうだった?」
「旦那様、隣国どころでは御座いません!クレマン様が王都に入れずにいます!」
「なんでまた、そんな事に。通行証は持っていただろう」
「それが、馬を盗まれ着の身着のままで御座いまして」
「何をやってるんだか。パンジーさんも戻ったと言うのに。本当に世話の焼ける息子だ」
ユゴース侯爵は直ぐにクレマンが王都に入れるように書面を作成した。
カトレアに読唇術は使えないし、窓を閉めているので声も聞こえない。
何を話しているのかがカトレアには気になって仕方がなかった。
と、言うのもカトレアはパンジーの恩人としてユゴース侯爵がパンジーが回復するまでと言う約束で受け入れてもらったのだ。
★↓~↓★
パンジーが医療院を経てユゴース侯爵家に運ばれてきた時、カトレアも一緒だった。カトレアはユゴース侯爵夫妻の前に駆け寄ると、床に額を擦りつけんばかりに謝罪を繰り返した。
『わたくしのせいでっ!!お姉様がこんな事に・・・本当に申し訳ございませんっ』
『いや、君も骨折まで・・・こんなに酷く殴られて辛かっただろう』
『いいえ、元々わたくしがクレマン様の婚約者でしたが・・・夫のアランに・・・。とても侯爵家に嫁げる体ではなくなったのです。もっとしっかりと体を守っていればご迷惑もかける事はなかったのです。全てわたくしの落ち度なのです。こんな不幸体質も加護と受け入れて来たのですが…うぅっ』
ぽろぽろと涙を溢し、まるでアランに手籠めにされたとも聞こえるようにユゴース侯爵に語るカトレア。ここでも『自分が不幸であるばかりに』と落ち度を強調する事は忘れない。
ユゴース侯爵家には【婚約者を入れ替えたい】としか伝えられていない。
ユゴース侯爵にとっては理由などどうでもよかったのだ。
クレマンが望んだのは元々カトレアではなくパンジーだったのだから。
――そんな事情があったのか。それは交代もやむを得ないな――
結果として妊娠はしなかっただけで、妊娠が判明するのは後日になる。事が判っていて侯爵家に嫁がせ、運悪く妊娠でもしていれば托卵となる。
托卵は場合によってお家取り潰しの処罰もされかねない貴族にとっては重罪。ルド子爵も可能性がある以上婚約を継続させる事は避けたかったのだろうとユゴース侯爵は結論付けた。
『それでもわたくしは夫を愛そうと努めたのです。ただその努力が足らなかったのです。時が薬と申しますように・・・夫にも情がわき・・・ですが夫の心は常にお姉様に御座いました。ですがっ!!お姉様をこんな暴力の元に晒す事は出来ないと・・・くい止めようとしたのですがここでも・・・うぅっ。わたくしの力が及ばす・・・』
『しかし、君が憲兵団に駆け込んでくれたおかげでパンジーさんは事なきを得た。とても感謝をしているよ』
『侯爵様、図々しいお願いでは御座いますが、わたくしをここに暫くおいてはくれませんか?』
『それはまた・・・どうして?』
『こう言っては・・・失礼だと判っています。ですが・・・お姉様が侯爵家を出てしまったのは・・・夫のアランへの思いが断ち切れなかったからだと。いいえ!お姉様はそんな事は一言も言っていません。ですが判るのです。ずっと・・・仲の良い姉妹でしたから・・・両親はお金の事しか頭になく、お姉様はいつもわたくしを庇ってくださっていたのです』
『だから・・・そうか。ルド子爵の言動には思うところが私にもあるよ』
『まぁ…父が・・・お恥ずかしいです。こんな家の恥部を・・・。ですがわたくしがこの姿を見せればお姉様も夫のアランへの気持ちも冷めると思うのです。お姉様の前では良い顔しかしなかったけれど・・・人を人だとも思わず、扱う非道さを・・・折れた腕を見て感じ取って下さると思うのです。そうすればお姉様もクレマン様との未来に歩いていけると』
ユゴース侯爵夫妻にとってもカトレアは憲兵団からの報告によれば【恩人】でもある。
5年前、パンジーがユゴース侯爵家を出て行ったのはてっきりクレマンの有り得ない対応が原因だとばかり考えていたユゴース侯爵夫妻。
夫人はポツリ『本当かしら』と呟いたが、カトレアの言葉を否定する材料はない。
姉妹であれば他者には言えない胸の内を話す事もあるだろうし、墓まで持って行く秘密もあるだろうとパンジーが回復するまでという条件付きでカトレアを受け入れたのだった。
★↑~↑★
――何を話してるのよ!あぁ苛立つわね――
カトレアはギリリと歯ぎしりをしたが、その理由は2時間後には解決された。
「いったい、何処で何をしてたんだ。馬を盗まれるなんて」
玄関ホールまで、そこの角を曲がれば。の場所まで来て聞こえてくる声にカトレアはビクッと肩が跳ねた。
――あの馬・・・食肉業者に売ったけどもうバラしてるわよね――
ここにきて躓くわけにはいかないのだ。
カトレアはもし聞かれても知らぬ存ぜぬを貫くことを決め、角を曲がった。
「不覚だった・・・パンジーがここにいると使いの者に聞いたが本当か?父上っ」
「あぁ、だが一進一退・・・いや…徐々に悪くなっている」
「そんなっ!そんな筈は・・・」
クレマンは薄れていく意識の中で、おそらくはパンジーも同じく眠れ草を嗅がされたのだと思っていたが、だとすればパンジーの回復状況があまりにも自分と異なる事に疑問を抱いた。
クレマンは父の後方に見えた女性、カトレアに気が付いた。
ユゴース侯爵も「そうそう!」と言いながらカトレアを手招きし、クレマンに改めての紹介をした。
「では、貴女がパンジーの世話を?」
「世話と言うほどのものではありません。使用人の皆様の手を煩わせ、足を引っ張るばかり。ですがお姉様がこうなったのは・・・ぐすっぐすっ・・・わたくしの至らなさがっ…ふぐっ」
クレマンはカトレアの言葉を話半分に聞いた。
直感ではあったが、パンジーに確認するまでは全てを信じるには足らないと感じたからだ。
対してカトレアもクレマンには「表情は作れているかしら?」と引き攣った笑顔で対応をした。薄汚れて髭も伸び放題。髪も埃と脂に塗れて、握手でも求められたらその場で吐くかも?と思ったからである。
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