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第02話 迷惑なお客様
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その日の泊り客はやはり連休とあって多かった。
雑魚寝部屋だと判って料金を払っているのに、爵位があるからと広めのスペースを占領する客がいて、「五月蠅くてかなわないから何とかしろ」と客が苦情を言ってきた。
国王夫妻のお墨付きとあって、連日宿泊客で満員の宿屋レフト。
ここでは先着順で個室は埋まって行くため、公爵家や侯爵家であっても平民と同じ雑魚寝部屋となる場合がある。領地に泊る宿は宿屋レフトしかない。嫌なら片道馬車で6時間も走れば隣の領地なのだからそちらに泊って貰ってもいいし、乗って来た馬車の駐車料金は貰っているので、馬車で寝て貰っても構わないという強気の殿様営業。
貴族が偉そうな物言いをするのは今に始まった事ではないが、おおよその傾向はある。
貴族でも高位貴族の当主クラスになれば雑魚寝なら文句を言わず平民と枕を並べるか馬車を選ぶ。
文句を言うのは低位貴族か、「パパは偉いんだぞ」と親の権威をひけらかす後継にはならない子女に小金を握りしめた成金。あとは肩で風を切る破落戸とその情婦くらい。
雑魚寝部屋で小さな諍いがあるのは日常茶飯事で、大抵は従業員が「なら外へどうぞ」と言えば収拾がつく。今日も「またか」と思いながら苦情を言ってきた客のリクエストに応えてサンドラは雑魚寝部屋に向かった。
「私は子爵なのだ!平民なんだから丸まっていればいいだろう!」
「ここは爵位なんか関係ない部屋だ!たった4人で何人分の広さを占領してると思ってるんだ!」
「貴族なんだから当然だ!貴様の言い分なら女性と距離がない!失礼だろう」
「それも了解で雑魚寝部屋なんだろう?そんなに気にするなら今夜は外で寝て明日は部屋を取ればいいだけだ」
「そうだ!そうだ!出て行け!」
雑魚寝部屋で言い争いを聞いていれば、どうやら4人でやって来て雑魚寝部屋しか取れなかった「子爵様」が自分の陣地だと20人分ほどのスペースを占領している。
それに苦情を言っているのが平民の男性。男性の側には妻と思われる女性と8、9歳を筆頭に子供が3人。
この場合、サンドラがすべき事は1つ。「子爵様に選ばせること」である。
声だけしか聞えなかったが、人を掻き分けて騒ぎの元に出るとサンドラは言葉を失った。
「おぅ!宿屋の姉ちゃんか!このお貴族様に言ってやってくれよ!」
男性の言葉にハッとしてサンドラは初見を装って声を出した。
「お客様、このような騒ぎは困ります。雑魚寝部屋の説明に御納得頂けた上での宿泊かとご案内しましたが、騒ぎを起こされるのであれば、外で寝て頂くか、人数割した料金を迷惑料としてお支払いいただく事になります。如何なさいますか?」
後ろに付いた平民は「料金を払え」と囃し立てる。
80人から4人を引いた料金76人分を支払えば、今日の雑魚寝客には料金が払い戻されるからである。無料で泊れるとなれば他の客も少々場を占領しても文句は言わないと言うこと。
ただ、結果的に80人分払っても雑魚寝である事は変わらないし、他の宿泊客が別の場に移るわけでもない。
大抵は「馬車で寝る」と騒ぎを起こした方が当日キャンセルの扱いになるだけだ。宿屋レフトは損をしない料金設定。流石は守銭奴領主の奥方でもある女将。
しかし、この客は違う意味で反応が違った。
「パ、パンジーじゃないか!?どうしてこんなところに?」
平民男性と言い争っていた「子爵様」が驚きの声をあげる。
その声に後ろにいた年配夫婦と女性も声をあげた。
「お姉様!お姉様ではありませんか!!」
「間違いないわ!パンジー!心配したのよ?」
「そうだぞ?山狩りまでしてみんなで探したんだ・・・こんな所にいたなんて。この親不孝者がっ!!」
歩みより、サンドラの腕を掴んだ年配男性。サンドラはその手を振り払った。
「何方かとお間違いかと。私の名はサンドラと申します。お客様。この騒ぎをどうされます?料金をお支払いいただくか、馬車でお休みになられるか。お選びください」
「そんな・・・パンジーではないと言うのか?!だが…これほどまでに似た人間がいるとは思えん!」
「お姉様!まだ怒っていらっしゃるの?だから他人の振りをされるの?!」
「パンジー。家に戻ってらっしゃい。叱ったりしないわ。ね?」
まじまじとサンドラを囲うようにしながら、色々な角度で舐めるように見て話しかける3人。騒ぎの元凶の「子爵様」は他人の空似かと思っているのか考え込んでいた。
「どちらになさいます?お選びいただけないのなら当館の決まりでキャンセル扱いの上、出入り禁止とさせて頂きます。宜しいですね?」
サンドラの強気な発言に年配男性はポケットから財布を取り出した。
そのまま追い出されてしまえばこの機を逃すと考えたからだろうか。
「は、払う。76人分だな‥‥」
「はい、ツケ払いは賜っておりませんので現金で。清算カウンターまでご案内します」
サンドラの声に無料で宿泊が決定した平民たちが「やった!」と声をあげる。なけなしの金を握り、藁をも縋る思いで病気を治すためにやって来た彼らには、宿泊か食事か。どちらかしか出来る金は無い。
雑魚寝部屋の1人分の宿泊料金には夕食と翌朝の朝食が付いている。
たったそれだけの事でも、長年悩まされてきた皮膚病や腹痛が嘘のように消えるのだから、返金される金で食堂ライトで昼食も食べられるとなれば「子爵様」を拝む者が出て来てもおかしくない。
サンドラの後ろをついてくる年配の男性客は何度もサンドラに「パンジーではないのか?」と聞いたがサンドラは返事を返さなかった。
雑魚寝部屋だと判って料金を払っているのに、爵位があるからと広めのスペースを占領する客がいて、「五月蠅くてかなわないから何とかしろ」と客が苦情を言ってきた。
国王夫妻のお墨付きとあって、連日宿泊客で満員の宿屋レフト。
ここでは先着順で個室は埋まって行くため、公爵家や侯爵家であっても平民と同じ雑魚寝部屋となる場合がある。領地に泊る宿は宿屋レフトしかない。嫌なら片道馬車で6時間も走れば隣の領地なのだからそちらに泊って貰ってもいいし、乗って来た馬車の駐車料金は貰っているので、馬車で寝て貰っても構わないという強気の殿様営業。
貴族が偉そうな物言いをするのは今に始まった事ではないが、おおよその傾向はある。
貴族でも高位貴族の当主クラスになれば雑魚寝なら文句を言わず平民と枕を並べるか馬車を選ぶ。
文句を言うのは低位貴族か、「パパは偉いんだぞ」と親の権威をひけらかす後継にはならない子女に小金を握りしめた成金。あとは肩で風を切る破落戸とその情婦くらい。
雑魚寝部屋で小さな諍いがあるのは日常茶飯事で、大抵は従業員が「なら外へどうぞ」と言えば収拾がつく。今日も「またか」と思いながら苦情を言ってきた客のリクエストに応えてサンドラは雑魚寝部屋に向かった。
「私は子爵なのだ!平民なんだから丸まっていればいいだろう!」
「ここは爵位なんか関係ない部屋だ!たった4人で何人分の広さを占領してると思ってるんだ!」
「貴族なんだから当然だ!貴様の言い分なら女性と距離がない!失礼だろう」
「それも了解で雑魚寝部屋なんだろう?そんなに気にするなら今夜は外で寝て明日は部屋を取ればいいだけだ」
「そうだ!そうだ!出て行け!」
雑魚寝部屋で言い争いを聞いていれば、どうやら4人でやって来て雑魚寝部屋しか取れなかった「子爵様」が自分の陣地だと20人分ほどのスペースを占領している。
それに苦情を言っているのが平民の男性。男性の側には妻と思われる女性と8、9歳を筆頭に子供が3人。
この場合、サンドラがすべき事は1つ。「子爵様に選ばせること」である。
声だけしか聞えなかったが、人を掻き分けて騒ぎの元に出るとサンドラは言葉を失った。
「おぅ!宿屋の姉ちゃんか!このお貴族様に言ってやってくれよ!」
男性の言葉にハッとしてサンドラは初見を装って声を出した。
「お客様、このような騒ぎは困ります。雑魚寝部屋の説明に御納得頂けた上での宿泊かとご案内しましたが、騒ぎを起こされるのであれば、外で寝て頂くか、人数割した料金を迷惑料としてお支払いいただく事になります。如何なさいますか?」
後ろに付いた平民は「料金を払え」と囃し立てる。
80人から4人を引いた料金76人分を支払えば、今日の雑魚寝客には料金が払い戻されるからである。無料で泊れるとなれば他の客も少々場を占領しても文句は言わないと言うこと。
ただ、結果的に80人分払っても雑魚寝である事は変わらないし、他の宿泊客が別の場に移るわけでもない。
大抵は「馬車で寝る」と騒ぎを起こした方が当日キャンセルの扱いになるだけだ。宿屋レフトは損をしない料金設定。流石は守銭奴領主の奥方でもある女将。
しかし、この客は違う意味で反応が違った。
「パ、パンジーじゃないか!?どうしてこんなところに?」
平民男性と言い争っていた「子爵様」が驚きの声をあげる。
その声に後ろにいた年配夫婦と女性も声をあげた。
「お姉様!お姉様ではありませんか!!」
「間違いないわ!パンジー!心配したのよ?」
「そうだぞ?山狩りまでしてみんなで探したんだ・・・こんな所にいたなんて。この親不孝者がっ!!」
歩みより、サンドラの腕を掴んだ年配男性。サンドラはその手を振り払った。
「何方かとお間違いかと。私の名はサンドラと申します。お客様。この騒ぎをどうされます?料金をお支払いいただくか、馬車でお休みになられるか。お選びください」
「そんな・・・パンジーではないと言うのか?!だが…これほどまでに似た人間がいるとは思えん!」
「お姉様!まだ怒っていらっしゃるの?だから他人の振りをされるの?!」
「パンジー。家に戻ってらっしゃい。叱ったりしないわ。ね?」
まじまじとサンドラを囲うようにしながら、色々な角度で舐めるように見て話しかける3人。騒ぎの元凶の「子爵様」は他人の空似かと思っているのか考え込んでいた。
「どちらになさいます?お選びいただけないのなら当館の決まりでキャンセル扱いの上、出入り禁止とさせて頂きます。宜しいですね?」
サンドラの強気な発言に年配男性はポケットから財布を取り出した。
そのまま追い出されてしまえばこの機を逃すと考えたからだろうか。
「は、払う。76人分だな‥‥」
「はい、ツケ払いは賜っておりませんので現金で。清算カウンターまでご案内します」
サンドラの声に無料で宿泊が決定した平民たちが「やった!」と声をあげる。なけなしの金を握り、藁をも縋る思いで病気を治すためにやって来た彼らには、宿泊か食事か。どちらかしか出来る金は無い。
雑魚寝部屋の1人分の宿泊料金には夕食と翌朝の朝食が付いている。
たったそれだけの事でも、長年悩まされてきた皮膚病や腹痛が嘘のように消えるのだから、返金される金で食堂ライトで昼食も食べられるとなれば「子爵様」を拝む者が出て来てもおかしくない。
サンドラの後ろをついてくる年配の男性客は何度もサンドラに「パンジーではないのか?」と聞いたがサンドラは返事を返さなかった。
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