中将閣下は御下賜品となった令嬢を溺愛する

cyaru

文字の大きさ
上 下
11 / 40

ロレンツィオの告白

しおりを挟む
「どうして‥‥これを貴方が?‥‥どうして…」

置かれたペンダントロケットに手を伸ばし手に取ると、クラウドに渡した時はお互いの名を深く掘り、ごつごつした手触りだったのに、滑らかな手触りになっていて掘った文字はもう読めない程になっていた。

「そのロケットにある写真の女性はセレティア。君だろう?」

こくりと頷くセレティア。

「君には…辛い話をしなくてはいけない。でも君には知っておいて欲しい。いや…知っておかなければならないと思うんだ。だから‥‥聞いて欲しい」

両手で包むようにしてロケットを抱き、そっと手のひらの中で中を開けてみる。
多少色褪せはあったが、間違いなくクラウドにあげたペンダントロケットだった。
笑顔の自分もだが、時が止まったかのようにクラウドの笑顔が並んでいた。

「そのロケットは‥‥勇敢な兵士が持っていたものだ」
「勇敢‥‥」
「あぁ。彼ほどの正義を僕は見た事がない。僕だけじゃないおそらく一緒にいた者全てがそう感じ、そう思ったはずだ」

「正義…」
「彼は捕らわれた捕虜が傷つけられたのを許せなかったんだと思う。数人の兵士に向かって堂々と、してはいけない事だと声を上げていた。

捕らわれていたのは僕の部下だ。村人の親子を始末する場で捕らえられた。

僕たちは約束の時間になっても来ない部下を探し、その場に出くわした。

彼は本当に勇敢だった。だが‥‥上官の兵士に刺されてしまった」

「そんなっ‥‥それでは…味方に殺された…と?」

ロレンツィオは小さく頷いた。眉間にしわを寄せてあの日の光景を思い出し吐き気さえ覚える。
だが、目の前にいる愛しい女性には全てを話さねばならない。彼女には知る義務があると思った。権利ではなく義務があると思った。そうでなければ最後微笑んで天に召された彼が浮かばれないと感じたのだ。

「僕たちは部下を救出した。だけど…彼は救えなかった。確かにまだ息はあったけれど瀕死の彼を担いで部隊に戻るまで彼は生きてはいないだろうと解る状態だった」

「生きて…いたの…」

「あぁ。でも部下を救出して彼の元に行った時、彼はそのペンダントロケットを胸から取り出して…開いたんだ。そして笑った。優しい目をしていた。そして息を引き取った」

見開いた目からは涙がぽろぽろと溢れだした。もう泣いて泣いて枯れたと思うほど泣いたセレティアの目からはまた涙が溢れて止まらなかった。

「クラ…ド…うぅぅっ‥‥はぐぅっ…うぅぅっ…」
「僕があと1分でも早く‥‥合図を送れば彼は死なずに済んだかも知れない…すまない」

ふぅぅーっと声を押し殺してペンダントロケットを握りしめた手で顔を隠すようにむせび泣くセレティアをただ見ている事しかロレンツィオは出来なかった。
ここで抱きしめて、胸で泣かせてあげたい気持ちはあってもそれを選ぶのはセレティアである。

事後でたら、ればと言うのは簡単である。それを言うのであれば1分早くに合図を出していたら彼は助かったかも知れない。だが、部下は剣で突かれたかも知れないのである。
起こらなかった事を想像してみても答えは出ない。

ただ、ロレンツィオも判っているのは、もしもがあれば助かったかも知れない彼の未来を消してしまったのも合図を出さなかった自分なのであると言う事だった。

間違いを犯してしまったあの上官が悪いのは明らかでも、勇敢な兵士だけを取ってみればセレティアにすればロレンツィオもまた彼を殺してしまった輩だと思っても不思議ではない。

セレティアを試すつもりは全くなかったが、仇だと思うのであれば刺されても斬られても構わないとロレンツィオはナイフをテーブルの上に置いた。
ゴトリと言う音にセレティアは顔をあげ、ナイフを見てヒュっと息を飲んだ。

「君からすれば僕も仇の1人である事は承知している。僕は避けないから好きにしていい」



どれくらいの時間が経っただろうか。溢れる涙が止まらないままナイフを見つめるセレティアは小さく首を横に振った。そしてペンダントロケットをパチンと閉じると愛おしそうに頬に押し当てた。

「ナイフは…仕舞ってくださいませ」
「いいんだよ。僕は君に切り刻まれても文句は言えない」
「いいえ‥‥そんな事をクラウドは…彼は望まないでしょう」

そう言うとドレスのポケットから小さな袋を出し、胸元のチェーンを手繰り寄せると首から外し指輪を見せる。袋から折りたたまれた紙をそっと出す。

「触れても?」
「はい。構いません」

ほんのりと肌の温かさが残る紙は縁が少し欠けて、折りたたまれた折り目は気をつけないと裂けてしまいそうだった。ロレンツィオはそっと節くれて剣ダコのある指で紙を開いた。

『君の幸せだけをずっと祈っている』

そう書かれた文字を見て、勇敢な兵士の最後の微笑を思い浮かべた。
チェーンを手に取り、指輪をチェーンから外すとアメジストの石がついた指輪を手に取った。

「セレティア。手を出して」

しかし両手を固く握ったセレティアは手を差し出さない。ロレンツィオはそっと隣に移動するとセレティアの左手を取り、指を優しく開かせ左手の薬指にその指輪を嵌めた。
まだ痩せたままの指はサイズに合っていなくてかなり緩い。

「僕は生涯をかけて彼の分も君を愛すると誓う」

首を横に振るセレティアに言い聞かせるようにロレンツィオは言葉を続ける。

「彼の事は忘れなくていい。いや、忘れてはいけない。君が彼を愛した事も彼が君を愛した事も忘れてはいけない。僕はそれを全部ひっくるめて君を愛すると誓う。この指輪に合うようにまずは君を食事に連れ出そうと思っている。屋敷の食事もなかなか美味いんだがウチのシェフは甘いものを作るのは苦手でね。君には指輪に合うように太って貰わないといけない」

「中将閣下…わたくしは…」

ロレンツィオはセレティアの唇にそっと指を置く。

「僕のことはまだ考えられないだろう?僕は待つよ。待つのは割と得意な方なんだ。でもね…君を放してあげる事だけは僕には出来ない。僕は君を愛しているから。ごめんね」

「そんな気持ちをわたくしに向けないでくださいませ」
「どうして?」
「わたくしは貢物なのです。お引き受けしたのは‥‥閨で陛下と刺し違えてでもと考えたからです」
「ならば僕を刺せばいい。君にはその権利がある。あと君はモノではない。人間だ」

そしてロレンツィオは少し大きめのブルーサファイヤがついた指輪を薬指にはめる。

「これなら彼の指輪も抜け落ちないだろう?」

確かに緩くなった指輪はブルーサファイヤが邪魔をして抜け落ちない。
だが、2人の男からもらった指輪を、しかも石の違う指輪をしている者など聞いた事もない。

「こんな事をされては…中将閣下が笑われてしまいます」
「笑いたい奴には笑わせておけばいい。そんなの気にならないくらい愛してやるから」

ロレンツィオはハンカチでセレティアの涙をポンポンと当てるように吸い取っていった。
しおりを挟む
感想 108

あなたにおすすめの小説

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

政略結婚の指南書

編端みどり
恋愛
【完結しました。ありがとうございました】 貴族なのだから、政略結婚は当たり前。両親のように愛がなくても仕方ないと諦めて結婚式に臨んだマリア。母が持たせてくれたのは、政略結婚の指南書。夫に愛されなかった母は、指南書を頼りに自分の役目を果たし、マリア達を立派に育ててくれた。 母の背中を見て育ったマリアは、愛されなくても自分の役目を果たそうと覚悟を決めて嫁いだ。お相手は、女嫌いで有名な辺境伯。 愛されなくても良いと思っていたのに、マリアは結婚式で初めて会った夫に一目惚れしてしまう。 屈強な見た目で女性に怖がられる辺境伯も、小動物のようなマリアに一目惚れ。 惹かれ合うふたりを引き裂くように、結婚式直後に辺境伯は出陣する事になってしまう。 戻ってきた辺境伯は、上手く妻と距離を縮められない。みかねた使用人達の手配で、ふたりは視察という名のデートに赴く事に。そこで、事件に巻き込まれてしまい…… ※R15は保険です ※別サイトにも掲載しています

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

冤罪を受けたため、隣国へ亡命します

しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」 呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。 「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」 突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。 友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。 冤罪を晴らすため、奮闘していく。 同名主人公にて様々な話を書いています。 立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。 サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。 変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。 ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

処理中です...