中将閣下は御下賜品となった令嬢を溺愛する

cyaru

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黒鎧の騎士

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その日は朝から王都へ帰還するため隊列を組み、ゆっくりと進んだ。

騎馬隊の後ろには歩兵隊がおり、終戦をしたとは言えそれはハンザ王国との終戦である。
長い戦争になったため、それ以外の国が諜報を送りこんだり、時に紛れて火事場泥棒のように領土に侵攻をしていたためその征圧と討伐に駆り出されていた。

幼い頃から剣を握り、騎士団への入隊を志願したのはまだ5歳だった。
入隊が出来るのは12歳からだと追い返されたが、父に頼んで騎士養成所に講師として出向いている伯爵の元で剣を習った。そのおかげかどうかは判らないが元々あった魔力との相性も良かったのだろう。
12歳の入団試験ではトップの成績で合格をもぎ取った。

先輩騎士からの嫌がらせのような遠方での命がけのような魔獣討伐を皮切りに更に剣の腕を磨いた。
16,17歳になる頃には学園生でもあったが、騎士団の副団長補佐にまで成り上がった。

その頃ハンザ王国が侵攻を始めた事もあって、魔獣討伐の合間に侵攻軍の征圧にも駆り出されるようになった。
最初の頃こそ、まともな戦と言っては言葉が悪いが戦らしい戦だった。
それが5年を超えたあたりからは人海戦術と言ってもいいような無謀な戦略をしかけてくるようになったハンザ王国に戸惑う事が多くなった。

対峙した時に剣の持ち方すら怪しい明らかに農民や先日までは一般国民だったのだろうと思われる者が増えたのである。もしや中立国で戦闘をしているのではと思った事も一度や二度ではない。

明らかに素人相手に剣を振るったりすることに抵抗はあったが、後方には剣に腕の覚えのある貴族連中が待機している事が言いようのない怒りを覚えた。

しかし捨て身の作戦ばかりのハンザ王国はたびたびの降伏勧告を無視して夜襲をかけてくる。
黒鎧の騎士と呼ばれるようになって久しいが、私の率いる部隊に暗闇に乗じての夜襲など小賢しい。
次々に壊滅させていくが、次第に奇襲をかけてくる騎士だと思われたものの亡骸を見て騎士ではないものがやはり多いのだと気が付く。

結果的にはギスティール王国の勝利となり群を抜く功績で少将となったが手放しでは喜べなかった。
調印式が終われば、統轄し中将に昇格すると言われたが嬉しさはなかった。

終戦間際の事である。いつものように降伏勧告をした部隊が引き上げる途中で数名が捕虜となった。
森の中を抜けてくるのだが、予定時間よりも30分過ぎたのに戻らなかった彼らに何かがあったのではないかと5名の部下を連れて森の中に入った。

しばらく歩くと、嗅ぎなれた匂いがした。血の匂いである。
身構えたが、その匂いの元は子供と夫人だった。我が軍は婦女子や子供への暴行や殺戮行為は一切認めていない。何より勧告に赴いたものは剣は剣でも短剣を主とする者たちである。
致命傷であろうと思われる傷は明らかに短剣でのものではなかった。

注意をしながら進んでいくと、話し声が聞こえる。言い争うような声に息を潜めて様子を伺った。

「捕虜だからとこのような行為は認められない。あなた方には矜持がないのか」
「矜持?そんなものに縋りついてどうにかなるのか?」
「縋りつくも何も、捕虜への暴行やこのような仕打ちは認められないだろう!」

仲間割れかと思ったがどうやら捕虜となった部下の扱いについて意見が割れているようだった。
反発をしている若者の言っている事は間違ってはいない。
敵兵だからと言って捕虜に暴行を加えたりするのは数百年前の7つの国が争った時に絶対的な確約として結ばれている国際法で禁じられている行為である。

ちらりと見れば部下たちは散々に暴行を受けたのであろう。一人はもう儚くなっているかも知れないと思うほどに動かなくなっている。
救出するサインをだそうとした時、1人反発をしていた兵士は2人の兵士に両腕を押えられ、先程まで言い争っていた兵士に複数回腹を刺された。

連れてきた副官がグッと鞘に力を込めたのが見える。私も同じ気持ちだった。
刹那合図を出し、6名で救出作戦を開始する。

斬りかかってくる兵士は数名だった。群れている兵士を見れば皆怯えた顔で甲冑と言うには余りにも粗末な何時の時代のものだと思うような皮の鎧に剣ではなく、木の棒などが武器の者ばかりだった。
抵抗の素振りがあったものを斬り、無抵抗な者はその場で並べる。

私は腹を刺された兵士の元に行き、膝をついた。
まだ息はあるが部隊に連れ帰る途中で息絶えてしまうであろうと言うほどの傷を負った兵士は震える手で胸からペンダントロケットを取り出し、パチンと開くと中身を見て少しだけ微笑み天に召された。

痩せ細り、髭もまばらな兵士は私よりも3,4歳は若いだろう。
そっと息絶えた手からロケットを取り首から外し、何を見ていたのだろうと覗き込むと、姉妹なのかそれとも恋人なのか頬にまだ肉付きのある目の前で亡くなった兵士と美しい女性が笑いあっている写真だった。

ギスティール王国でも魔石での写真はまだ高価で1枚を撮影するのに庶民の2,3か月分の給料で足りるかどうかというシロモノである。
そんな高価なものを持っているこの兵士はおそらくは高位貴族か、相当に裕福な家の息子なのだろう。

腰に付けた剣を洗う水筒を外し、兵士の口元を水筒の水で洗い流した。
微笑を少しだけ残した兵士の顔を見て、思わず私の視界が歪んだ。
なぜこんな勇敢な未来ある青年の命が消えなければならないのだろうと思うと虚しさが残った。

庶民からの寄せ集めと思われた者たちに、国に帰るよう告げて捕虜となった部下を連れ部隊に戻った。
無意識だったのだろう。あの兵士に戻すつもりのペンダントロケットを握りしめたままだった事に気が付いたのは部隊に戻り、自分のテントに帰ってからだった。

ロケットには文字が掘られていたが、何度も戦地で眺め、擦ったのだろう。
判別できない文字を見て、また写真を眺めた。これほどまでに笑顔の似合う女性はやはり恋人だったのだろうか。そうだとすれば彼が死んだことでこの女性はどれほどに悲しむのだろうか。

あと2分、いや1分早く合図を出していたら助かったかも知れない兵士に黙とうを捧げた。
願わくば、彼の亡骸が家族の元に、写真の女性の元に無事戻る事を祈った。




そんな事を思い出したのは、目の前で義姉のメリル女官長を見た時だった。
いや、メリル女官長ではない。一緒にいる女性をみた瞬間からだった。

あの写真の女性だと一目見て確信をした。写真よりは少し大人びてはいるがおそらく間違いない。
そしてそれよりも風に靡く髪、すこしぎこちなく砂浜を歩く様。
一番に私の方を向き、もうしわけなさそうに頭をさげた時、脳天から雷が地に直撃したのかと思うほどの衝撃を受けた。立ち去ったあともその場を動けず、副官に背を思い切り叩かれるまで夢のような世界にいた心地だった。

「いやぁ別嬪さんでしたねぇ。陛下も思わぬ拾い物ってところでしょうか」

副官の言葉の意味が今一つ判らず聞き返すと、彼女は陛下への貢物なのだと言う。
そう言われてみれば、中間にある馬車の前後は何台もの荷馬車に100頭はいるであろう軍馬。
そして牛や、豚の鳴き声もする事から察知した。

「貢物‥‥と言う事は下賜して頂く事は可能だと思うか‥‥」

ポツリと呟いた声を副官は聞き逃さなかった。

「あの軍馬でしょう?良さそうなのがいますよね。足もしっかりしてて‥」
「違うっ」
「は?まさか牛が欲しいとか?牧場が必要ですよ?」
「違う、あの彼女も…下賜されるのだろうか」

副官の返事を待たずに私は愛馬の元に走り、飛び乗ると早馬並みに走らせた。
未だに心臓の早鐘がおさまらない。全身が思い出すだけでブルリと震える。
中将に昇格になる際は何らかの御下賜品があるはずである。
人を物のように扱ったり考えるのは良い事ではないが、何が何でも彼女を自分のモノにしたいと全身の血が駆け巡り頭の中に何度も訴えたのだった。
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