中将閣下は御下賜品となった令嬢を溺愛する

cyaru

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震える手

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さほど座り心地は悪くはないが、馬車に揺られる事5日の道のり。途中で見た海の美しさはセレティアは忘れないだろうと心が少し温かくなった。

ギスティール王国の王都は美しい都でハンザ王国とは違って活気に満ち溢れていた。
青果店の前には通りに溢れるほどの野菜が並び、果物を売っている店も色とりどりの果物で溢れかえっている。幼い頃はそんな光景が王都でも見られたが、10歳になる前にはもう少々傷んでいても食べられるからと少ない品数になっていたし、ここ最近では品物が並ぶよりも買いたい人間の方が数が多い程だった。

敗戦で侯爵領は没収となり祖父母に預けていた権利書もただの紙切れになって暖炉にくべられた。
母の墓に隠してあった現金も敗戦前に全て小麦にして良かったと思った。
敗戦と同時にハンザ王国の紙幣はゴミよりも価値がなくなり明け方の暖を取る火の中にくべられていた。
硬貨だけは鍋や鍬などにするために取引をされた。

街には浮浪者や貧民、物乞いで溢れかえり殺伐としていた。
まるで逆な世界を見るようなギスティール王国の王都は色で溢れかえっていた。
ハンザ王国がもし戦争に勝っていても、こんなに活気があふれただろうかと考えてしまう。

「もうすぐ王宮に到着を致します」

メリルの声にハッとなり「わかりました」と返事をしてまた姿勢を正す。
これからはどんな生活になるのだろうかと不安もよぎる。客人として迎えるとは聞いてはいるものの元々は王女が来るはずだった。敗戦国の王女がどのように扱われるのかは定かではないが、王女ではなく格下の侯爵令嬢の扱いはそれよりも酷いものだろうと想像をする。

胸に手を当てて、ネックレスにした指輪が肌に当たる。クラウドからもらったこの指輪と思い出があれば残りの生涯を生きていける。好色と言われる王に体を弄ばれようと、鞭で打たれようと人質としての役目を果たしていつか心だけはクラウドの元に帰ろうとセレティアは目を閉じた。

「ここは白虎の門と言います。正門です。大きな跳ね橋が特徴なんですよ」

メリルが説明をする。川かと思うほどの掘りに囲まれた城は丈夫で高い塀と多くの衛兵が囲んでいた。
跳ね橋を超え、門道に入ると馬車の揺れも車輪の音も聞こえない程、軽やかに進んだ。
小窓から見える木々や季節の花が美しく、少し開けた窓からは鳥の鳴き声も聞こえる。

馬車が止まり、メリルは先に降りるとかの日のようにステップを用意する。
立ち上がろうとするが足が震えてしまって力が入らない。

「大丈夫ですか?」
「申し訳ありません。足が‥‥震えてしまって…少し待って頂いても宜しいですか」
「それは構いませんが、人を呼びましょうか?」
「いえ、そこまでして頂くわけには参りません」

ギュッと握った拳で太ももを数回叩き、胸に手を当てて深呼吸をする。
醜態を晒してしまう事は絶対に出来ない場である。
ゆっくりと息を吐き、立ち上がると扉から出るために頭を下げる。

(大丈夫。出来るわ)

心で呟いて、ステップに足を開けるとメリルの差し出してくれた手に自分の手を乗せる。
3段のステップをゆっくりとおり、顔を挙げるとハンザ王国の王宮の正面玄関など勝手口かと思うほどの大きな玄関が目に入る。
日の光りを反射する大理石で全面を覆われた美しい城に飲み込まれそうになる。

数段の階段の先に、父の姿を見つけると少しだけホッとした。
馬車で旅立つ際はシーガル侯爵邸で見送ってくれた父は、後を追いかけるように遅れて出発したのだろう。
「この年になって騎乗で走れるだろうか」と言っていたのを思い出す。

昔デヴュタントでエスコートをしてくれた時のような正装をしたエイレル侯爵はセレティアが歩き出すのを見届けると先に飛天の間に向けて歩き出した。
親子と言えど、片方は使者、片方は貢物である。手を取ってもらう事も隣を歩く事も許されない。

玄関を入っても長く続く廊下とところどころにある回廊に目を奪われる。
まるで一つの森を絵画にしたかと思うほど手入れのされた庭を横目に見ながら進んでいく。

大きな扉の前に来るメリルが一礼をしてセレティアの元から離れて行く。
扉が開けば一人で王の前まで歩かねばならない。目を閉じて深呼吸をする。
何度目かの深呼吸で息を吐いた時、扉が開かれた。

ハンザ王国のデヴュタントで踊った大広間の何倍もある広さの飛天の間。
高い天井、窓からは日の光りが降り注いでいた。

中央の高いところに2つの玉座があるのが目に入る。
広間の両脇には正装をした貴族たちであろうか。整然と並んでセレティアの方を見ている。
ゴクリと生唾を飲み込み、扉を開け押さえている騎士が頷くのが見えるとセレティアは一歩足を前に出した。

床にドレスがシャーシャーと擦れる音だけがする広間を中央に進む。
ドレスを着た女官なのかその隣まで歩くと、ガシャンと衛兵たちが槍を持ち替えるような音がする。

「淑女の礼を」

小さく声が聞こえて、カーテシーを取る。

国王夫妻が入って来たのであろう。ゆっくりとした足音と、衣擦れの音がする。

「遠い地よりよくぞ参られた。ゆるりとするがよい」

低音で足先までビリビリとする声が聞こえる。一つ頭を落とし顔を挙げると威厳のある表情の国王と、思わず見惚れてしまいそうな微笑を浮かべる王妃が見える。

続いて父であるエイレル侯爵が呼ばれ、貢物の目録を読み上げる。
自分の名前が読み上げられた時、思わずピクリと肩が揺れてしまった。
だが姿勢も表情も崩す事は出来ない。次々と読みあげられていく貢物の品。父の声が止まると視界の端で臣下の礼をする父が目に入った。

少しの静寂のあと、国王が声を発する。

「ご岳父となるエイレル侯爵もいる事だ。ロレンツィオ・ゲーテン・ハルクシュルツ。これへ」

その声に1人の男性が国王の前に歩き出て、跪く。

「エイレル侯爵。そなたの娘、セレティアをこのロレンツィオ・ゲーテン・ハルクシュルツ中将に下賜する」

国王の声にエイレル侯爵は声を出す事もなく、少しだけ、本当に少しだけ震えながら胸に手を当てて礼をした。

「ロレンツィオ・ゲーテン・ハルクシュルツ中将。此度の戦の功績見事であった。下賜とはいえ末永く愛おしむように」

「はい。生涯にわたり両陛下にこの身と忠誠を捧げると同時に頂きました妻を慈しむ事を約束致します」

「うむ。婚姻の儀などはそこにいるエイレル侯爵とよく話し合って決めるといいだろう」

国王が言葉を終えるとロレンツィオはゆっくりとセレティアの元に歩き、手を差し出した。
精悍な顔つきの目の前の男に下賜をされたのだとセレティアは相手が国王ではない事を悔んだ。
国王とて容易く令嬢如きが振りかざす刃の餌食にはならないだろうが、かすり傷くらいなら追わせられただろう。しかし中将で功績を挙げるような武官にはそれすら叶わないと思うと悔しくてならなかった。

差し出された手に手を添えると、その体には似つかわしくないほど優しく指先を握られる。
何よりも驚いたのは添えた手を握るその手が小さく震えていたのだ。
思わずロレンツィオの顔を見ると、既視感を覚えた。
あの日砂浜で目が合った兵士だと即座に分かったが、青みがかった紫の瞳が何故か優しく感じ不思議な感覚に落ちてしまった。
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