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第20話   嵌められたアラン

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快適な走りとは言えないもののウィー号に跨ったアランは意識のないパンジーと共に門をくぐっていた。

オレール村に行く際に自分の通行証は持っていたし、パンジー用にとカトレアが自分の通行証を貸してくれた。門番に見せれば疑うどころか気遣いさえしてくれる。


「奥さん、大丈夫かい?」
「判らないんです。途中で気分が悪くなったと言ってこの通りです。早く医者に診せないとと思って」
「心配だよなぁ。早く診せてやんなよ。ほら、確認済みだ。通れ」
「はい、ありがとうございます」


カトレアとの約束通り教会の裏手にある炭焼き小屋に行き、そこにまだ目覚めないパンジーを寝かせてカトレアを待っていたアラン。

どれくらい待っただろう。3時間、いや4時間か。
全く目覚める素振りもしないパンジー。静かな部屋でアランは息を殺し外の物音に集中した。
ルド子爵夫妻に見つかれば、パンジーをユゴース侯爵家に連れて行った時の報奨金は奪われてしまう。アランはその金でカトレアと共にまたオレール村に行こうと考えていた。


カタンと小さな音に気が付き、玄関を開けてみるとそこにいたのは憲兵だった。
屈強な憲兵の後ろから聞き覚えのある声がする。


「間違いありません!夫のアランですわ!!」
「えっ?えっ?・・・うわぁぁぁーっ!!」


カトレアの声が合図となって一斉に憲兵が小屋の中になだんできた。何かなんだか判らないままに跪かされて拘束をされたアランは憲兵の1人の声に顔だけをパンジーを寝かせた方に向けた。

「生きています!保護!保護!!救護班をここへ!!」

――どういうことなんだ?――


頭の中が混乱したアランだったが、両脇の憲兵に体を支えられるようにして目の前に現れた女性の足元。ゆっくりと見上げてギョッとした。


美しい顔立ちのカトレアの顔は殴られて、目には青タン。頬も腫れて唇もタラコのようになっていた。何より驚いたのは腕に添え木をして首から包帯で吊っている。


「女相手に散々暴力を振るうなど、とんだクズ野郎だなっ!」
「なっ何の事だ?!カティッ!!」
「きゃぁぁ怖いっ」


カトレアの前に立ち上がろうとしたが、後ろ手に拘束をされていて立ち上がれず前のめりになるだけ。アランが動いた事でカトレアは小さく悲鳴を上げながら憲兵の腕に縋り、背に隠れるように身を引いた。


「誘拐の現行犯だな。あとは暴行罪。あちらは侯爵家の次期当主夫人だ。懲役で済めばいいが・・・今のうちに鼻から目一杯空気を腹に吸い込んでおけよ?首が刎ねられたらそれも出来んからな」

「待ってくれ!僕はカティに!妻に頼まれてパンジーをここに連れて来ただけだ!」

「口では何とでも言える。しかし…眠れそうを使ってまでとなればやはりただの夫婦喧嘩では片付けられない。外の馬には狂いそうも食わせたな?違法薬物まで使って婦女子を凌辱しようと・・・細君からの申し出が無ければ重罪を見過ごすところだった」

「重罪って‥‥僕は頼まれただけだっ!カトレアっ!どういうことなんだよ!!」

「うわぁぁん!わたくしが悪いのです!夫がまだ姉を慕っている事を知りながら・・・だけど夫を手放せなかったわたくしが悪いのです!!殴られても蹴られても!こうやって腕を折られても・・・憲兵様、お願いでございます。後生で御座います。夫を軽い罪に!わたくしの負傷はわたくしの咎で御座います!この怪我は仕方のない事と受け入れます!どうか!どうか夫に酷い事をしないでくださいませぇぇ。本当は優しい夫なのですぅぅ」


――僕は何を見せられているんだ?――

アランは放心した。
憲兵は泣きじゃくるカトレアに慰めの言葉をかけた。


「貴女のされていた事はドメスティックバイオレンス。暴力や精神的な圧力をかけてその後に優しい言葉をかける。その繰り返しで貴女は何も悪くないのに自分が悪いと思い込んでしまっているだけです。世の中にはそんなクズでゲスな男もいるんです。姉上を連れ去り凌辱をしようとしていると勇気を出して貴女が駆け込んでくれなければ大変な事になっていたんですよ」

「でもっ!でもっ!うわぁぁぁん。夫は姉を愛していただけなんですぅ!わたくしと言う存在を疎ましく思っていると判っていたのにわたくしがっ!思いを断ち切れなかっただけなのですっ!姉もきっと傷ついていますわ。わたくしはどうしたらいいのぉぉ。うわぁぁん」

「貴女の通報があったからこそ、誘拐は既遂でしたがそれ以外は未遂だったんです。この事はユゴース侯爵家にも知らせています。知らせに言った者の話では貴女に感謝をしているとの事ですよ」




カトレアはアランを嵌め、あらぬ罪を着せて憲兵に売った。

アランが出立した後、まだ隠し持っていた宝飾品を売り破落戸に頼んだのだ。


「わたくしを殴る蹴るして欲しいのです。勿論死なない程度に。出来ればこの腕も折って頂きたいわ」
「おいおい!どんな性癖だ?金を払って自分を殴れ、蹴れだなんて。頭がイカれてんのか?」
「いいえ?大事の前の小事よ。どう?やるの?やらないの?」

目の前に札束をチラつかせて破落戸を煽り、負傷までカトレア。

――もうアランは用済み。美丈夫も5年もいれば飽きちゃうわ。別れるにも本当、わね――


宝飾品を売った金でアランが節約をしながらオレール村に行くなどまずありえない。

幌馬車を使い、あの効能を一度味わっているのだから雑魚寝部屋に1、2泊するだろうとカトレアは読んでいた。場合によっては徒歩でも歩けない距離ではない王都とオレール村。

3泊するかもしれない事は想定の範囲内。

4日目に戻るか、5日目に戻るか。
パンジーが一緒だと考えれば5日目だとカトレアは踏んだ。

カトレアの唯一だった想定外はアランが馬に乗って帰って来た事くらい。
それも問題はない。

――馬も馬肉用に売ればいいわ――

アランがパンジーを抱え小屋に入ったところで憲兵団に駆け込んだのだった。





重傷とも言える怪我を負ったカトレア。
パンジーを迎えに来たユゴース侯爵夫妻は「こんな酷い怪我を負いながら」とカトレアに感謝をした。


「お姉様が目覚めるまで側にいさせてくださいませ」

そう言って3日目覚めなかったパンジーにカトレアは片手で献身的に付き添ったのだった。

――ふふっ。侯爵家に入り込めればこっちのものよ――

貧乏生活に飽き飽きしていたカトレアは目覚めたパンジーに微笑んだ。

「お姉様、お目覚めになられたのねっ!良かった!良かったぁぁ~」

目覚めたパンジーの手を握り、寝台に覆いかぶさるようにして声をあげる。
勿論口角を歪めて。
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