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第12話   ルド子爵、家を売る

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バタンと力なく扉が閉じる。

「ダメでしたの?」

問いかけるのはルド夫人。夫のコートを受け取り埃を払う。
強く叩きすぎると縫い目が破れてしまうのでそっと叩く。

「あぁ、今日もダメだった。はい。今日の日当」

チャリンと何枚かの硬貨をルド夫人の手の平に落とす。
日銭を稼ぐためにルド子爵は、実の娘を捜索する捜索隊に紛れ込んでいたのだった。


「そろそろ捜索も打ち切るらしい」
「そんなっ!それじゃ・・・」
「あぁ、どうやって日銭を稼ぐか・・・」


実の娘パンジーが見つかっていない事を嘆くのではなく、パンジーがこの方法では見つからないので捜索隊を使っての捜索が終わる事に日銭が稼げないと嘆いているルド子爵夫妻。


すっかり落ちぶれてルド子爵夫人の実家であるブロア家も「いい加減にしてくれ」と借りる一方の申し出を遂に断ってきた。


「もう何年だ・・・5年になるか・・・これだけ探していないんだ。死んでいるかも知れないと侯爵家も考えているんだろう」


パンジーがユゴース侯爵家に嫁いだのは7年前。いなくなって5年。

「生きていれば24歳ね‥‥戦も終わったのにご子息は帰らないんでしょう?ホントに・・・あの子は我慢が足らないのよ。当主夫人になって・・・こっちに融資してくれればこんな生活しなくて良かったのに」

「全くだ。この頃じゃアラン君もカトレアと子作りをしていないようだし」

「へっ?あなた・・・何を言ってるの?まさか盗み見してるんじゃないでしょうね!」

ジト目になるルド夫人。
使用人もいなくなり、夜間は静まり返る子爵家の屋敷。
盛りの付いたメスネコのような声をあげるカトレアの声を聞くなという方が無理。


「見てないよ・・・この頃は聞こえなくなっただけだ」
「あ、そっち‥‥そっちね。納得だわ」


当初は耳栓をしていたが耳栓すら今のルド子爵家には高級品。
子作りの声が聞こえて来ないので安眠出来ると言うもの。
夫の言葉に夫人も納得をしたのだった。


「郊外の小さな家でも買って引っ越しをするか」
「そうね…借りたお金もこの屋敷を売ればそれくらいは買えそうね」
「引っ越しをする前にオレール村に家族旅行に行ってみないか?」
「オレール村?何かありますの?」
「何にもない村だが、国王陛下、王妃殿下お墨付きの宿があるそうだ。そこに泊って食事をすると肌も一晩で20歳は若返り、体力も10代に戻るそうだよ」

夫人とて以前はお洒落な奥様で通っていた。美しい娘カトレアと共に夜会の華だった。
かつての栄光を思い出し、旅行に乗り気になったルド夫人。

なら新しい服を思い切って買おうと思い、宝石箱をあけた。

「あら?・・・変ね」
「どうしたんだ?」
「宝飾品は幾つか売ったは売ったんだけど・・・こんなに少なかったかしら」
「どれどれ?」

夫人の隣で宝石箱を覗き込むルド子爵。申し訳ないと思いつつも生活のために宝飾品は幾つも買取に出して欲しいとは頼んだのだが、元が幾つあったかまでは判らない。

「背に腹は代えられなかったからな…」
「そうね。まだあると思ってないとやってられなかったからかしらね」

残りは片手の指で足りる数。
ルド夫人はどうせ空になるのだからと宝石箱ごと買い取りに出す事に決めた。

屋敷を売り、借金を清算すると郊外にこじんまりとした家を買うための手付を打つ。
家は直ぐに引き渡しではなく、内部の清掃などもあるので残りはその時に清算としてルド子爵一家4人はオレール村に向かった。


そこでパンジーにそっくりなサンドラに出会うなど思ってもみなかった。


「見てぇ…手がこんなに!頬のぶつぶつも無くなってるわ!」
「カティ。とってもきれいだよ・・・まるで出会った頃のようだ」

人目も気にせずにアランはカトレアを抱きしめてキスをする。

「アランも素敵よ」

カトレアはアランの頬に手を伸ばし、感触を確かめるように何度も撫でた。
元々肌が強かったのか、体質ではなかったのかニキビも少なかったアランだが肌荒れはあった。それがたった1泊しただけで劇的な変化。

ルド夫人も20代半ばの全盛期のような肌艶になり、ルド子爵も同じく若い頃のように全身に力が漲る。

「よし!もう1泊しよう!」
「大丈夫なの?今からなら個室は取れるけど…。お金は?」
「なぁに大丈夫だ。家の支払いまでに足らない分を補えばいい。少しなんだから誰か貸してくれるさ」
「そうね、何百万も貸してくれってわけじゃなく、せいぜい数十万だものね」

そしてルド子爵は財布から現金を取り出し、ツインの部屋を2室。料金を払った。
翌日も、そのまた翌日もチェックアウトをして、昼食を食堂ライトで済ませると「本日のご宿泊受付」の列に並び、18日もの間、国王陛下、王妃殿下も感じた「若返り」を一家で楽しんだ。


「ねぇ、あれはやはりパンジーではないの?」
「うむ‥‥見れば見るほど似ているんだが・・・周りの従業員もサンドラと呼んでいるんだ。他人の空似かな」

帰りの辻馬車を待っているルド子爵夫妻の会話にアランが「ならば」と提案した。

「ユゴース侯爵家に知らせてみてはどうでしょう?報奨金も出るんじゃないですか?確か・・・例えハズレであってもこれは!って情報には幾らか貰えるようですよ」

「流石はアラン君だ!抜け目がないな!素晴らしいよ」

その隣でカトレアは頬を膨らまし、むくれていた。

「酷いわ・・・みんなお姉様の事ばかり。そうよね…だってわたくしがいけないんだもの」
「そ、そんな事ないよ。カティのせいじゃない」
「そうやってアランはお姉様を追いやったわたくしを心では蔑んでいるのでしょう?いいの・・・だってわたくしは性根が卑しい女だもの・・・だから肌も荒れちゃってたんだわ」
「違うよ。カティの美しさは本物だよ。だからパンジーも全てを引き受けて出て行ったんだ。全てはカティが幸せになるために・・・そう、世の中が動いてるんだ。僕もその恩恵に・・・こんな間近で肖れてる」
「あぁ、アラン・・・アランだけだわ・・・わたくしを判ってくれるのは」

宿泊中、どこかで猫が盛っているんじゃないか?寝られない!と苦情もあった宿屋レフト。
ルド一家が辻馬車に乗って王都に戻った日の夜からは、猫の声はせず季節を感じさせる鈴虫が鳴いていた。
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