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第03話   ◆イミテーション

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サンドラと名乗る前。サンドラにはパンジーと言う名があった。
祖父母が付けてくれた名前で、教会で神にも祝福を受けた名前だった。

生まれたのはルド子爵家。
17歳でユゴース侯爵家の嫡男クレマンと結婚となり・・・19歳で離縁状を置いて1人家を出てその後はサンドラと名乗っていた。

食堂ライト&宿屋レフトで雇ってもらうまでは各地を転々。時に1カ月だけ住み込み、時に巡業劇団と寝食を共にしたり、女一人なのに野宿もした。

オレール村にやって来たのは21歳の時。今は24歳になったサンドラ・・・もといパンジー。



ルド子爵家は比較的裕福な子爵家ではあったが、祖父はたたき上げの軍人。祖母も従軍経験のある看護師。質素倹約がモットーのルド子爵家では何でも1人で出来るようにと躾をされていた。

パンジーには同じ年齢のアランと言う婚約者がいた。

アランはジュベル男爵家の次男で、祖父がまだ当主である時に婚約を取り付けて来た。
従軍中にアランの祖父に助けてもらった恩を返すための婚約。

子供の代ではもう共に婚姻をしている子供たちばかりだったので孫の代に恩返しは持ち越された。

アランには継ぐような爵位も無かったため、長女であるパンジーと結婚する事でアランに子爵家当主の夫となる未来を祖父は恩として返したのだ。

パンジーとアランは12歳で婚約者となった。



婚約して5年後。


「これが一番いい方法だと思うんだ。判ってくれるだろう?」

朝、朝食の時間に「今日は部屋にいるように」と、父に言われたパンジーは言いつけ通りに部屋にいた。昼過ぎに侍女が部屋に呼びに来て、案内をされたのサロン。

何事かと思えば簡単な話。

パンジーの婚約者であるアランを妹のカトレアの婚約者にするというもの。

パンジーとアランは17歳、カトレアは16歳。
アランと婚約を結んでの5年間を長いと見るか短いと見るか。

パンジーにとっては婚約をしてからの3年が短く、アランとカトレアが思いを通わせている事を知っての2年は牛の歩みより時間が経つのが遅かった。




2人が愛し合っている事を知ったのは奇しくもパンジーの15歳の誕生日。
アランからのプレゼントである髪飾りをつけようと一旦部屋に戻ったパンジーは嬉々としてホールに戻ろうとした時、アランとカトレアの会話を聞く羽目になった。


『機嫌を直して?ほらカティにはこっちを買ってある』

小さな音はアランがケースを開ける音。パンジーは柱の陰に隠れて肩が跳ねた。

『わぁ!素敵』
『だろう?パンジーに渡したのは露天商で買ったガラス玉。父上から2人分の金は渡されなくて。カティに贈ろうと思って何カ月も前から宝飾品店に頼んでいたんだよ』
『でも、お姉様が知ったら・・・』
『パンジーにどっちがガラス玉かなんて判る筈もないよ』
『それもそうね。お姉様は宝石に興味が無いもの』
『だろう?価値が判らないパンジーになんか高価な物を贈っても豚に真珠。本物が似合うのはカティだけさ。あぁ…カティが婚約者だったら良かったのに・・・カティをあんなブサイクに渡さなきゃいけないなんて!』
『婚約者同士を取り換えれればいいんだけど・・・お父様が許してくれないの』


悔しくてパンジーは涙がポロポロと零れた。
楽しかった3年間が走馬灯のように涙を堪えようと目を閉じると次々に浮かんでくる。

そっとその場を離れ、部屋に戻るとつけたばかりの髪飾りを外し、床に投げつけた。

台座から石が外れて転がって行く。
それを見て、笑いが出た。

本物であればしっかりと固定されているので、そう簡単に外れはしないのに柔らかい絨毯の上にバラバラになった髪飾りは間違いなく偽物で、安物だった。

高価な物が欲しかった訳ではない。
ただ、髪飾りだけでなく気持ちまで偽物だったのが悲しかった。

アランはそれまでパンジーを一番に思っていると何度も囁いた。

――気持ちも石と同じイミテーションだったなんて――

アランの言葉に一喜一憂し、顔を赤くしていた自分が恥ずかしかった。



目の前で微笑みながら女性が喜ぶ言葉をアランが口にする度に心が冷える。こうなって見て初めて気が付いた事は茶会の席にはカトレアがいつも同席していたこと。

舞い上がっていた時は気が付かなかったが、2人だけに通じる会話が多い事にも気が付く。

相槌を打ってくれるアランの笑顔。アランの顔はパンジーを向いていても気持ちが向いている事は無かった。

愛想笑いをするパンジーをよそに、2人は2人だけの会話に没頭し、いつの間にかパンジーが茶会の始めに二言三言話せば以降言葉を発しなくても「楽しい」茶会は問題なく進む事にも気が付いた。

無意味だと判っていて尚、居た堪れない時間を過ごし、心をすり減らす。


素知らぬふりをしたアランがカトレアに贈った髪飾りを褒めた。


「その髪飾り、良く似合ってるよ」
「本当?ちょっと大人っぽいかなと思ったんだけど。ねぇ、お姉様、似合う?」
「良く似合っているよね。カトレアは色使いもとても上手いよね」


なんと返せばいいのか。パンジーが知らないと判っていて問う2人の心が読めなかった。何と答えてもこの2人がパンジーがいなくなった時に、何と言って笑うのだろうかと考えると指先から体温が抜け落ちた。


「そうね。カトレアはなんでも似合うものね」


上手く笑えていたかも判らない。その後は吐き気を堪えるのが精一杯だった。

用事があるからと茶会も何度か遠慮させてもらい、それも続けば怪しまれると体調を崩した振りをして3、4カ月の間、母方の祖母がいる領地に療養と出掛けた事もあった。

長時間花を摘みに行って時間を潰しても、パンジーが戻った事すらアランとカトレアは興味がないようで、パンジーは静かに時間をやり過ごす。

アランとの婚約は家同士の約束事。
何度も相談をしたが、婚約者を入れ替える事はパンジーの両親もアランの両親も許してくれなかった。
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