中将閣下は御下賜品となった令嬢を溺愛する

cyaru

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初めてのお誘い

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執事の顔を見る限りあまり付き合いがなさそうだと感じる。
即断は良くないのだろうと推測したセレティアは使者に伝えてくれと執事に言づける。

「お急ぎだとは思うのですが、本日は体調が不良のため後日返答させて頂くと伝えてもらえますか?」

出席するにしても、ドレスがどの程度のものなのかは聞かねばならないし参加者についての情報もなければ茶会で何をすれば良いかも判らない。
疎いセレティアでもこの程度の話は聞いた事があった。茶会とは単に茶や茶菓子を飲み食いすれば良いものではなくその趣旨に応じた会話も必要なのであると。

ハンザでは生活に困窮する貴族が多かったので茶会や夜会は滅多に開かれるものではなかったが、そこでの失敗は家を傾かせる事もあると聞いた事がある。
専属の侍女たちへ色々な面での相談もだが、何よりロレンツィオの許可をもらってからにしようとセレティアは考えたのだった。

承知しましたと執事は部屋を出て行ったが、すぐに玄関先で何やら言い争う声が聞こえてくる。
何だろうと、刺繍の途中だったが針を布に刺し、椅子から立ち上がる。
すると部屋の中に専属侍女のナルニア(爪などに装飾する担当)が入ってくる。

「何も御座いませんので、刺繍を続けて頂いてもいいですよ?休憩してお茶にしますか?」

と扉の前に立っているので部屋から出て行くなと言う事なのだろう。
決して屋敷の中に軟禁をされているわけではない。通常であれば刺繍に一区切りつけば本を読むのに書庫に行こうが厨房でシェフの手伝いをしに行こうが、モップを持って廊下を磨こうが何も言われない。

「お客様なのかしら?」
「いいえ。客人では御座いません。元々別館の方にいきなりがあり得ないので」
「でもお手紙が…」
「痛しかゆしです。同列の公爵家ですから一介の執事は追い払えませんので。門も強行突破みたいな事をしてますので抗議文を送るようにしてますよ。さらに強固な門に付け替えるようになりましたので次はありませんがホントに迷惑な話です」

「そうなのね…ナルニアさんはジルクスマ公爵家さんの事はご存じなの?」
「奥様、敬称はダメですよ?ノンノン!」
「いえ、まだ…慣れなくて…」
「いえ、そういう所も可愛くて堪らないんで、ご褒美です。ありがとうございます」
「で、ジルクスマ公爵家様とは?」
「うーん‥‥一言でいえばゴミ溜めですか。腐敗臭と加齢臭しかない公爵家です」

かなりの言われようだとセレティアは考えるが、返事を保留した事は正解だったのだろうと胸をなで下ろした。
だが、言い争うような声は未だに聞こえている。
窓に打ちつける雨の音も大きいが、それでも聞こえてくる声なので余程に張り上げているのだろう。

半刻ほどで声は聞こえなくなったが返事を頼んだ執事は戻ってこない。
相変わらずナルニアは扉の前に立っていて、お花を摘みに行くと言えば何故か付いてくる。
表情は笑顔だが目の奥が笑っていない。

雨も降っているし、茶会の事は兎にも角にもロレンツィオに聞いてみないとと思い刺繍に耽る。
今刺しているのはロレンツィオの隊服の下に着用するシャツである。
侍女などによればワイシャツのボタンとボタンの間に刺繍を施すのが流行っているようで、無機質なシャツに色どりを加えてやってほしいと言われて刺している。
20枚ほどあるシャツに5枚目までは刺し終わったところでふと裁縫箱を見て気が付く。

「ナルニアさん。どうしましょう糸が足りません」
「えっ?何色です?」
「グリーンとオレンジです」
「問い合わせてみますね。他にはないですか?」
「いえ、刺繍糸くらいで来て頂くのはどうかと思うのですが」
「じゃぁ、閣下がお休みの時に一緒に街に行かれますか?」
「街ですか?あの向こうの方に見える屋根のあたりでしょうか?」

別館の最上階に行くと南にいくつもの屋根が見えるのだが、セレティアは行ったことはない。
東の方に王宮と思われる建物が見えるので、通った事もないはずである。

「そっちはどっちかと言うと職人たちの住んでいるほうですね。髪飾りとかを作ったりしている者が多く住んでいるんですよ。安くは買えますが保証書がないので閣下は行かれないと思いますよ。そういうとこ細かいんですよ。私達は価格メインなので安かったらそっちに行きますけどね」




夕刻になってロレンツィオが帰ってくる。一斉に並んで出迎えると家令に上着を預ける。

「何もなかったか」
「後ほどに」

途端に険しくなるロレンツィオだったがその先にセレティアの姿を見ると途端に柔和な顔になる。

「セティ。今日も愛くるしすぎて息が出来ないよ」
「えっと…深呼吸をされてみてはどうでしょうか」
「いや、君の香りを吸い込みすぎてもう何もかもが全開なんだ」
「そ、そうでございますか…あの…お聞きしたい事が御座いまして」
「なんだ?僕の誕生日だったら…いや、気にしなくていいんだ」
「いえ、お誕生日は4カ月前でございますよね?」
「アハッ‥‥テレるな…秘密だったんだが」

使用人達は一斉に細い目になりロレンツィオに呆れた表情になっている。
中には最初の言葉で砂糖を吐いたような顔をした者までいる始末である。

「ちょっと待っててくれ。着替えてくる。あ、今日の弁当も美味かった。ありがとう」
「いえ、お粗末様でございました(にこっ)」
「ぬわっ…それは反則だな…今すぐ押し『閣下!着替えです!』」

言葉の途中で強制的に家令によって自室に引っ張られていくロレンツィオ。
「奥様は先に食事室へ」と執事に促されて食事室に向かう。


「本日ジルクスマ公爵家より奥様に茶会の誘いの使者が手紙を持って参りました」
「何だと?別館にか?」
「はい。門の鉄格子は取り換え致しましたが、門番3名が負傷致しました」
「それで使者はどうした」
「奥様のお返事を持って帰ると待っておりましたが、奥様は返事は保留して欲しいという旨のご回答でしたのでそのようにお伝えました。しかしなかなかお帰り頂けず最後は睡眠時間の補填をさせて頂きました」

「ジルクスマ公爵家…か…泳がせてはいたがこっちに食いついたか」
「屋敷の方は本館も含め、警戒をするようにランクは3にあげております」
「わかった。警戒ランクは別館は4,本館は3でいい。いざ取れば本館は吹き飛ばしてもいい」
「奥様のお話はおそらくその件かと思われます」
「わかった。警戒の件はよろしく頼む」

シャツのボタンをとめると食事室に向かう。後ろを家令がついて歩くが途中で家令は消える。
食事室に入ると、セレティアが席につかずに待っていた。

「どうした?」
「いえ、あのお願いが御座いまして」
「なんだろう。内容によっては許可できないかも知れない」
「あ…そうですよね‥」

ロレンツィオは茶会に出席したいと言うのではないかと、今までほぼ許可してきたが初めて何かを聞く前に許可できない事もあると言ってしまった。
それがミスだったと感じたのは侍女のナルニアの表情を見てからである。

(えっ?違う?何その顔…ナルニア怖いんだけど…僕間違ってるとか?)
((違います。閣下…話をちゃんと聞きなさいってばよ!))

「えっと…うーん。そうだな。許可云々じゃないな。何?何だろうか?」
「いえ、刺繍をする糸が足りそうにないので…ナルニアさんに…その…ツィオ様が休みの時に一緒にと言われまして…。いえ、いいんです。お忙しいのは判っておりま…」

「いく!行くよ!明日は休む!今から休むって言いに行く!」
「いえ、あの、正規のお休みの時で構いませんしわたくしは急・・・」
「大丈夫。行ける。イケる!もう逝ってもいいくらいだ!ぃやったぁぁ!」

グっと体を丸めたかと思うと、飛び上がるロレンツィオだったが、使用人達の目は細いままだった。
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