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第17話   扉の向こう側

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また歩き始めた2人と1頭。

クレマンが話しかける前にサンドラがクレマンに問いかけた。空惚けたところでクレマンにはサンドラがパンジーである事はバレている。

クレマンの顔を見たことが無くても、クレマンは「パンジー」を知っていると考えたほうが合点がいく。高位貴族、まして軍人に嘘をつき通すのは難しい。


「ユゴース侯爵様のお話では詳しい事はクレマン様に聞けと。いったい何だったのか教えて頂けますか?」

クレマンは小さく息を飲んで「話すよ」と頷いた。
前を向いてただ声を交わす2人。

「君を始めて見たのは18歳の時だ。君は多分…16・・・17歳だと思う。ブロア家の森で兵士を助けたのを覚えているだろうか」

そう言えば・・・とパンジーは頭に思い浮かべた。
ただ、その頃はアランとカトレアが愛し合っているのを知り、2人から逃げるように嘘を言って領地に療養に向かっていた事も思い出し、表情が曇った。

「こ、困らせる気はない。殿下もその件は大変に感謝をしていた!」

クレマンはパンジーがフランシスとの件を咎められると思ったのかと咄嗟に否定をした。

「そうですか…実はその時期‥王都にいたくなくて祖母の元に行っていたんです。色々とありましたが‥あの方が王太子殿下・・・当時は第1王子殿下ですが存じませんでした。祖母達からも兵士さんだとしか聞きませんでしたし。そうですか…殿下だったのですね」

「と、とにかく殿下の事は気にしなくていいんだ。で、その中に俺‥いや私も――」

「いつもの話し方で結構ですよ。離縁した身ですし身分も今は平民ですから」

前を向いたままハッキリと言い放ったパンジーにクレマンは「違う」と強めに言った。

「違う?何がですか?」
「離縁届は出していない。俺たちはまだ夫婦だ。結婚したままだ」
「えっ?まだ出してないんですか?どこか不備が?・・・どうしよう。よく見たつもりだったのに・・・だからここまで
来られたんですね。申し訳ございません。とんだ手間をかけさせてしまいました」
「そうじゃなくて!!不備なんかない!離縁届は俺の意思で・・・廃棄してもらった」

ん?変だぞ?パンジーは首を傾げる。

――なんで、廃棄して、なの?――

キョトンとなったパンジーはクレマンと目があった。
鼻を軽く抓んだクレマンは「離縁はしない」と言った。


「ルド家に娘が2人いると聞いた。色々な話から間違ってしまったんだ。俺は・・・最初からずっと君の事が好きで・・・父に頼んで婚約をしてもらった。君がカトレアだと思っていたんだ」

「へっ?何処をどう見たら間違うんです?」

「だって、聞いた話では美人で、儚げで、肌も白いより透明で‥」

――うん。それ、全部カトレアよね――

「だから!もう間違いないと思ったんだ。カトレアは婚約者はいないと聞いたから急がないと君が他の男に取られてしまうと思って・・・」

「だけど、顔合わせもされたでしょう?!」

「そこで間違いに気が付いた。でも・・・第3王子にも保証人になって貰っててユゴース侯爵家からの話だから引き下げる事が出来なくなって・・・俺は卑怯にも逃げるように戦に・・・その場にいなければもう考える事もないと思って」

「呆れた・・・もしかすれば・・・貴方がカトレアを・・・ううんダメだわ」

パンジーはクレマンが例えカトレアに真摯に向き合ったとしても無駄だと思った。その頃にはもうカトレアはアランと思いを通わせていたのだから。

「だけど、カトレアと私が入れ替わった事も知らせたはずです。直ぐに嫁ぐ事になりましたが・・・一度も返事は頂けませんでした」

「それはっ!!」

クレマンはフランシスが検閲で止めていたのだと言おうとした。
フランシスがそこで握り潰していなければと、この5年間何度思ったか判らない。

しかし元をただせば「別人です」と最初に言わなかった自分が一番悪いと結論付けた。

「連絡をしなかったのは俺の落ち度だ。怠慢と言われても言い返せない。でもっ!俺が好きになったのはパンジー。君であって、妻にと望んだのも君だ!他の女性なんか考えた事もない」

「だったら何故返事をくれなかったんです?私は何度も何度も・・・何度も!!」

「それは謝る!悪いのは全部俺なんだ!」

ピタリとパンジーの足が止まる。
どうしたんだろうとクレマンが思えばそこはパンジーの借りた家の前。

「家です。もうお話する事はありません。離縁届は誰かに頼んで書面を用意し王都のユゴース侯爵家に送ります。御署名の上、提出してください」

「待ってくれ!俺は離縁はしない!したくない!君が妻だと聞かされた時‥君はもう出て行った後だった!なんとしても償いをしたい!頼む!この通りだ!離縁だけはしたくない!」

「お帰り下さい」

「パンジー!お願いだよ!」

パチン!!

ドアノブを握ったパンジーの手を掴んだクレマンの手。
パンジーはその手を叩いた。

「許してくれるまで帰るつもりはない」

真剣な眼差しのクレマン。
パンジーは勢いよく扉を開けると「勝手にすれば?」と言い残し扉を閉じた。


リーリロ♪リーリロ♪ 虫の鳴き声だけが聞こえてくる。

ブルルどした??」
「ウィー号・・・怒られちゃったよ・・・」
ブルルぅだよねぇ・・・」
「よしよし。ごめんな。もうちょっとだけ付き合ってくれるか?」
フンッえぇっ?!フンっブルッもうお家に帰りたい!」

クレマンは扉の邪魔にならない場所に座り込み、壁に背を預け空を見上げた。



翌朝、寝入ってしまったクレマンがコテンと扉の前に転んでいて、顔を洗おうと扉を開けたパンジーは息を飲んだ。

――まさか…凍死?――

そう思いながらも、簡単には王都に帰らないだろうなと溜息を吐いた。

すやすやと寝息を立てて眠るクレマンに毛布を掛け、台所からウィー号が食べられそうな野菜を手に、そぉ~っと外に出るとウィー号に朝食。桶が無いので鍋に水魔法で水を出すとウィー号の鼻を撫でた。

「わぁ。お前って毛並みも艶々なのね。とっても美人さんよ?」
ブルゥワカル♡」
「浴場を洗うブラシだけど使ってないのがあったら貰ってくるわ。ブラッシングしてあげる」
ブルッほんとブルッほんと?」
「いいわよ?女の子だもの。綺麗にしたいわよね」
ブッルゥやったぁ♡」
「彼が起きたら、昼寝は中でと伝えて。こんな所で寝てたら通りかかった人が驚いて通報しちゃうわ」


そのまま仕事に向かうパンジー。数歩先ではもうサンドラの顔になっていた。

クレマンが起きたのはもう太陽もすっかり上った10時過ぎ。
ぐっすりと「寝た」という気分の目覚めは何時ぶりだろうか。

しかし、明らかに誰かに水をもらい食事をした形跡のあるウィー号を見て硬直した。寝ている間に何があったのか頭の整理が出来なかった。

が、ウィー号に鼻で突っつかれ、持たれた扉が内側に開き、倒れ込みそうになって気が付いた。

――しまった!パンジーがいないじゃないか!?――

宿屋に向かおうとしたが、ウィー号がになって外に出る事が出来ない!

――妻の部屋に勝手に入ってしまった!!――

その日、パンジーが帰宅するまで部屋に2歩入った位置から動けなかったクレマン。
パンジーが帰宅した時の第一声が「御不浄、何処ですか?」だったのは後世までの秘密である。


しかし、深夜に帰宅するサンドラもといパンジーは気が付かなかった。

いつもの夜道。この3年間、危険な目にあったと言えば手元の灯りにカメムシが飛んで来たことくらい。あぜ道の脇に生えている草も当初は指先ほどの長さだったのにワサワサと茂っていた。

草の影に隠れつつ不審な動きをする男につけられていた事には全く気が付かなかった。
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