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第14話   休憩所の掲示板

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この5年間、クレマンは必死になってパンジーを探した。

山奥にある小さい村は比較的見つけやすい。
村人の結束が強く部外者を排除するからである。

「いないねぇ…23、24なんだろ?居たらウチの息子の嫁にするさ」

軒先で薪を割る男がクレマンをチラチラと見るが怪しそうな雰囲気はない。

――この村にはいないか――

そう思い、馬の手綱を引いて歩く。今夜も野宿は決定だが食べる物がない。
そう言えばここ2日は何も食べず、馬が飲めそうな水のある場所で休憩をしただけだった。


「ブルル?」
「よしよし。草と水のあるところで今夜は寝る事にしような」
「ブルルゥ~」
「もうひと踏ん張りだ。あの宿泊所に行ってから休もう」
「フンフンッ」


軍馬であり愛馬のウィー号は5年間、クレマンに付き合ってくれている。
年齢ももうそこそこにいい年で、軍に入隊をした時に生まれたウィー号ももう8歳。無理はさせられない。

峠の手前には宿泊所があり旅人が立ち寄って行く。
金を払い温かい寝具のある部屋でなく無料スペースで夜を明かす者もいる。

クレマンが宿泊所に立ち寄るのは3年前ほどからである。

目的は誰でも利用できる休憩スペースにある掲示板。
遠い王都の実家、ユゴース侯爵家の手の者が得た情報を休憩所にある「掲示板」に暗号で書いてくれている。村の名前にバツが付いていれば捜索済み。掲示板は1週間で消されるので文字を見つければ最新の情報とも言える。

掲示板は何処だと休憩スペースでキョロキョロしていると声を掛けられた。

「お兄さん、宿泊かい?」

宿の呼び込みが声を掛けてくるが、クレマンは軽く手を挙げて「違う」と降ると呼び込みは離れていく。彼らは客を宿屋に連れて行けば賃が貰える。泊る気のない者に用はないのだ。

掲示板に目を走らせると【Y オルク村 ×】とあった。

―オルク村にはいなかったか…ここから次に近いのは・・・オレール村か――

地理的に一番近いのはオルク村だが、そこは捜索済みとなるとその次のオレール村。
道なき道の獣道を通るため、崩落などの情報がないか確かめていると旅人が話す声が耳に入った。


「やっぱ凄いよな。昼飯だけだったんだが夜通し歩いても疲れねぇ」
「無理すんなよ。50超えてんだからさ。若い時みたいな一時期の体力で無理すると後がキツイぞ」
「判ってんだけどさ。もう定期的に通っちまってるよ」
「俺も行きたいけどさ、ランチって値段じゃねぇからさ」
「あそこは領主と女将が兎に角から。アッハッハッハ」


いつもなら気にもしない会話。方言であることから王都近郊ではなく地方からの行商人かとクレマンは意識を男達から外した。

――久しぶりに談話って感じの会話だからだろうか――

クレマンは気になった。
人と会話らしい会話と言えばパンジーらしき女性を見なかったか、知らないかと言うクレマンの問いに答える定型文のような返ししかない会話。

手綱を握って歩いて来た手をじっと見つめた。
握りっぱなしだったからか、指が丸まってしまい、もう片方の手で指を広げると痛みも感じる。

――以前は軍刀を1日握りっぱなしでも平気だったのに――

ニギニギと指を伸ばした手をストレッチのように握って開く。
掲示板の文字を手で消すとクレマンは賑わう休憩所を後にした。



草むらに寝転がり、星と月を眺めてさっきの旅人の話を思い出す。

――なんで気になるんだろうな――

肘を枕にコロンと寝返りを打つと、草に付いた露がぴょんと跳ねてクレマンの唇に触れた。

――あ、そうか・・・あの時の!――


不思議だった感覚。魔力も枯渇し24時間付きっ切りで世話をしてもらっても立てるようになるまで3、4カ月はかかると言われていたのに、2週間で通常の生活に戻れた経験。

王都への道のりもフランシスを含めブロア家で世話になった者は疲れ知らずだった。

今になって思えば、前線に届いた荷物。清潔な下着やシャツを見に纏うだけで翌日はずっと先陣を切っていけそうな気さえしたし、数回敵の打撃を受け止めれば腕も震えるのに陣地に戻るまで疲れ知らず

いつの間にか鬼人とも悪魔とも呼ばれるようになったけれど、パンジーの魔力がシャツなどに残っていたのならそれも納得できる。

魔力は反発しあうものは兎に角何に置いても合わないけれど、逆にぴったりと合うと持てる力以上の事が出来たりもする。相性と言うのだろうか。それが異性であるか同性であるかは別にして魔力を高め合う事が出来る相手、バディが存在するのも事実だった。

――でもみんな同じだったんだよなぁ――

回復が早かったのはクレマンだけではなかった。




相性が良いというのは異性の場合、強烈に惹かれ合う事が多い。
しかし、フランシスは婚約者がいるので節制が出来ても、同行した魔法使いは違う。妻帯者もいれば独身もいた。彼らは「こんな事もあったね」程度でクレマンのような思いは抱いていなかった。

だからこそ更なる疑問が浮かんでは消える。
クレマンは即座に打ち消すように首を横に振った。

極稀に広い範囲で影響力を齎す事の出来る魔力持ちがいる。
クレマンもフランシスも文献でしか読んだ事は無いが、どんな劣勢でも負傷者を出さなかった隊には広範囲に治癒能力が使える者がいという記述も見たし、冷害で冷え込んだ国土に火魔法で暖気を作ったという者がいたと言う記述もあった。

しかしそんな稀有な能力のある者は、30代になる前に早世した記録しかなかった。
使い倒されるからである。

もしもパンジーがそういう力を持っているとすれば・・・。
フランシスが差し出せと言った時、従えるだろうか。

――いや、そうなったとしても・・・誰にも渡せない――

――それに、そうと決まった訳じゃない――


クレマンは心の中でネガティブな事を考えるのはまだ見つからない不安からだと懸命に考えを打ち消した。

結局、よく眠れないまま夜明けを迎え、クレマンはウィー号と共にオレール村に向けて歩き出した。






翌朝、目覚めたクレマンはまだ薄暗い獣道をウィー号の手綱を引いてオレール村に向かった。山は1つ超えねばならないが、領民が行商に使っているとあって歩く部分は踏み固められているし、急げば昼過ぎには到着できる。

歩く事は軍でもよくあったし、食料や武器を満載した荷馬車を人力で引く必要がないだけ気が楽。夜が明ける頃には峠に到達し、眼下には本当に何もない村、オレール村が見えていた。


山道は上りよりも下りが危険。上りに2時間なら下りには倍の4時間が必要である。
特に目的地が見えていると気が急いてしまい足を取られやすい

上りも下りも体は前に傾くけれど、下りの場合は重心も重なって転んでしまうとそのまま滑落してしまう。街道なら無事でも山道、獣道は命取りになりかねない。

――今度こそ、会える――

その思いを胸にクレマンは隣を歩くウィー号の手綱を引く手に力を込めた。
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