中将閣下は御下賜品となった令嬢を溺愛する

cyaru

文字の大きさ
上 下
19 / 40

飛燕の間

しおりを挟む
城に到着したロレンツィオは国王付きの従者を見つけるとお互いが頷きあって廊下を並んで歩く。

「陛下は飛燕の間にて」
「ハンザの2侯爵の件だろうか」

従者は静かに頷く。
国王の使う諜報部隊とロレンツィオの部下の諜報員は表立った関係性はないが2割ほどは同じ対象を監視する事がある。お互いもたらされた情報を精査し突き合わせてかの戦争を乗り切った。
国王の知る情報の大半をロレンツィオが知らぬはずがないのである。




国王フィオランツは弟の様にロレンツィオを可愛がっているが、実のところは敵に回せばこれほどに面倒な男はいないと主従関係はあるものの、権力と言う部分では一線を引いている。
どちらかと言えば、ロレンツィオの兄2人の方が懐柔しやすい。公爵家の子息であるから3人ともそれなりの教育は受けていて権力と言うものにはチャンスさえあれば狙うのは当然である。

しかしロレンツィオは国家転覆や覇権を握ろうという気持ちは全くない。むしろそんなものは何処かの誰かがやればいいし、それをフィオランツがやりたいのであれば手を尽くしたいと思っている。
武功を挙げてどんどん軍部での役職は上がっていくが、何度か褒賞で降格させてほしいと言った事もある。それほどに責任ある立場は面倒で堪らないのである。

だが、確かな腕と強い責任感と使命感を持ち合わせたロレンツィオは前代未聞の欠陥品だと言われた事があった。後継者となる子を作ろうとしないし、何より子を作る相手、妻を娶らない。
そんな女性に全く興味のなかった男が初めて欲しいと願い出た女性の父が刺客により命を落とした。

エイレル侯爵は旧ハンザ王国の大臣の一人だった。独裁的な国王は一切の苦言を認めず反論する者は見せしめに当事者ではなくその家族や親戚を処刑した。
そして何食わぬ顔で「君には期待をしているよ?あまり親族を減らすのはどうかと思うがね」と肩を叩くのである。家族が人質に取られている状態では反旗を上げようにも上げられなかった。

ようようと言う状態になってからではあるが、特にこれと言った権力もない国有林を管理する森林大臣のエイレル侯爵は全ての責は自分が負うと有志を募り、国王に戦争終結となる勧告の受け入れを認めさせた。
偶然が重なったのか、必然だったのか。エイレル侯爵の娘はギスティール王国へ献上された。

それをロレンツィオが一生のお願いだと望んだ。おそらくはロレンツィオの唯一である女性の父の死をどうやって伝え、後始末をどうするかフィオランツは頭を抱える。



飛燕の間の扉が開き、国王フィオランツの前にロレンツィオが立つ。本来ならあと数日後の休暇明けに袖を通すであろう中将の隊服に袖を通したその容姿は見事としか言えなかった。
そこにいるだけで騎士たちの戦意を大いに向上させ、実力以上の力を発揮させるだけの覇気がある。

(この男が臣下で本当に良かった)

国王フィオランツは心からそう思い、非情とも言える言葉を伝える。

「カルローディア侯爵家から送られた刺客によって旧ハンザのエイレル侯爵が昨夜、本日に明け方にシーガル侯爵が死亡した」

国王フィオランツとロレンツィオは伴に険しい表情になる。
ロレンツィオの情報ではセレティアの父、エイレル侯爵が死亡しシーガル侯爵はまだ生きているというものだったがおそらく時間差なのだろう。

最後に別れてまだ1か月も立っていない義父の死。そしてセレティアの愛したクラウドの父の死を受け止めなければならない。心が乱れそうだが、カルローディア侯爵家と聞いて思わずロレンツィオは国王の顔を見る。
カルローディア侯爵家は国王の愛妻エカチェリーナの実家である。今は王妃エカチェリーナの実兄が家督をついで侯爵となっている。

「前カルローディア侯爵はその妻と共にこの知らせを聞いたあと、伴に使者の前で毒杯を煽った。子息の行いを止めることが出来なかったと。おそらくは知らされてはいなかったのだろうが責任を感じたのだろう」

「ではカルローディア侯爵は」
「既に捕えている。共謀したと思われる伯爵家、男爵家の者も一緒にな」
「他国の関与はあったのでしょうか」
「今のところはない可能性が高い。ハンザの統治権が目当てだった節がある」
「王妃殿下はどうされておられます」
「沙汰を待つそうだ。代替わりをしていても実兄が主犯だ。知らなかったでは国民への説明がつかぬ」

苦悶の表情を浮かべる国王フィオランツは王妃エカチェリーナの処遇を議会に回した。
エカチェリーナは絞首刑もやむを得ないと笑ったそうだが、そこまではならないだろう。

しかし、ロレンツィオは首を傾げた。カルローディア侯爵は妹のエカチェリーナと違ってどちらかと言えば気弱な男だった。何をするにも気弱さから石橋を叩いて叩いてその上で更に丈夫な橋を架け直して渡るような男で、期限ぎりぎりまで資料を読み漁り検討して「合否」の判断をする男である。
その男がこんな刺客を送ってまで暗殺を企てるだろうかと。

流れ通りに行けばハンザは距離もある事から自治区とする予定だった。
ギスティール王国よりは小さいがそれでも一つの国で東西では隣国の影響もあり言語が違う。
なので自治区となっても数十年をかけて自治区である事を知らしめるための領主を置く予定だった。
領主は8人を予定していて、そのうちの2つを亡くなった侯爵が管理をしても枠はまだ6つある。

願い出れば妹が王妃なのだからコネだと言われようが1つは確保できたはずである。
それを何故こんな計画をしてまで事に及んだのか。真意が伺えなかった。



衛兵に先導されて王宮の地下にある牢に向かう。
暗く、湿度の高い空間を通ると鉄格子があり、槍を持った牢番が鍵を開ける。

さらに奥に進んでいくと何とも言えない魔力の残滓が漂っている事に気が付く。
幾つかに別れた牢の中の1つにカルローディア侯爵が壁に背を預け力なく座り込んでいた。
足を放り出すように伸ばし、靴を履いていない足は逃走中だったのか、それとも連行されるときに引きずられたのか傷痕に血が固まってこびりついている。

意識を集中させて感じた魔力の元をたどるとカルローディア侯爵の首元に行きついた。
だが侯爵は魔力を持っていない。あまりにも薄い魔力はおそらく長期間接触したものから流れ出たものだと思えた。

ロレンツィオは禁止されている禁呪の魔法を使用した者がいるのではないかと思った。
拘束されてこの牢に収監されてから約4時間だという。
牢番に頼み、カルローディア侯爵の牢に入れてもらい、瞼を引っ張ってみる。
視点は虚ろで、白目の部分に針で指したような魔力の痕跡があった。瞼もよく見れば薄緑に変色していて少なくとも1年ほどは強い禁呪にあてられたのだろうと思われた。

しかし今、漂っている魔力があまりにも薄すぎた。と、言う事は少なくとも事に及ぶ1か月ほど前には禁呪を施すものはカルローディア侯爵の元から離れたという事である。
だが、目の状態を見るに薬物中毒の末期患者のようになったカルローディア侯爵はその薬とも言える禁呪欲しさに動かされたのだろう。

立ち上がり、牢番に開けてくれと言ったその時、牢番が叫ぶ。

「閣下!危ないっ!」

獣のような唸り声をあげてカルローディア侯爵がロレンツィオを後ろから羽交い絞めにする。

「閣下っ!」
「開けるな!絶対に扉を開けるなよ!」
「はっはいっ!」

慌てて牢番は、最初の入り口にいた牢番に急いで騎士でも誰でも呼ぶように伝える。
咄嗟の判断でこの鉄格子は開けない方が良いと判断をしたのである。
直ぐに先にある入り口で人の声が聞こえる。騎士たちが血相を変えて入ってくる。

その間にもロレンツィオはカルローディア侯爵に羽交い絞めにされており、どうすべきかを考えていた。
明らかに人間離れした怪力なのである。伊達に中将まで成り上がったロレンツィオではない。
相手の腕をへし折れば抜け出す事は容易であるがもしかすると腕を折られても折られた腕で何かをしてくる可能性は否定できない。今のこの力が異常なのである。

ならば首をへし折るしかないが、そうなれば聞きたい事も聞けずに向こうの世界に送る事になる。

(拘束も必要だろうし…いいかな)

高圧衝撃スタンガン

ヒュンと風を切るような音がした途端、バチっという音と共に肉が焼けるような匂いが充満する。
己の体を軸心にして雷のような高圧の静電気を纏わせ、カルローディア侯爵を感電させたのである。

3m級の熊でも一撃で失神する雷系の魔法でバタンと伸びてしまったカルローディア侯爵をやってきた騎士たちに第一詰問室へ連れて行けと言うと隊服についた汚れを手ではたき、飛燕の間に戻った。
しおりを挟む
感想 108

あなたにおすすめの小説

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

政略結婚の指南書

編端みどり
恋愛
【完結しました。ありがとうございました】 貴族なのだから、政略結婚は当たり前。両親のように愛がなくても仕方ないと諦めて結婚式に臨んだマリア。母が持たせてくれたのは、政略結婚の指南書。夫に愛されなかった母は、指南書を頼りに自分の役目を果たし、マリア達を立派に育ててくれた。 母の背中を見て育ったマリアは、愛されなくても自分の役目を果たそうと覚悟を決めて嫁いだ。お相手は、女嫌いで有名な辺境伯。 愛されなくても良いと思っていたのに、マリアは結婚式で初めて会った夫に一目惚れしてしまう。 屈強な見た目で女性に怖がられる辺境伯も、小動物のようなマリアに一目惚れ。 惹かれ合うふたりを引き裂くように、結婚式直後に辺境伯は出陣する事になってしまう。 戻ってきた辺境伯は、上手く妻と距離を縮められない。みかねた使用人達の手配で、ふたりは視察という名のデートに赴く事に。そこで、事件に巻き込まれてしまい…… ※R15は保険です ※別サイトにも掲載しています

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

冤罪を受けたため、隣国へ亡命します

しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」 呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。 「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」 突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。 友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。 冤罪を晴らすため、奮闘していく。 同名主人公にて様々な話を書いています。 立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。 サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。 変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。 ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

処理中です...