中将閣下は御下賜品となった令嬢を溺愛する

cyaru

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屋敷の空気

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まだ夫婦としての契りは交わしてはいないものの、2人だけになる寝所ではいろいろな事を話しをした。

「僕はね、騎士団に入って2年目だったか3年目だったかまで‥泳げなかったんだ」
「ツィオ様にも不得手な事がございますのね」
「まぁ、あとアスパラガスは嫌いではないが苦手だな」
「では今日の朝食がいつものようではなかったのはそのせいですのね」

朝食は煮ただけのアスパラガスがロレンツィオの目の前に山盛りになっていた。
ドレッシングこそあったものの、セロリなどはガブリと食べるのに何故かあまり進んでいないように見えた。
食べきりはしたものの、いつもよりも時間をかけた朝食だったのである。

勿論セレティアの小皿にも2本茹でただけのアスパラガスがあった。
最初は驚きもしたが、それが通常となると慣れるしかない。今ではメイン料理もセレティアの分は切って貰っているが食事を共にする客人がいればその量の多さにカトラリーを落としてしまうだろう。

「撤退する時に足を滑らせて滑落をしてしまってね。慌てて防御魔法を出したから怪我はなかったがそのまま湖に滑り落ちてしまったんだ」

滑り台のようにね。と手で表現をしてくれるロレンツィオは大変な出来事なのに楽しそうに話す。

「で、ドボンと落ちたんだが甲冑を着ているから重くて沈むんだ」
「まぁ…」
「これはいけないと思って、姿勢を立ててみたら…」
「どうなったのですか?」
「足がついた。このくらいの水深だった」

そう言って胸辺りを指でさして、大笑いをするロレンツィオにつられて、ふふっと笑ってしまう。

「で、なんだ。水は怖くないなと思って実家の池に飛び込んでみた」
「まぁ、そのような事を」
「そしたら今度は本当に死にそうになった。深さが7メートルあった」
「えぇぇっ?」
「ケイドラーが命綱を腰に付けててくれて引き上げてくれたんだが、もしかしたら甲冑がなければ大丈夫かと思ってもう一度今度は裸で飛び込んだたら、体が浮いたんだ。それからは泳げるようになった。ただ甲冑を着ていたら未だに無理だけどね」

「あの…甲冑と言うのは…お部屋にある黒い鎧でございますの?」
「うんそう。僕はずっと黒鎧。重さが30~40キロあるから触っちゃダメだ。倒れて下敷きになったらトルティーヤの生地の様になってしまうからね」

そんな重い甲冑をつけて走ったりもするロレンツィオを驚かずにはいられないセレティア。
試しにと剣を一度持たせてもらったが、椅子に座っていてよかったと心から思った。
立っていれば剣の重さで倒れ込むのは間違いなかった。剣は15キロあるという。
これでも色々と軽量化をしたという。

魔力のあるロレンツィオは勿論体力もあるのだが、着用や携帯する事で防具や武器が体の一部になってしまう。うっすらとオーラを纏い、重さを感じることはない。
ペンの重さは感じても指の重さは感じないのと同じだと笑う。
ただそれはロレンツィオが感じないだけで質量としては存在している。
なので着ていれば当然水に沈んでしまうのだと言う。

驚いて声も出ないセレティアにロレンツィオは「僕は魔法騎士なんだ」と告白する。

敵と対峙する場合はその数に応じて剣士として戦うか魔法騎士として戦うかを決めるのだと笑う。
1人で多くの敵を倒せば部下の負担が減るからと言って、一度だけ剣に魔力を纏わせたのをセレティアに見せた。バチバチと静電気を帯びた剣は剣先まで魔力に覆われて不気味さを出していた。

魔法は畏怖されることが多いため、コミカルな事をすることもある。
目の前で、小さく氷の渦を出し、その周りに逆方向に風を起こして塔のようにすると、中に火を灯す。
氷柱花のように花ではなく、火を灯すロレンツィオは触ってごらんとセレティアに手渡す。

冷たい氷の感触はあるが、中で煌々と揺れる炎が不思議でならない。

「水が怖くなくなったら、こうやって水属性の魔法も操れるようになったんだ」

指先でクルクルと水流を操り、窓を開けると水滴になって地面に落ちていく。セレティアも本では摩訶不思議な力をもつ魔法使いと呼ばれる者がいる事は知っていたが見た事がなくただ驚嘆した。

驚く顔や、興味津々だとまるで幼子のように目を丸くするセレティアを見たくてロレンツィオはここ最近は寝台で眠る前にテーブルに向き合ってこうやって魔法を見せるのだった。

「君には僕の汚れた部分も知っていて欲しいからね。隠し事はしたくないんだ。あぁでも軍の機密に関わる事は言えないんだ。ごめんね」

「それは当然ですから…ですが前にも言ったようにわたくしはそんなに思われるほどの者ではないのです。この国に来て、こんなに良くしてくださっているのに…応える事はまだ…」

「ゆっくりでいいよ。僕はね多分…ロケットの写真。笑っている君に恋をしたと思うんだ。でもそれがこの気持ちだと解ったのは砂浜で君を見た時だった。君の置かれている状況から拒否をする事は出来ないと判っていて陛下に下賜を願うズルい男なんだ」

「ツィオ様…」

「大丈夫。僕は待つと言っただろう?ただ…出来れば君には笑っていて欲しい。図々しい頼みだとは思うけどセティが笑っていてくれるなら僕は頑張れる」

ロレンツィオは初夜の日は眠るセレティアの髪にキスをしたが、それ以外ではエスコートするために手を差し出すくらいしか自らセレティアには触れない。
今も、そろそろ休もうかと寝台に並んで横になっても寝相よく寝てしまうのである。
むしろまだ寒い明け方に暖を求めて無意識にセレティアの方がロレンツィオの腕の中にいるくらいである。
その温もりで目が覚めて、鍛錬にと寝台を抜け出すが使用人の間ではここ最近の鍛錬は実戦よりもハードなのではとも言われている。






そんなある日。ロレンツィオの休暇があと3.4日で終わろうかという日だった。
心地よく風の入る食事室で紅茶を楽しんだあと、使用人がセレティアに声をかける。
今日はシェフと共に昼食用にトルティーヤを作るというセレティアが食事室を出て行くと、庭に人影が現れた。

「閣下。ハンザで動きがありました」
「何があった」
「シーガル侯爵、エイレル侯爵が襲われシーガル侯爵は一命を取り留めましたがエイレル侯爵は…」
「わかった。ご苦労だった。引き続き頼む」
「御意」

ロレンツィオは立ち上がると家令に「登城する」と言って自室に着替えに戻った。

「やっと笑えるようになってきたのに‥‥くそっ」

隊服に身を包み、軍刀を腰に帯剣すると階級章を侍女が1つ継ぎ足した。

「奥様にはどのように」
「城で確認をしてから伝えるようにする。今はまだ未確認だ。杞憂であると良いと思っている」
「承知いたしました。城までは馬車を?」
「いや、騎乗する」

使用人の間には緊張感が走る。それは厨房でセレティアと共に軽食を作るシェフにも伝わる。
頃合いをみてシェフは話しかけた。

「奥様、すこし手を止めて閣下をお見送り致しましょうか」
「えっ?まだ休暇中では?」
「急ぎの用で陛下にお会いするようです。午後のティータイムには戻られるでしょう」
「そうなのですか?いつそのような知らせが?」

と、周りを見渡すが調理見習いも他の調理人もいつもの柔らかな雰囲気ではない事に気が付く。
急いでホールに行くといつもはセレティアを着飾るのに騒いでいる侍女たちの表情も別人のようになり整然と並んでいる中に丁度ロレンツィオが階段を下りてくる。

「セティ。ちょっと陛下と話をしてくる。直ぐに戻るから」
「は、はい…お気をつけて…いってらっしゃいませ」
「うん。話だけだから直ぐに戻る。帰ったらトルティーヤでお茶をしよう」
「はい」
「では行ってくる。みんな、後の事はよろしく頼む」

【行ってらっしゃいませ】

一斉に15度ほど上体を倒して使用人がロレンツィオを見送る。玄関先に待っていた馬に跨りロレンツィオは門道を駆け抜けていった。

「あの…大丈夫なのでしょうか?」
「閣下でしたら大丈夫ですよ。陛下のお言葉を賜りに行っただけですからね」
「そうなのですね」
「えぇ。きっと腹を空かせて帰ってきます。奥様が作られるのなら城では水一滴も飲まずに馬を走らせて帰ってきますからね。多めに作っておきましょう」

明らかに空気の変わった屋敷に戸惑ってしまうセレティアをシェフは努めて明るくまた厨房に誘った。
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