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第11話 ◆落ちぶれる子爵家
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パンジーがユゴース侯爵家に嫁いでから2年は緩やかに売り上げが落ちて行った。
緩やかと言っても、その後に比べればの話で数字としてはもう急斜面の坂道と言うよりも、梯子並みの角度と言って良い。
パンジーが出て行って最初の異変は事業をしている従業員からのもの。
『布を洗おうにも、余計に汚れてしまいます』
『何を言ってるんだ。取水口にゴミでも溜まってるんだろう。掃除しろ、掃除だ!』
しかしルド子爵の言う通り取水口を綺麗に掃除をしても綺麗な水は流れて来ない。
そうこうしていると、屋敷の生活に使う井戸水から酷い臭いがするようになった。
最初は生乾きの衣類のようなもので、香水を振りかけて誤魔化したが段々酷くなり魔獣の死骸から出る腐臭がするようになった。
当然事業の染料で染めた布を洗うほうの水も同じで、洗ったばかりに臭くなり、ミルクを拭いて綺麗に洗い流さなかった雑巾のヌルっとした感触の布になり、売り物どころかタダでも貰ってくれる人もいなくなり、次々に取引停止を通知されてしまった。
収入のなくなったルド子爵家は金融商会から金を借りて、取水口なども新しくし、井戸も別の場所に掘った。飲み水は何とかルド子爵夫妻もカトレアもアランも水系の魔法が使えたので4人でやればなんとか確保できた。
微力過ぎた魔力は王家からも不要とされたが、こうなってみれば不幸中の幸い。
しかしやはり布を洗う事業は何をやっても、どんなに手を尽くしても改善せず、利息を払うために他の金融商会から金を借りて支払いをする自転車操業に陥ったのを知った従業員も、屋敷の使用人も辞めていった。
宝飾品や調度品を売り、倹しい生活を余儀なくされる。
アランは実家のジュベル男爵家に支援を申し入れたが鰾膠もなく断られた。
そんなある日、ユゴース侯爵家の使用人が伽藍洞になったルド子爵家に飛び込んできた。
――融資してくれるのかも?!――
淡い期待を抱いたルド子爵夫妻だったが、違っていた。
『パンジー様はこちらにお戻りですか?!』
『は?パンジーは戻っていませんが・・・』
『パンジーがどうかしましたの?!』
『いなくなってしまったんです。此処ではなかったか…』
固いパンを齧っていたカトレアがユゴース侯爵家の従者に何故か抱き着いた。
『あぁ、可哀想なお姉様。許してくださいませ。お姉様はきっと未だに傷心なのです。お姉様の心を傷つけてしまったわたくし・・・お幸せな毎日でもきっと許してくださるほどに癒されていなかったのですわ。そうなってしまったのも全てわたくしのせい。わたくしがお姉様からアランを奪ってしまったから・・・』
『えぇっと…そうですか。では私は急ぎますので――』
『お待ちになって!』
『は?』
『お姉様を探されているのでしょう?だったら心配なのはわたくしも同じです。辛い思い出の残るこの家にお姉様は戻るとは思えません。ですが、原因を突き詰めればそれはわたくし。わたくし・・・ユゴース侯爵家に参り、お姉様の帰りを反省しながら待ちますわ』
さもありなんと従者と共にユゴース侯爵家の馬車に乗り込もうとするカトレア。
そんなカトレアを見て御者は首を傾げた。
――綺麗な人だと聞いたんだけど・・・岩石オバケなんだけど?――
従者も思った。
――元凶が反省しながら姉の嫁ぎ先で待つ?意味不明なんだけど?――
バルバトル王国は水も土も魔獣で汚染された国。
パンジーがいなくなった事と関係があるとは誰も考えていないが、パンジーがいなくなり事業に使う水が使い物にならなくなった事や、井戸の水が生活用水にも使えなくなった事は事実。
水が悪くなれば「女神の申し子」と二つ名すらあったカトレアの容姿も今では見るも無残。化粧で隠すからか鱗のようになった皮膚と垢が浮いて吹き出物の先端にある膿が糊に変わりとなって肌に張り付いている。
緩くウェーブし、光に当たるとキラキラしていたピンクブロンドの髪も皮脂と汗、埃で触れずともヌメリを感じる。
湯あみが好きなカトレアはこの生活から抜け出したくて堪らなかった。
それもそのはず。パンジーより1年遅れで生まれたカトレアはこの水と土が汚染された国で生まれ育ちながらも健康で文化的な生活しかした事が無かった。
魔法で水を出さなくても井戸の水はそのまま飲めたし、1日に何度湯に浸ってもその度に入れ替えられる綺麗な水は大量に身の回りにあったのだから。
『さぁ、参りましょう!お姉様のお帰りを侯爵家で待ちますわ』
『ちょちょ!ちょっとお待ちください!旦那様の許可なく馬車に乗せることは出来ません』
『そんなっ!酷いわ・・・わたくしはただ…お姉様を心配しての事なのに…わたくしの何がいけませんの?!まだ反省の気持ちが足らぬと仰るお気持ちはわかります。ですが・・・これが未熟なわたくしの精一杯なのです!!』
――いや、反省とかそんな事、言ってないんスけど――
なんとかカトレアの乗車を断り、ルド子爵家の敷地から出て行く馬車。
その後、直ぐにユゴース侯爵家は捜索隊を編成し、山狩りも行ってパンジーを探した。
日当が出ると聞いて、ルド子爵とアランもその捜索隊に紛れ込んだ。
緩やかと言っても、その後に比べればの話で数字としてはもう急斜面の坂道と言うよりも、梯子並みの角度と言って良い。
パンジーが出て行って最初の異変は事業をしている従業員からのもの。
『布を洗おうにも、余計に汚れてしまいます』
『何を言ってるんだ。取水口にゴミでも溜まってるんだろう。掃除しろ、掃除だ!』
しかしルド子爵の言う通り取水口を綺麗に掃除をしても綺麗な水は流れて来ない。
そうこうしていると、屋敷の生活に使う井戸水から酷い臭いがするようになった。
最初は生乾きの衣類のようなもので、香水を振りかけて誤魔化したが段々酷くなり魔獣の死骸から出る腐臭がするようになった。
当然事業の染料で染めた布を洗うほうの水も同じで、洗ったばかりに臭くなり、ミルクを拭いて綺麗に洗い流さなかった雑巾のヌルっとした感触の布になり、売り物どころかタダでも貰ってくれる人もいなくなり、次々に取引停止を通知されてしまった。
収入のなくなったルド子爵家は金融商会から金を借りて、取水口なども新しくし、井戸も別の場所に掘った。飲み水は何とかルド子爵夫妻もカトレアもアランも水系の魔法が使えたので4人でやればなんとか確保できた。
微力過ぎた魔力は王家からも不要とされたが、こうなってみれば不幸中の幸い。
しかしやはり布を洗う事業は何をやっても、どんなに手を尽くしても改善せず、利息を払うために他の金融商会から金を借りて支払いをする自転車操業に陥ったのを知った従業員も、屋敷の使用人も辞めていった。
宝飾品や調度品を売り、倹しい生活を余儀なくされる。
アランは実家のジュベル男爵家に支援を申し入れたが鰾膠もなく断られた。
そんなある日、ユゴース侯爵家の使用人が伽藍洞になったルド子爵家に飛び込んできた。
――融資してくれるのかも?!――
淡い期待を抱いたルド子爵夫妻だったが、違っていた。
『パンジー様はこちらにお戻りですか?!』
『は?パンジーは戻っていませんが・・・』
『パンジーがどうかしましたの?!』
『いなくなってしまったんです。此処ではなかったか…』
固いパンを齧っていたカトレアがユゴース侯爵家の従者に何故か抱き着いた。
『あぁ、可哀想なお姉様。許してくださいませ。お姉様はきっと未だに傷心なのです。お姉様の心を傷つけてしまったわたくし・・・お幸せな毎日でもきっと許してくださるほどに癒されていなかったのですわ。そうなってしまったのも全てわたくしのせい。わたくしがお姉様からアランを奪ってしまったから・・・』
『えぇっと…そうですか。では私は急ぎますので――』
『お待ちになって!』
『は?』
『お姉様を探されているのでしょう?だったら心配なのはわたくしも同じです。辛い思い出の残るこの家にお姉様は戻るとは思えません。ですが、原因を突き詰めればそれはわたくし。わたくし・・・ユゴース侯爵家に参り、お姉様の帰りを反省しながら待ちますわ』
さもありなんと従者と共にユゴース侯爵家の馬車に乗り込もうとするカトレア。
そんなカトレアを見て御者は首を傾げた。
――綺麗な人だと聞いたんだけど・・・岩石オバケなんだけど?――
従者も思った。
――元凶が反省しながら姉の嫁ぎ先で待つ?意味不明なんだけど?――
バルバトル王国は水も土も魔獣で汚染された国。
パンジーがいなくなった事と関係があるとは誰も考えていないが、パンジーがいなくなり事業に使う水が使い物にならなくなった事や、井戸の水が生活用水にも使えなくなった事は事実。
水が悪くなれば「女神の申し子」と二つ名すらあったカトレアの容姿も今では見るも無残。化粧で隠すからか鱗のようになった皮膚と垢が浮いて吹き出物の先端にある膿が糊に変わりとなって肌に張り付いている。
緩くウェーブし、光に当たるとキラキラしていたピンクブロンドの髪も皮脂と汗、埃で触れずともヌメリを感じる。
湯あみが好きなカトレアはこの生活から抜け出したくて堪らなかった。
それもそのはず。パンジーより1年遅れで生まれたカトレアはこの水と土が汚染された国で生まれ育ちながらも健康で文化的な生活しかした事が無かった。
魔法で水を出さなくても井戸の水はそのまま飲めたし、1日に何度湯に浸ってもその度に入れ替えられる綺麗な水は大量に身の回りにあったのだから。
『さぁ、参りましょう!お姉様のお帰りを侯爵家で待ちますわ』
『ちょちょ!ちょっとお待ちください!旦那様の許可なく馬車に乗せることは出来ません』
『そんなっ!酷いわ・・・わたくしはただ…お姉様を心配しての事なのに…わたくしの何がいけませんの?!まだ反省の気持ちが足らぬと仰るお気持ちはわかります。ですが・・・これが未熟なわたくしの精一杯なのです!!』
――いや、反省とかそんな事、言ってないんスけど――
なんとかカトレアの乗車を断り、ルド子爵家の敷地から出て行く馬車。
その後、直ぐにユゴース侯爵家は捜索隊を編成し、山狩りも行ってパンジーを探した。
日当が出ると聞いて、ルド子爵とアランもその捜索隊に紛れ込んだ。
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