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第18-2話   パワーを送る毒妻

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「パンジーをユゴース家に?どうやって?」
「連れて来ればいいのよ」
「無理だよ。違うと言ってたじゃないか。他人の空似だよ」

――だとしてもよ!判らない男ね!――


他人なら猶更、好都合ではないか。
パンジーのフリをさせて侯爵家に居座らせる。貧乏人が貴族の生活を送れるのだからホイホイ誘いには乗るだろうし、「バラすわよ?」と脅せばこっちの言うがままのマリオネット。

本人であるより他人の空似である方がやりやすいじゃないか、こんな簡単な事が判らないなんて!とカトレアはアランの馬鹿さ加減に溜息が出そう。


「わたくしにはお姉様だとしか思えないの。きっとユゴース家で独りぼっちのお姉様は辛かったのよ。寂しさに耐えきれず逃げ出してしまったの。でも・・・ユゴース家に嫁ぐ原因となったわたくしをまだ許してはくださっていないのだと思うの。だから他人の振りをしたのよ。お姉様が他人の振りをしたのは・・・あの場にわたくしがいたからだわ」

「カティは関係ないよ。他の事情が――」

「いいえ、いいえ。わたくしとお姉様はわたくしが生まれた時から姉妹なの。だから判るの。お姉様はまだアランを愛しているんだわ。あの場にわたくしが・・・わたくしさえいなければお姉様はアランの胸に飛び込んだはず。だけどそのチャンスさえわたくしは奪ってしまったの」

「そんな!パンジーがまだ僕を?そうだとしても!僕にはカティしかいない!今更パンジーの気持ちを受け入れる事なんて出来ないよ!」

「判ってるわ。アランの愛がわたくしにだけ向けられているって。だけど!このままではお姉様が可哀想!だからユゴース家にお姉様を連れてきてほしいの」

「連れて来てどうすると言うんだ?」

「わたくしがアランを奪ってしまったからお姉様は傷心のまま。ユゴース家でお姉様は寂しかったはず。だから今度はわたくしがユゴース家に戻ったお姉様に寄り添って・・・お詫びをしたいの。姉妹だもの。こんなわたくしでも側にいればやれるかもと思ってくれるはず。それに・・・わたくしがユゴース家でお姉様の側にいればアランだって会いに来られるでしょう?お姉様にとっても癒しになると思うのよ」

「カティだけが贖罪の為にパンジーに寄り添わなくていいんだ!そんな事考えなくていいよ」

「アラン!今しかないの。それにユゴース家にお姉様を連れて行けば報奨金も貰えるのよ?それでお父様やお母様も助かると思うの。何より・・・お姉様はアランを未だに愛している。アランだけが行けばきっとついてきてくれるわ。騙すようで申し訳ないけど・・・ユゴース家にいればあんな労働もしなくていいんだもの。わたくしも今度は献身的にお姉様に尽くすし…その方がお姉様にも良いと思うの」

「カティ!君はなんて美しい心の持ち主なんだ!僕は感動で胸が震えているよ。そこまでパンジーの事を気にかけているなんて!!判った。直ぐにオレール村に向かい・・・必ずパンジーを連れ帰るよ」


カトレアはアランと抱き合う。
そして、トランクを開けると内張の中に手を入れて指先に触れた宝飾品を引っ張り出した。

「これを売って路銀の代わりにして」
「いいのかい?!こんな高価な物を・・・」
「いいの。これもお姉様のため。ひいてはアラン・・・わたくしとアランの未来の為よ」


アランに握らせた宝飾品の元の持ち主は母親のルド夫人。
カトレアには痛くも痒くもないが、換金すれば・・・いやいや経費をケチってはならないと首を振る。

パンジーもいた頃には母親に連れられ茶会にはよく出向いていた。その時に「古い型を売って新しいものを買ってあげる」と母親は言っていたのだから「つまりはわたくしのものよね?」っと家計が苦しくなり始めた頃に母親の宝石箱から先に頂いただけ。

――アラン?宝飾品の価値、正しい使い方が判るわたくしが妻で幸せ者ね――


アランに宝飾品を握らせ、その手を包むように手を添えると、にこり微笑むカトレア。


「アラン。お姉様は意地っ張りな所もあるから嫌がって悪態を吐くかも知れない。でもそれは愛情の裏返しなの。そんな時は・・・判ってるでしょう?わたくしも・・・力づくで抑え込まれると本当はキュンキュンしちゃうものなのよ?」

「判った。でもこれだけは約束するよ。無理そうな時は縛り上げて連れて来る。関係を持ったりはしないよ。僕がカティ以外に反応しないのは知ってるだろう?」

「ありがとう。アラン。そう言ってくれるだけで救われるわ。だけどお姉様を連れて教会のこの部屋に戻ってはダメよ」

「どうして?じゃぁ何処に連れて行けばいいんだ?」

「教会の裏手に使わなくなった炭焼き小屋があるでしょう?お父様やお母様、そしてわたくしといきなり全員の目の前に連れて来られたらお姉様は今度こそ塞ぎ込んでしまうわ。わたくしだってお姉様の立場になれば、これ以上心を傷つけないでと思ってしまうもの。だからアランは先ずそこにお姉様を連れて来て。アランと2人きりなら少しは心も穏かになると思うし、わたくしが現れてもアランが口添えもしてくれるでしょう?」

「カティ・・・君って人は‥どこまでお人好しなんだい?」

「お人好しじゃないわ。出来の悪い妹なの。でも謝罪をしたいこの気持ち。お姉様はきっと判ってくださるわ。だって…姉妹なんだもの」


両親には内密に出立するアランをカトレアは笑顔で見送った。


「さて、引っ越しの準備をしなきゃ。骨が折れるわね」

カトレアはカサカサに乾いた皮膚が粉を吹く腕を見て「くくっ」喉を鳴らした。
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